第34話 エルフで暇な人


 次の日、カーニャは人を紹介してくれた。


『あれ、カーニャちゃん! それに噂のお貴族様とドラゴニュートちゃん! 珍しいね! どうしたの?』


 会わせてくれたのは、魔法使いというよりも背負った弓筒が目立つ細身で色白の青年だった。

 くすんだ金髪にターコイズの瞳。そしてよく見れば、その耳の先は控えめに尖っている。


 エルフ、なのだろうか。


 エルフというのはファンタジー作品によく出てくる種族のことだ。豊かな森に住み、魔法の力を持ち、そして長寿で耳が尖っていると言われている。


 エルフは美形というイメージがあるが、彼は美形というよりもニマニマとした表情のイメージが先行してくる。いかにもお調子者というような印象だ。


 カーニャが顔を顰めて咎めるように言った。


『その言い方失礼っスよ! こちらは、ハチさんとアジャコウっス。ヨンさん今暇っスね?』

『カーニャちゃんも大概失礼じゃない? 俺はいつも忙しいよ! 今だって暇を潰すのに大忙し!』

『暇なんじゃないっスか』


 暇らしい。


 ヨンさんと呼ばれた青年は、カーニャのツッコミに特に気を悪くした様子もなくヘラッと笑った。


『で? 本当にどうしたの? まさかと思うけど俺に用事?』

『そのまさかっス。魔法について教えてほしいらしいんスよ』

『はあ……?』


 ヨンさんがなんとも言えない表情で俺とアジャに目を向ける。ターコイズの瞳は少し警戒したような色を帯びているような気がした。


 俺はカーニャに一言お礼を言って一歩前に出る。

 こっからの交渉は俺がやらないとな。


『えっと、まず名乗りもせずに申し訳ない。俺はハチ。こっちはアジャ公だ』

『おっと、ご丁寧にどうも? 俺はヨークオッタ。みんなからはヨンって呼ばれてるよ』

『ヨークオッタさん、でいいか?』

『わあお、いかにも貴族って感じの受け答え……』


 ヨンさん改めヨークオッタさんがドン引きした感じの顔をした。なんでだよ、普通の礼儀の範囲だろ!


 見たらカーニャも同じようなドン引き顔をしていたので、俺がおかしいのかもしれない。よく分からない。


 俺は仕切り直しの意味で咳払いをした。とにかく、本題に入ろう。


『こほん。……さっきカーニャが言ってくれた通り、俺たちは魔法について知りたいんだ。スペルロールの存在はカーニャから聞いたんだが、アジャ公は大陸言語が読めないし、俺も魔法については知識ゼロでな。その辺を噛み砕いて教えてくれる暇そうな人ってことで、カーニャにあんたを紹介してもらった』

『君も何気に失礼だね? いやもう暇なのは否定しないけどさぁ』


 ヨークオッタさんが少し拗ねたように口を尖らせる。


 すまん、もう暇なのが持ちネタなのかと思って。それに『忙しくない人』って紹介してもらったのは事実だしな。


 ヨークオッタさんはため息をついた。

 そして半目で俺を見やる。少し呆れたような、冷めたような目だった。


『はあ……。どんな紹介をされたのか知らないけど、俺魔法はからっきしだよ。一時期勉強したから多少知ってるけど、本当に生活魔法しか使えないからね?』

『まあ、知りたいのは基礎だし、それは問題ないと思う。嫌ならもちろん無理強いはしないけど、そうじゃないなら教えてほしい』

『……』


 ヨークオッタさんは、やはりなんとも言えないような顔をした。

 なにか引っかかることでもあるのだろうか?


 チラッとカーニャを見ると、カーニャがコソッと耳打ちしてくる。


『ヨンさんはハーフエルフなんスけど、魔法の才能がエルフの血にあるまじき低さらしいんスよ。それで気にしてるみたいっス』

『逆に聞くんだが、なんでそれなのに魔法の先生として紹介したんだ?』

『えーっと、……エルフで暇な人だったからっス!』

『そこぉ、聞こえてるからね!?』


 カーニャのツッコミどころ満載のセリフにヨークオッタさんからのツッコミが飛んだ。

 半泣きだ。彼が弄られキャラだってことはよく分かった。


[……ハチ、大丈夫? この人、すっごい薄いけど……]

[魔力の話だな? へえ、薄いんだ……]

[うん、……流石にハチよりは濃い、けど、ハチはそもそも無いし……]

[さりげなく俺をディスるのをやめなさい]


 そしてアジャからもこの追い討ちである。

 ちょっと不安になってきた。


『でも、才能ないだけでちゃんと勉強した人なのは間違いないっスよ。教えるのも上手いっス』

『なるほどな? 下手に才能がある感覚派よりも教えを乞いたい人選であることは確かだな』

『聞こえてるからね? もー褒めか貶しか微妙なこと言ってさぁ……!』


 ヨークオッタさんがジタジタと足踏みをした。

 嬉しいようなムカつくような微妙な心境なのだろう。確かに、話を聞くと魔法が使えないことがコンプレックスだろうに、魔法の先生になってくれと言われたらなかなか複雑な心境だと察する。でも、コンプレックスがあって勉強したなら、逆にその知識は信用できそうだと思う。


 しばらくそうした後、彼は顔を上げた。表情はあからさまに拗ねているが、瞳に宿る感情は幾分か和らいでいる気がする。

 ヨークオッタさんがムスッと口を開いた。


『まあいいけどぉ……後で文句言うとか、ナシだからね?』


 とりあえず教えてくれるらしい。

 俺は笑ってお礼を言った。

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