第32話 カーニャの出身
さて、最初はズタボロだった解体も、何度もやれば慣れてくる。
ここ最近の俺は、朝起きてから日が沈むまでひたすら砂ネズミの解体をして過ごしていた。
しばらくそれだけやっていれば嫌でも身につくというもので、今ではカーニャの補助なしで砂ネズミを解体できるようになった。
……まあ一体解体するのに大体半日はかかるんだけどな。カーニャがやる方がスピードは速い。
まあやればやるだけお金も貯まっているし、体力も付いてきている気がするし、とりあえず今の生活は順調だった。
『そろそろ砂トカゲの解体に混ざってもいいかもっスね』
『ああ、あそこでヒラキになってるデカいやつ? 砂トカゲの方が報酬いいの?』
『いいっスよ〜! 一気に上がって大銀貨1枚! まあ複数人で分担作業するっスから、作業内容と人数で変わるっスけど、それでも砂ネズミより高いっス』
『へー』
カーニャの言葉に頷く。
カーニャ曰く、俺はまず砂ネズミの解体から始めて、技術がつき次第少しずつ大きな獲物の解体に混ざっていく予定だったようだ。
大きな獲物は大体解体報酬も高いし、単純に今は大きな作業の方に人手が欲しいらしい。
まあ確かに、今砂ネズミの解体をやっているのは俺と同じように解体をやったことのない人くらいだった。具体的には、巨狼の棲処に所属する中でも特に幼い子供とか。
アジャよりも年下に見える子供たちが、カーニャと同年代くらいの子に指南されながらナイフ片手に四苦八苦しているのは、微笑ましいような、現代人の俺からするとなんとも奇妙なような光景だ。
そこに混じる28歳の俺……いや、考えるのはやめよう。
カーニャが俺の横で砂ネズミを解体しながら、ふとため息をついた。
『砂ネズミを練習台にできるって、大分贅沢なんスからね』
『そうなのか』
『そーっスよ。今はスタンピードでめっちゃ大量にあるっスけど、砂ネズミはDランクの魔物っス』
『ふぅん?』
俺は首を傾げる。
Dランクと言われても未だにピンと来ない。
まあでも冒険者ランクがS〜Fらしいから、それと対応づけると、めっちゃ強いわけじゃないけど一般人からしたら相当脅威になる部類ではないかと推測する。
俺が一対一で遭遇したらまず死ぬだろう。
聞くに、凶暴性は大したことないが、足が速いし体が大きめだから狩るのはまあまあ大変らしい。
そもそもこの荒野にはD〜Bランクの魔物が闊歩しており、運が悪いとAランクの魔物にも遭遇するため、Bランク以上の冒険者パーティかAランク以上の冒険者でなければ入ることが推奨されていない。
そう考えると、やはり解体の練習台にできるような魔物ではないのだろう。まあまあ貴重なはずだ。
『荒野に入るような強い冒険者は、いちいち自分で解体せずに魔物をそのままギルドに持ち込んでくれるっス。そうすると、ギルドは解体の中でも単純な作業とかはスラムの住人や孤児に仕事をおろしてくれるんスよ。スラムはあんまりまともな仕事ないから、そういうのありがたいんス』
カーニャが淡々と語る。
つまり、ここにある砂ネズミの解体を全部スラムに委託できたら、スラムの財政が潤って嬉しいってことだろう。
何故カーニャがそんなことを気にするのかと考えて、俺はふと思い至る。
『カーニャって、スラム出身だったりする?』
『んー。そーっスよ』
なんてことないようにカーニャは答えた。
俺はふぅんと頷いた。
思えば、以前からなんとなく片鱗は窺えていた気がする。
ステーキを食べないアジャに『食べ物があるのはありがたいことだ』と説得したのは食べ物を手に入れるのに苦労したからだろうし、値切りが得意とか世渡りに長けているのは多分苦しい生活をしていたからだろうし。
会話はそこで一旦途切れた。
俺は特にコメントなどはしなかった。するようなことでもないと思ったからだ。
ただ、その直後にカーニャがわりと露骨に不安そうな顔をし始めた。そわそわと俺の様子を窺ってくる。
『……』
……もしかして、カーニャが貴族相手になんかあるらしいのって、スラム出身だからか?
俺はひとまずそこには何も突っ込まず、黙々と作業を続けた。
だって、もしスラム出身なのが何かの原因だったとして、反応を誤ったらまずい。
ここでカーニャの信頼を失うわけにはいかない。わりとカーニャのおかげで俺たちここに馴染めてる節があるんだから。
そのとき。
「アオーーーーン(異常なし)」
獣の遠吠えが聞こえた。
この要塞に来てから、定期的に聞こえる遠吠えだ。
めちゃめちゃ普通に言葉に聞こえるんだけど、同時にめちゃめちゃ遠吠えではあるんだよな。内容的にも獣人の言葉かなにかだと思うんだが、これ幸いと俺はカーニャに聞くことにした。
『カーニャ、そういえば気になっていたんだが、この、たまに獣の遠吠えがするのはなんだ? 聞いたことある気がするんだが』
あくまで言葉に聞こえるとかは言わずに、でも『聞いたことある』と付け足すことで、学んだことのある言葉として思い出しても問題ない感じに匂わせるのがミソだ。
カーニャはビクッと反応して、それから答えてくれた。
『、……あー、獣人の吠え分けって知らないっスか?』
『知ってるような、気がする』
『なんスかそれ? ……吠え分けは獣人がよく使う合図の一種っス。私には分かんないっスけど、短く伝わるし便利だから見張りの結果を仲間に伝えるのによく使われているらしいっス』
『あーだから異常なしなわけか』
俺は納得して頷く。
獣人の言葉で合っていたようだ。
ということは今見張りをしているのは獣人の冒険者なのだろう。
時々見掛けはするんだけど、俺は今のところ獣人の冒険者とあまり交流を持ってはいない。
いや、食堂でアジャのフードファイトショーをやっていると、その見物人の中には獣人の冒険者もそれなりにいるから、挨拶くらいはするけどな。
カーニャがキョトンと俺を見上げた。
『分かるんスか?』
『なんとなく。でもネイティブは初めて聞いた』
『ねいてぃぶ?』
『んー、現地にいて実際にその言葉を使っている人って意味かな。本場の言葉は初めて聞いたんだ』
全て適当である。
ネイティブじゃない獣人の言葉って逆になんなんだろう。いや、犬猫の鳴き声ならいくらでも聞いたことあるんだけどな……?
カーニャがおずおずと口を開く。
『ハチさんは、言葉は本で勉強してたっスか?』
『んー、まあ、大体……』
嘘である。勉強自体していない。
いや、正確には日本語はきちんと勉強したし、訳あって翻訳家の真似事をしていたときに、知らない概念に触れたりしたら本やネットで調べていた。だから完全に嘘というわけでもない。
まあ、今大事なのはそこではないので、一旦置いておこう。
俺はわざとらしく咳払いをする。そして、カーニャを見た。
カーニャのヘーゼルの瞳もちらりと俺の方を見る。
『そうだな。俺の知識は大体本の知識だ。だから、実地で色々できるカーニャのこと凄いと思うよ。知識なんて結局、実地で使えなきゃ意味無いしな。……その、だからアレだ。変わらず頼りにしてる』
『……はいっス!! 任せてください!』
俺の言葉に、カーニャは花が咲くように満面の笑顔で返事をした。そこにはもう、不安そうな色はない。
なんだこの子、めっちゃいい子。
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