第38話 魔法の呪文
俺はスペルロールを見て衝撃を受けていた。
マジで、全く読めなかったからだ。
おそらく大陸言語っぽいことは分かる。けれど、何が書いてあるかはさっぱり読み取れない。
まるっと全部俺の知らない概念なのだろう。え、そんなことってある? これじゃあアジャに翻訳しようもないんだけど。
『大陸言語なのに読めないんスか?』
『俺も衝撃だよ……』
『エルフの精霊言語の呪文の読み方を、そのまま大陸言語で書いてあるからじゃない?』
狼狽える俺に、ヨンさんが首を傾げた。
カタカナ英語みたいなニュアンスなのだろうか?『アイ キャント スピーク イングリッシュ』は文章自体は英語だが、読みだけを日本語で書いてあるから英語話者には読めない、みたいな?
だとしても、読めると思うんだけどな。
だって俺、多分その精霊言語とやらも読めば分かるぞ。
俺はしばし迷った末、ストレートにヨンさんに声をかけた。
『ヨンさんって精霊言語喋れる?』
『そりゃ、喋れるよ。一応ちっさい頃はイ=ニコ=ディにいたからね』
イ=ニコ=ディってなんだ?
いや、文脈から場所だってことは分かる。察するに精霊言語が公用語になってる国とかだろう。エルフの国なのか?
まあ今はいい。
『ちょっと話してみてくれないか?』
『地味にめんどくさいこと言うね。いーけど、俺水に通ずる言語しか喋れないよ。いーけど』
ヨンさんは気恥ずかしそうにコホンと咳払いすると、口を開いた。
〈で、精霊言語喋らせて何したいの? 俺だからいーけど、他のハーフエルフだとハーフだからって馬鹿にしてんのかって怒られることあるから気をつけなよ。まあ分かんないだろうけど〉
〈いや、分かる〉
〈あれっ分かるの?〉
〈おう。忠告はありがとう。気をつけるよ〉
ヨンさんの忠告はありがたい。そして、今のはヨンさんにも失礼なことだったかもしれない。謝っておこう。
しかしとりあえず、言語は問題なく分かるな。
じゃあ、やはり呪文が特別なのだろう。思えば、アジャの呪文もまるっきり聞き取れないしな。きっと完全に俺の知らない概念なのだ。マジか。
「……呪文、ねぇ」
俺は口を歪めた。
この読めなさ、一応覚えはあるんだよな。地球にいたときにも体験した読めなさだと思う。
──ズバリ、数式とかプログラムコードだ。
推測するに、魔法の呪文って全部数式とかプログラミング言語に近いものなんじゃないかと思う。
だとすると、俺が分からないのも説明がつく。
俺は、数学は中学の途中までの知識しかない。プログラミング言語なんてほぼ知識ゼロだ。
プログラミング言語とかは、言語って銘打っているしいけると思って見てみたこともあるけど、全然ダメ。
ifとかendとかそういう英語の部分はもちろん分かるし数字も分かるけどな、そいつがどういう役割を果たしているものなのかとかは何も読み取れなかった。多分、俺の知らない概念なのだろう。そりゃそうだろうな。勉強してねぇもん。
printf()とかな、printは分かるしなんとなく察しはできる。印刷だ。どっかに何かを印刷する操作なんだろう。しかし、どう使えば良いかは何も読み取れないし使えない。fって何。
呪文は多分そういうものだと思う。
もしそうだとすると、人間の属性魔法とかは、誰でも使える公式とかプログラムそのものなのだろう。当てはめれば誰でも結果を導けるけど、それがなんでそういう公式なのか、どういう仕組みのプログラムなのかは分からない。
そう考えると、魔法使いってみんな数学者とかプログラマー?
なんとなく分かっていたことではあるけど、アジャってもしかして相当頭良いのでは?
モヤモヤ考えていると、ヨンさんが感心したように口笛を吹いた。
〈へーえ、精霊言語分かるなんて博識ぃ。しかも結構流暢じゃん。魔法使いたくて勉強したクチ?〉
〈いや、俺、一応言語の学者だから〉
〈がwくwしゃwww〉
草が生えた。異世界にそんな表現あるんだな。まあ、正確には草が生えるような感じに笑われただけなんだけど。
ヨンは腹を抱えてヒーヒーと笑った。学者ってそんなに面白いかな。
〈いやー、俺も大概胡散臭い方だと思ってたけど、上を行く胡散臭さだね。なになに? なんで言語の学者になったの?〉
〈興味があったからだが……〉
〈おお、噂に違わぬお貴族様っぷり。世間知らずってよく言われない?〉
〈世間知らずなのは自覚してる〉
というか話が逸れすぎである。
俺は気を取り直してスペルロールと睨めっこした。
『……えっと、これ、どれが呪文でどれが魔力操作なんだ?』
『魔力操作はこの図形みたいなやつだね。でもこれは読めなくて良いよ』
『なんで?』
聞き返すと、ヨンさんはトントンとスペルロールの表面を指で叩く。
『魔法を習得したい人がこれに魔力を流すと、魔力の動きが体に流れ込んで来るんだ。その感覚を覚えて、呪文を言うと魔法が発動する。スペルロールは一回魔力流すとそれで終わりだからね。だから使い捨て』
『はあーなるほどな』
基本的には呪文だけ覚えればいいんだ。
これなら魔法使いじゃないのに生活魔法くらいは使える人がいるらしいのも納得である。
俺は半目になって遠くを見た。
まあ、その呪文が、俺は読めないんだけどな。アジャにどうやって教えよう。
……いや、待てよ?
『もしかして読みは精霊言語そのままってことは、呪文って読みだけちゃんと言えれば発動するのか?』
『まあ、人間の魔法はね。呪文決め打ちだからそうだよ』
『なるほど?』
とすると、ヨンさんに読んでもらって、アジャにそれを聞いて覚えてもらう手もある。
ヨンさんに聞いてみると、それで習得は可能だろうと言われて、読むのも快く引き受けてくれた。『アジャコウちゃん、絶対将来有望だしね』と彼は肩を竦めながら言った。
それから、ヨンさんはアジャに向かって小さめの指示棒のようなものを差し出す。木を削って作られたシンプルなものだ。
『杖はこれを使いなね。ギルドの貸し出しだから大事にね』
[アジャ公、杖だって]
[分かった]
アジャはヨンさんを見上げて、杖を受け取る。
少しの間アジャは杖をいじってから、[ふぅん、魔力に指向性を持たせるんだ]と呟いた。何やら理解したらしい。
『さて、じゃあ呪文を言うよ。最初は発音難しいと思うけど、一個覚えちゃうと他の呪文もわりといけるから、頑張ろうね』
『発音かぁ。アジャ公が大陸言語の習得でつまづいてるのも、まさに発音なんだよな』
『大丈夫! 繰り返し練習すればいつかできるよ』
ヨンさんが微笑んだ。
──さて、簡単にその後の話をしよう。
案の定、アジャは最初発音ができなかった。呪文は大陸言語とは違うものの、それでもアジャに馴染みのない発音が多かったためだ。
俺は、もう特に翻訳は必要ないと言われたので、アジャとヨンさんを置いて、カーニャと共に解体の仕事に戻った。
まあ、多分あとはヨンさんがひたすら呪文を発音してアジャがそれを真似するだけだしな。少し心配だっだが、要らないと言うなら仕方ない。
俺も仕事をして金を稼ぎたいのは間違いないため、戻って解体に精を出した。
そしてその日の夕方、解体作業の道具を洗っている最中にアジャは現れた。アジャはドヤ顔でクリーンの魔法を使い、解体道具を綺麗にしてくれた。
最初は発音ボロボロだったのに、実に流暢だった。
コイツ魔法に関するポテンシャルほんと高いな。
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