第39話 アジャ公の成長
クリーンの魔法一つ覚えてからのアジャの成長は目覚ましかった。
アジャはしばらくヨンさんについて行動した。
俺は相変わらず魔物の解体をしていたが、時々通訳は大丈夫かと様子を見にいくと、ひたすらヨンさんが魔法を使っていて、アジャはそれを観察していた。たまに別の魔法使いも呼ばれてきて魔法を使っていた。
そこで何が行われているのか、俺にはいまいち分からなかったが、とりあえずアジャの成長は目覚ましかった。
アジャは、なんと大陸言語よりも先に精霊言語を習得したのである。
「……いや、なんでやねん」
[なに?]
俺が解体作業中に思わず呟いた日本語のツッコミに、横にいたアジャが反応した。
現在俺は砂トカゲの解体に混ざっている。流石に慣れてきたし、いけるだろうというカーニャの判断だ。
ただ、砂トカゲの解体は砂ネズミの解体と違って複数人での作業になる。結果、砂ネズミの時からやや片鱗のあった俺の体力の無さが浮き彫りになった。
俺ってばバテるのが超早いのだ。仕方ないので俺はザックリと解体した後の細かい作業を回してもらっている。
で、アジャはというと、ある程度魔法がモノになってきたため、今日から解体の手伝いに混ざり出した。
水を出す魔法、ウォーターをひたすら使って血などを洗い流す役割である。これが、普通の解体よりも多少報酬がいい。多分魔法を使える人材の希少性と魔力量による使用回数制限の関係だろうな。
アジャは大陸言語が話せないが、精霊言語の習得によりエルフとは多少話せるようになったし、何より魔力量が多くてたくさんウォーターが使えるだろうというヨンさんの売り込みのために期待されている。
[……というか、それだよそれ。大陸言語は全然ダメなのに、教えてない精霊言語を短期間で覚えてきたからビックリしたじゃん]
[まだ、カタコトだけど]
謙遜する言葉に反して、アジャがちょっと嬉しそうに笑った。
[ヨンさんに魔法使いを紹介してもらって、ヨンさんにも他の人にも、たくさん魔法を見せてもらったんだ]
[ああ、やってたな]
あのよく分からなかったやつだ。あれは結局どんな意味があったんだろう。
俺が首を傾げると、アジャは続ける。
[呪文は、魔力操作と結びついてるんだよ]
[そうなのか]
[うん]
ふぅんと俺は頷いた。
まあ、考えてみれば当然のような気もする。
[俺は、魔力の動きを見れば、大体どんな魔法か分かるから……]
[すごいな]
[へへ。……だから、この操作してたらこれ言ってるって、なんとなく分かる。それを頑張って予想して、ハチにこれこういう意味? って聞いたらそうとか違うとか教えてくれるから、そういうのから、頑張った]
[こ、根性〜]
俺は感嘆の声を上げた。
ほぼ推論ゲームじゃん。よくそこからカタコトとはいえ意思疎通可能なところまでいったものだ。相当地道だし相当頭を使うだろ。純粋に凄い。
素直にそう褒めると、アジャは[ハチに聞けばすぐ答え合わせできるから、楽しかったよ]と口元をふにゃふにゃさせる。黒い尻尾がゆったりとご機嫌に揺れていた。
確かに最近アジャがやたらと精霊言語のことを聞いてくると思ったら、そういうことか。
でも日常会話に使われる言葉と呪文の言葉って違うんじゃ?
結構な頻度で俺には分からない言葉も聞かれた覚えがある。そのまま分からないと答えたが、あの辺は俺の知らない数式とかそんな感じの概念だったのだと思われる。
[うん。でも、この呪文作った人間、頭良いよ。多分精霊言語をよく知ってて、すごく綺麗に呪文を編んでる。それに日常会話に使う単語も織り交ぜて分かりやすく作ってるから、結構分かった]
[へえ]
[発音は、こっちの方が簡単だし]
あー、発音か。
俺は頷いて同意を示す。
確かに精霊言語は大陸言語よりもアジャの喋る言葉に近いような気がする。
フィーリングの話になるが、大陸言語がはきはきしているのに対して精霊言語はやや曖昧で流れるようなイメージだ。アジャの喋る言葉はもっと曖昧でふわふわとしているので、イメージ的には精霊言語の方が近い。
まあどれも全然違うんだけど。
[発音は確かにな。大陸言語より近いよな。にしてもお前超頭いいな]
[むふ]
アジャが満足げに鼻息を荒くした。
コイツ褒められるとすごく嬉しそうにするな。凄いことをしていることは事実だと思うのでめちゃくちゃに褒め倒してやろう。
本当に、パーティー開いてケーキ食っても良いくらいの偉業だと思うんだよな。俺に財力がないのが悔やまれる。
〈アジャコウ、こっちにウォーターちょうだい!〉
〈はい〉
エルフの一人が声をかけてきた。
アジャが短く返事をし、杖を向ける。ボソボソと何事かを呟くと、杖の向かう先、エルフの示した場所にドバシャッと水が現れた。
エルフがぴゅうっと口笛を吹く。
〈結構距離あるのに正確だね。ヨンが逸材って言ってたのは誇張でもなかったってことか。でも攻撃でもないのに余計な神経使うでしょ。次からもっと近くでいいよー〉
〈……? はい〉
エルフはそれだけ言うと自分の作業に戻っていった。
アジャは完全に言葉を汲み取ることができなかったのか、首を傾げながらもひとまずは頷いている。多分、きちんと分かっていないな。
俺は補足をしようと口を開いた。
[今の、何言われたのか分かったか?]
[えっと……。褒められて、でももっと近くでって言われた、と、思う……。近くで……? 何を? なんで……?]
案の定、話の意図が上手く伝わっていないらしい。
単語はそこそこ拾えているけど、文脈から意図を読むのはまだ難しいようだ。むしろ、拾えた単語から文脈を予想している感じか。
[分からなかったら分からないってハッキリ言った方が良いぞ。で、内容だが、察するに遠くに魔法を展開するのって難しいんじゃないか? だからもっと近くまで寄って魔法使えって言われてるんだと思うぞ]
[大変……? 何か大変なの?]
[すまん、魔法の仔細は俺には分からん]
でも、話のニュアンス的にそういう感じだと思う。
パッと見る感じ、どの魔法使いも手元で魔法を使っている。それに思い出してみると、人間の魔法は大体手元で展開しているような気がした。
あとでヨンさんにでも聞いておくか。
俺は内心でそう考えて、アジャを見る。アジャは不思議そうな顔をしていた。
[ちなみに、魔力の調子はどんなもん?]
[? このくらい、無限にやっても魔力が回復する方が早いし、打ちながら別の魔法編めるよ]
[チートじゃん……]
[というか、人間の魔法は全部考える必要ないから、消費量だけ大丈夫なら別のことやりながら無限打ち余裕]
ブイと指を二本立てて少しだけドヤ顔するアジャ。
なんか、マジでチートなんだな、コイツ。
アジャがチートなのは、初めて会った時からなんとなく分かってはいた。荒野を抜ける時に世話になったことはもちろんだし、そもそも初手の雷から、アジャはずーっと規格外だった。
ただ、この集落に来て、人間やエルフの比較対象を目の当たりにすると、アジャの異常さは余計に顕著である。
普通は、魔法を一つ使うだけですごく集中力を必要とするし、どんなに保有する魔力が多くとも魔法を使い続ければ遅かれ早かれ魔力は尽きる。そういうものらしい。
アジャのこの異常なポテンシャルの高さはなんなんだろう。それとも、竜ってみんなこんなもんなのかな。
[……あと、ね]
[うん?]
[俺、スペルロールなくても多分人間の魔法できるよ。操作は見ればわかるし、呪文も聞けばわかるし、……ウォーターは、そうやって覚えたし]
[天才か]
そういえば、特にスペルロールを購入してもいないのにウォーター覚えてきたの不思議だったんだよな。
とりあえず、現状悪いことは何もないので、俺はアジャを褒め倒した。
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