第37話 スペルロール
[大体分かった……と、思う。まだちょっと、納得できないところあるけど……]
少し時間をもらって、ヨンさんから教わったことをアジャに説明すると、アジャは概ね理解したようだった。理解が早い。
しかし、どこか納得いかないところがあるらしい。
俺はアジャの顔を覗き込む。
[どこだ?]
[魔法に合う魔力操作って、訓練しないと大変だよ。スペルロールでやり方読んで、それだけでできるようになるものじゃないと思う……]
[うーん、なるほどな]
俺は頷いた。
さて、魔法の玄人っぽい質問が来たぞ。
そのまま翻訳したらアジャがバリバリ魔法に精通してるのバレるじゃん。どうしたもんか。
俺は少し考えて、ヨンさんに向き直った。
『えっと、実際に魔法覚えたい場合はどうするんだ? スペルロールの使い方みたいな……』
『うん、それはモノを見ながらの方がいいかな。ギルドの保管庫から持ってくるよ。ちなみに、杖は貸し出し可能だけどスペルロールが買い取りなのは知ってる?』
『おっと』
スペルロールは有料教材でしたか。まあ、ですよね。
カーニャをチラッと見ると、それだけで俺が何を聞きたいか理解した有能少女カーニャはすぐさま教えてくれる。
『スペルロールって使い捨てなんスよ。だから使う場合は買い取りなんスけど……んー、ハチさんの今までの総合報酬がせいぜい大銀貨3枚と小銀貨1枚と銅貨数枚。で、スペルロールの相場は、まあ魔法に寄るっスけど生活魔法なら大銀貨数枚、属性魔法なら安いやつは帝国銀貨、高いのは限りなしっス』
まとめると、『生活魔法一本でハチさんの今までの稼ぎ全部消えるっスよ』とのことだった。
うーん世知辛い。
『だろうなと思ってたけど、高ぇな』
『お貴族様にとっては端た金なんじゃないの?』
『今の俺ほぼ無一文だから、相対的にな』
最早貴族様云々は否定しない。もう俺の持ちネタとしてやっていく所存である。
それはさておき、金がない。
いや、まあ物によっては出せなくもないっぽいけど、出したら無一文になる。
今のところ生活費全般ギルドにもってもらっているからここでスペルロールを購入して無一文になってもいいけど、いつまでもこのままではいられないだろう。
今まで触れていなかったが、スタンピードの処理が終われば、いずれ彼らもここを発つらしい。それまでに俺もアジャと相談して今後の身の振り方を考えないといけない。どう転ぶにしても、金は文字通り先立つものだし、いざという時に貯蓄しておきたい心情を考えると、安易に高い買い物はしにくいのだ。どうしたものか。
悩んでいると、アジャがチラッと俺を見上げる。
[どうしたの?]
[んー、まあ魔法を実際に使ってみるかって話になったんだが、杖はおいといてスペルロールは結構高いものらしくてな]
[お金、だね]
[そ。世知辛いなー]
俺はわしゃーっとアジャの頭を撫でた。
アジャはお金についてはまだよく分かっていないようで、少しオロオロしている。
──しかし。まあ、ここはシンプルに考えよう。
とりあえず生活に先立つものとしてお金を取るか、今アジャの魔法を学ぶ機会を取るかの、二つに一つだ。
だったら、もう決まってるんだよな。
お金を稼ぐ機会はおそらく今後も得られるだろう。お金は大抵の人間に必要なものであるので、稼ぐ機会はどこにでもあるはずだ。
逆に、アジャが魔法を学べる機会は比較するとずっと少ない。むしろ講師料もなしに親身に教えてくれる魔法使いがいるという、この機会を逃すのはあまりにもったいないことだ。
『ちなみに、洗濯とかできる生活魔法っていくら?』
『クリーンっスか? ちょうど大銀貨3枚っス!』
『値切り……』
『それが、ギルドに保管してあるスペルロールはギルドの人にしか卸さない前提で最初っから適正価格なんスよ! それでも値切りたいなら私と戦うっスか?』
『……く、負ける気しかしねぇ……!』
カーニャ相手だと、値切るはずが気付いたら値上がりしているまである。
『買います』と俺が言うと、『毎度ありっス!』とカーニャが花咲くように微笑んだ。野花のような逞しさである。素晴らしい。
と言うわけで、スペルロールが手に入った。
スペルロールは、古めかしいセピア色の紙がくるくる巻かれて、それを草紐で結んだシンプルなものだった。紙には、何やら図式と呪文っぽい文字がズラズラと書かれている。
ヨンさんがスペルロールを広げて指し示した。
『これがスペルロールだよ。紐の色で属性が分かる。クリーンは大地属性だから黄色だね』
『大地?』
洗濯だから水属性かと思ったが、大地属性なのか。
ということは、もしかしてこれ、効果としては石鹸に近いものなのか? 石鹸がどういうものかは専門外なのでよく分からないが、「石」ってつくし近い気はする。
それはさておき。
『え、全く読めない……』
スペルロールを覗き込んだ俺は、硬直した。
そこにあったのは、俺にとって意味の理解できないインク汚れの羅列。もう一度言うが、意味を理解できないインクの染みの模様がそこには並んでいた。
異世界に来て初めての、俺には読めない文字だった。
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