第28話 はじめての解体


『結局、報酬は出来高制で砂ネズミ一体銅貨3枚になったんスよね』


 次の日、俺とアジャはカーニャに連れられて解体現場に来ていた。


 あたりでは、相変わらず怪我が比較的マシな冒険者たちがせっせと魔物の死体を解体している。


 3メートルの砂トカゲを一人で持ち上げて運んだり、冗談みたいな怪力を発揮して仕事をしている人もいて、効率は悪くなさそうだ。なのに、解体待ちの魔物の死体は無くなる様子がない。

 それだけ魔物がたくさん攻めてきたのだろう。仕事を求める身としては、仕事が多くてありがたいことだが。


 砂ネズミの解体現場には、あまり人がいない。ただ地面に乱雑に積み上げられた大型犬ほどの大きさのネズミの死体がたくさんあるだけだ。何人かの下っ端と思われる少年たちが、まばらに処理をしたり仕分けをしたりしている。

 ワイバーンや砂トカゲの方には人がいるから、解体にも優先順位があるのだろう。


 カーニャは砂ネズミの解体現場の中でも奥の方を陣取って、解体道具を広げた。


『もっと粘って報酬つり上げれば良かったのに。サイラスさんなら頑張れば二倍くらいは上げられるっスよ』


 値切りが得意らしいカーニャは、そう言って納得いかなそうな顔をしている。逞しいな。

 俺は苦笑した。


『ま、話を聞く限り妥当だからな。相場は分からないが、サイラスさんは騙したりしないだろ』

『そう言われると悪い気はしないっスけど。じゃあ、ジャンジャン解体して稼がないとっスね!』


 ふんっとカーニャが腕まくりをする。

 頼もしい子である。俺も頑張ろう。


 アジャは俺についてきたものの、言葉が分からないので見学である。少し離れたところにちょこんと座っている。


 カーニャがまず一通り解体道具の説明をしてくれたあと、早速カーニャによる俺のための砂ネズミ解体講座が始まった。


『まず、頭を落とすっス』


 そう言って、カーニャが鉈のような道具をドスッと砂ネズミの喉のあたりに突き刺す。

 カーニャはうまいこと骨の間に切り込みを入れ、頭蓋骨をくり抜くようにしたあと、また喉元から刃を入れてダンッと体重を掛け、首チョンパにしてしまった。


 飛び散る血、メリメリメキョっと生々しい音、強い獣の臭いと血の臭い。最初っからハードモード。


 俺は思わず身を引いた。


『うわ、』

『まあ別に皮から処理してもいいし腹から開いてもいいんスけど、私は頭を先に切っちゃった方が楽なんで頭からやるっス。あと、こいつらはもう倒してから数日経ってますけど、普通は倒してすぐに首のところを切って血抜きをするっス』

『数日? 腐ってないのか?』

『こいつら魔力多いんで、意外ともつっスよ。成竜なんて数年もつし、ワイバーンも一年くらいもつっスけど、一番高く売れるのもその辺なんでその辺から優先的に処理するんスよ』


 ふぅん。成竜らしき解体が見当たらないのはそれが原因か。

 もうすでに解体し終えた後なのだろう。


 ワイバーンならまだチラホラとはいる。

 足場が仮組みされていて、建設現場みたいな騒ぎだった。まあ翼開長10メートルくらいはあったからな。小さな建築物と相違ないだろう。


 カーニャが『集中するっス』と俺を叱った。

 俺は謝ってカーニャの手元を見る。しかし現代人にはキッツいな……。


『頭を落としたら、次は腹を捌くっス。こう、下腹部から刃を入れて、真ん中を真っ直ぐ。そんで、パカって開くっス』


 パカっなんて可愛い効果音ではなく、にちゃあ…みたいな水分量の多い音をさせながら肉が開く。


 率直にグロい。見た目ももちろんグロいのだが、それよりも血の匂いが凄い。ちょっと気分が悪くなりそうなくらいだ。


 カーニャは俺のドン引きぶりなど意に介さず、サクサクと手慣れたように解体を進めた。


『うーん、血抜きがちゃんと出来てないから、ちょっと血生臭いっスね。魔法が使えたら水で洗いながらやるのがいいっスよ』

『俺は魔法は使えないな……』

『私もっス。まあ無いもんは仕方ないっス。綺麗に開いたら、内臓を掻き出していくっス』


 腕まで真っ赤に染めながら、カーニャが躊躇なく腕を奥まで突っ込んで、ずにゅりと柔らかそうな臓器を引っ張り出していく。


 うーん、俺にできるかなこれ。やるしかないんだけどさ。


『内臓は売れるのと売れないのがあるっス。売れるのは綺麗に仕分けして、洗う。売れないのは捨てるかモツ煮かっスね』

『モツ煮……』

『美味しっスよ! 毒袋とか食べられないの以外は、おっちゃんが料理してくれるんス!』


 これを見た後にモツ煮を美味しくいただけるのはなかなかタフである。俺はしばらく肉はいいかなって気持ちだもん。

 現代日本のパックに入った肉たちを恋しく思うのは初めてだ。


『ちなみに、この心臓の中に魔物の収穫で一番重要な魔石があるっス。どんな魔物でも魔石はあるんで、ちゃーんと回収するっス』


 カーニャがほら、と取り出して見せてくれる。

 そこには、歪な形の宝石みたいなものがあった。


『魔石?』

『知らないっスか? 魔物の魔力の源っスよ。これがあるから魔物は魔法が使えるっス』

『……? じゃあ魔法が使える人間にも魔石はあるのか?』


 純粋な疑問だったのだが、俺の言葉にカーニャの三つ編みがビャッ! と逆立つ。

 なんかまずいこと言ったか?


『ワーワー! ハチさん! シーっスよ! それ子供なら辛うじて許されても大人は許されない質問っスよ! 教会に怒られるっス!』

『教会?』

『ハチさんのところに教会なかったっスか?』


 教会。もちろん俺もその言葉は知っている。

 宗教を扱う集会所みたいなところだろう。キリスト教の教会とか、日本で言うと仏教の寺とか神道の神社とか、そういうものだ。


 大体において、宗教は国のあり方や国民の生活に根ざしやすい。行事とか、習慣とか、わりと宗教由来だったりするものばかり。

 迂闊なことを言うのはよろしくない。俺は適当に濁した。


『あー、あったけど……家から出なかったから特に関わってなかったかな……』

『えええー、どんな家っスか……。教会は、神様に祈るところっス。あとは神託が降りたり、病気を治してもらったり……でも冒険者はあんまり関わらない人が多いっスね。すっごいお金取られるっス』

『へえ』


 頷く。

 教会は、大体予想通りのところみたいだ。


『人間は、神様の眷属で尊い存在だとかなんとか……。だから、魔石があるのは魔物っスから、人間にも魔石があるのかっていうのは、人間を貶める発言だーって怒られるっス』

『そうなのか』

『実際人間に魔石無いらしいっスしね』


 カーニャが肩を竦めた。


 ふぅん?


『ふぅん。ちなみに人間以外は?』

『それは、複雑な問題っス。魔石があるのは魔物で、実際エルフにもドワーフにも獣人にも魔石は無いらしいっス。でも、教会は人間が尊い、しか言わないっス。それ以外は宗派や国に寄るんスよ。ラダバ王国は他種族も人間と同じに暮らしてるっスけど、他の国だと人間以外は奴隷扱いだったりすることもあるらしいっス。まあ私はラダバから出たことないんで分からないっスけど』

『なるほどな。勉強になった』


 じゃあ、その辺はよく調べないとな。

 アジャは一応ドラゴニュートという扱いだ。旅をするなら、アジャも伸び伸び過ごせる国に行きたい。あとでそのへんも人に聞いて調査するとしよう。

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