第29話 はじめての解体②


 では解体の続きである。

『続けるっスよ』とカーニャが言った。


『一通り中身綺麗にしたらー、皮を剥ぐっス。砂ネズミは皮も売れるから綺麗に剥ぐっスよ』

『何に使うんだ? 皮』

『さあ? 分からないっス。けど、魔物は低ランクじゃない限り捨てる場所はほぼ無いっス。知らない魔物でもとりあえず全部取っといて損は無いっスよ』

『どの部位が売れるとかってどこで分かるんだ?』

『冒険者組合の職員さんは大体教えてくれるっス』


 冒険者組合とは、冒険者を管理する組織だそうだ。冒険者登録とか、仕事の斡旋を主に行っているそう。ファンタジー小説でよくあるやつだな。


『皮を剥ぐのがまーた手間かかるっスよー。地道にやるっス』

『皮についた肉はそのままでもいいのか?』

『大体の冒険者はそのまま出すっス。鞣すとかやってらんないっスし、皮のキワの肉がいいって素材もあるらしいっス。そういう変な注文出すのは大体錬金術っスけど』


 錬金術とは、またファンタジーなものが出てきたものだ。


 錬金術とは、地球の化学の前身で、卑金属から金を生み出すとか、不老不死の薬の精製とかを目指して行われた研究のことである。賢者の石とか有名だな。


 ちょっと興味はあるが、話が逸れるので置いておこう。


『皮を剥いだら、次は手首足首と尻尾を切って、骨を削ぐっス。こうやって関節に沿って刃を入れて、……ほら、こんな感じ』

『上手いもんだなー』

『へへー! 大体の魔物は同じ手順で解体できるっスよ! 覚えておくっス』

『はーい』


 カーニャはその後、『魔物によって、ヒレとか膜とか翼とかあるっスけど、分からなかったらノータッチの方がいいっス』とか『頭は複雑っスから、そのまま持ってくのがいいっス』とか『冒険者組合に未解体で持ってくと解体料を取られるっスけど、頭とかの部位くらいなら無料っスよ!』とか細々としたことを教えてくれた。


 そうして一通りの説明が終わる。


『じゃあやってみるっス』


 はいっとナイフが手渡された。

 俺は分かりやすく緊張しつつ、砂ネズミを一体取る。


 死体に触るという生理的嫌悪が凄い。白濁した目が気持ち悪かった。


 それまで黙って見守っていたアジャが、トコトコとこちらにやってくる。


[……魔法でやればいいのに。あれくらい、何体同時にでもできる。やろうか? 楽だし、早いよ]

[んー……、いや、やめておこう。一通り見たけど、解体を魔法でやってる様子がない。せいぜい水を出すくらいだ。きっとお前ならすぐにできるんだろうけど、人間にはない魔法なんじゃないか? 人間にはない魔法をお前がいきなり使い始めたら、どう思われるかは分かるよな?]

[……]

[俺がやるよ。任せてくれ]

[……ハチは、サイラスとカーニャのことは信用したんじゃないの?]


 アジャが俯きながらそう言った。

 なるほど? 二人は信用できるから、二人になら覚醒者だとバレてもいいんじゃないかということか。


 俺は微笑んだ。

 信用できる人ができるのはとても良いことだ。


[信用してるよ。優しい人たちだ。彼らに会えた俺たちは運が良いよ]

[じゃあ、]

[うーん。でもなぁ。なあ、覚醒したら人間に殺されるって言うけどさ、他人を殺すって結構並々ならないことだと思わないか? アジャ公は理由もないのに他人を殺すか?]

[……理由が分からなくても、殺せるよ。俺は、大人に言われ、て、……]


 アジャがスッと黙った。

 心なしか顔色が悪い。


 アジャが人……なのかは分からないが、意思伝達が可能な生物を殺したことがあることは薄々察していた。


 そもそも、俺とアジャが初めて会った場所、あそこは俺が見た限り四方八方どこも見渡す限り地平線で、何かが住んでいるような痕跡は何も無かった。

 けれど、アジャの口振り的に、あそこにはもともと竜族が住んでいたはずだ。アジャも、アジャの言う「大人」も、オババさんだって、多分あそこに住んでいた。


 そこが、多分アジャの神鳴りで一面の更地に「された」のだ。


 分からないが、俺が居合わせたあの神鳴りの瞬間に、アジャは同族殺しをしていたのかもしれない。真偽はおいておいて、それくらいの想像はつく。


 他にも、単純にアジャの今のセリフだけで「大人に言われて何かを殺した」ことがあるのは確実だ。アジャは、どうやら俺にそれを知られたくないみたいだけれど。


[まあ、お前だって大人に言われなきゃ積極的に殺さなかったわけだろ? きっと優しい人でも理由があれば人は殺せる。サイラスさんもカーニャも、きっと必要なら殺せるよ]

[……]

[いや、逆だな。理由がないと、人は殺さないだろ? つまりさ、覚醒者は殺されるっていうのは、それだけ並々ならない理由があると思わないか?]

[……]

[なんにせよ、人間が覚醒者を殺す理由が分からない限り、慎重になった方がいいと思う]

[……]


 アジャが黙り込んだ。


 ちょっと脅しすぎたかもしれない。アジャに人間不信になってほしいわけじゃないのだ。


 正直俺も、サイラスさんやカーニャが、アジャが覚醒者だと分かったからといってすぐに殺しにかかってくるかは疑問だ。


 でも、人の価値観は生育環境によって変わる。

 ただでさえ、さっきの教会の話がある。この世界には人間以外を奴隷扱いする国があるらしい。


 ーーなら、人間の間では「覚醒者が人間扱いじゃない」可能性も十分にある。


 慎重になってなりすぎることはないと思うのだ。


[…………怖い]


 俺の説明に、アジャがぽつりとそう言った。

 俺はぽんぽんとアジャの頭を撫でて、笑って見せてから解体に取り掛かった。


 ちなみに、初の解体は散々な結果に終わったことをここに明記しておく。流石に出来が酷すぎて、銅貨1枚の支払いとなった。

 カーニャが最初はこんなもんだと慰めてくれた。

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