第35話 魔力操作
ヨンさんの教え方は、カーニャの評判通り丁寧だし分かりやすかった。
『まず、魔力操作ね。これができないと魔法どころじゃないんだけど、それは知ってる?』
『ああ、カーニャから聞いた。俺は全くできないけど、多分、アジャ公はできると思う』
ヨンさんの問いに対して、俺が頷く。
魔力操作についてはカーニャから聞いていたし、そもそもアジャは魔法が使えるので、というか多分この集落の中で一番の魔法のエキスパートだと思うので、問題ないだろう。
ちなみに、今更ではあるがヨンさんの呼び方は早々に『長いしヨンでいいよ』と言われたのでヨンさん呼びに落ち着いた。
俺はアジャに声をかける。
[なあアジャ公、魔力操作って多分できるよな?]
[……魔力を動かすってこと? そんなの、普通、生まれた時からできるでしょ?]
[オーケー、このチート種族め]
俺はそんなのできねぇんだよ。
前からちょっと思ってたけど、アジャって無自覚にちょっとだけ嫌味だ。
俺がヨンさんに改めてアジャの魔力操作が問題ないことを伝えると、ヨンさんがアジャに両手を差し出す。
『じゃあどれくらいできるのか見るから、手ぇ出して』
『手?』
『こうやって手を繋いでね、そこから魔力をお互いに流すんだよ。魔力を動かしたことない子相手でもこっちから動かして感覚を掴ませられるし、動かせる子でも練度がよく分かるから、エルフでは主流の教え方なの』
『へえー……』
アジャに伝えると、アジャはおずおずと手を出した。ヨンさんはそれに対して自分から手を繋ぐことはなく、両手を広げて待ちの姿勢である。
アジャがそっと両手を繋いだ。
そして、慎重にヨンさんの様子を確認しつつ……。
『うわ、ちょっと待って、魔力量超多くない? 待って待って酔う、酔いそう、酔うって!』
[アジャ公、ストップ! なんかお前の魔力量が多くてしんどいらしい]
[……だろうね。見るからに薄いもん]
俺には何も分からないが、魔力を流したらしい。
ヨンさんがガクッと体を仰け反らせた。
それに対してアジャがパッと手を離すと、そのままヨンさんはよろよろとうずくまる。そのあと微かに『ぉえっ』とえずく声が聞こえた。おっと、真面目にやばい……?
『え、大丈夫か……?』
『うー頭くらくらするぅ……。……あー、だいじょーぶ。魔力を強制的に掻き回されるとね、こうなんの』
『へぇ……』
曰く、初心者が初めて魔力を動かされたり、熟練者でもコントロール下手な人に魔力を掻き回されたりすると、よくあるらしい。
自分の方が魔力量が多ければ掻き回されるのを防ぐことができるらしいが、量が違いすぎるとそれもままならないのだとか。
『……この子ね、操作は結構綺麗だったよ。魔力量が違いすぎて俺が容量超えちゃっただけで、ぅぷ……量が近い人とやれば気持ちいーと思う』
ちなみに、コントロールが上手いとこういう魔力循環をされるのはリラックス効果があるようだ。
『よく分からん。本当に上手かったら量が違っても気持ちよくなるんじゃないのか?』
『……いや、そんな段階じゃないくらい量が違いすぎるんだよ。違うほど技術が必要だから、俺とこの子くらいの違いだと杖なしで大魔法同時展開するくらいの緻密さが必要だと思う……』
うーん、体の大きさが近い人間同士ならマッサージできるけど、体の大きさが違いすぎるゾウがアリにマッサージするのは超絶技巧がないと無理みたいな感じだろうか?
まあなんとなくニュアンスは分かった。
しばらくして、ヨンさんがやっとのことで顔を上げる。まだ少し顔色が悪いが、彼はそれよりもマジマジとアジャを見た。
『……てか、え、その子才能えげつないね?』
『……まあ、だろうなとは思う』
『ドラゴニュートってみんなそうなの?』
『ドラゴニュートは知らないけど、この子は初めて会った時に、こう、色々あって』
俺の雑な誤魔化しにもヨンさんは納得したように頷いた。
『下手するとハイエルフの長老レベルなんじゃない?』と独り言のように呟いている。どれくらいの凄さなのかいまいち分からないが、規格外の凄さってことなのだろう。アジャは視線で話題を察したのか、ちょっと得意げな顔をしていた。
『……魔力は幼い時から訓練してると、どんどん量も増えるし技術も付くから、これから無理ない範囲で毎日練習するといいよ……。……くっ、俺もその百分の一でいいから才能欲しかった……!』
ヨンさんが切なげに打ち震えながらアドバイスをくれる。な、なんか複雑な気持ちにさせてしまったようだ。
逆に、カーニャは目をキラキラさせ、アジャの手を取ってはしゃいでいる。
『アジャコウは魔法の才能あるんスね! 素敵っス! 魔法ができるとどこでも引く手数多っスよ! 将来安定!』
[ハチ、カーニャはなんて?]
[逞しくて世知辛い……]
[??]
アジャが首を傾げるのを横目に、俺は静かに目頭を押さえた。幼い子供が『将来安定!』と言いながらはしゃぐのはなかなか切ない。
カーニャの逞しさと、その裏の苦労が偲ばれた。
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