第27話 貨幣価値とギルド
さて、場の空気は完全に固まっている。
アジャが不安そうに俺を見上げた。
不安の中に、やや俺に対する呆れも混じっている気がする。言葉は分からなくても、空気で俺がおかしなことを言ったことを察したらしい。鋭いな、アジャよ。
サイラスさんが頭痛を振り払うように頭を抱えた。
『……いやお前、金使ったことねぇのか?』
『霊脈も知らない、お金も知らないって……ハチさん今までどんな生活してたっスか……?』
『仕方ないだろ。この歳までほぼ家から出ない生活送ってきたし、学歴も中退以下略だ。「ライター」経験ならあるがここではなんの役にも立たなそうだし、概ね社会経験ゼロと考えてもらっていい』
もうここまできたら開き直ってぶっちゃける。「言葉の学者」と名乗ったことと矛盾はしていないはずだ。
サイラスさんとカーニャが顔を見合わせた。
『学歴? とは?』
『あれ? こっち学校ねぇの?』
『あるけど、大体貴族の嗜みだな……』
『うわー……貴族さんっス……』
『いや、もう否定しないけど、カーニャは貴族に何か恨みでもあるのか?』
『ははは』
サイラスさんが笑って誤魔化す。
この反応、何かはあるっぽい。まあ深く突っ込んだら話が逸れるからやめておこう。
『で、「ライター」ってなんだ?』
『物書きのことだ。えーっと、まあ本とかを書く』
『高尚なお仕事じゃないっスか……! というか、そんな生活しててなんで荒野にいたんスか!?』
『カーニャ、深入りはやめろ』
サイラスさんの言葉にカーニャはパッと両手で口を塞いで、それから『はいっス!』と元気よく返事をした。良い返事だ。
そうだな、お互いに無限に話が大脱線するからな。
サイラスさんはしばらく頭を抱えていた。が、やがて何かを飲み込むような顔をした後、顔を上げた。
『……まあいい。貨幣価値についてだな』
そうして話してくれた説明をまとめると、以下のような感じだった。
貨幣に関しては、わりと地域によって価値や扱いが変わるらしい。ド田舎の村とかだと物々交換しかしていないところもあるそうだ。
それを踏まえた上で、大体扱うのは帝国銀貨、大銀貨、小銀貨、銅貨の四つ。それ以上になると金貨とか帝国金貨になってくる。
金貨の類は、上位冒険者とか貴族、大規模な商人しか取り扱わないからあんまり気にしなくていいとのこと。
『帝国銀貨とかってのは? 普通の銀貨となんか違うのか?』
『この辺だとよく流通してるチローエン大帝国が発行した貨幣だな。銀含有量が高いんだ。同じ銀貨でもこっちの方が価値が高い』
『じゃあ価値としては帝国銀貨が一番高くて、順に大銀貨、小銀貨、銅貨、か?』
『正解』とサイラスさんが言った。
ちなみに、帝国銀貨が10枚あれば、一般的な4人家族が1ヶ月生活できるらしい。
ふむ。日本円に照らし合わせると、銅貨1枚が数百円相当で、帝国銀貨10枚が数十万円相当って感じか?
まあ物価が大きく違うから日本円で理解するのはやめた方が良さそうだ。近いうちに大きな町に入って市場とかを回って感覚を掴もう。
『その様子だと、値切りも知らねぇな?』
『……意味は知ってるけど』
『商人はな、親しくなると適正価格や破格で物を売ってくれるが、普通は五倍から十倍で売ってくる。そんなんいちいち買ってたらあっという間に金が尽きるからな、値切るんだよ』
『おお……だろうなと思ってたけど。うーん、できっかな……まあやるしかないか』
『まあこのギルドではご飯も寝床もギルド持ちっス! 基本気にしなくていいっスよ!』
カーニャが元気に補足してくれた。
ちなみに、カーニャは値切りが大得意らしい。
……あとで教えてもらおう。この世界で過ごしていくなら聞く限り値切りは必須スキルだ。正直値切りとか一番苦手なコミュニケーションな気しかしないが、やるしかない。
俺が内心決意していると、サイラスさんが次にギルドの話をしてくれる。
『次はギルドの説明だな』
『頼む』
曰く、ギルドは冒険者が集まって作る組織だそうだ。
昔、冒険者は大体個人規模やパーティ規模だったが、そうすると今回のスタンピードや強い魔物が出たときに足並み揃えて戦うのが難しいらしい。
また、怪我をして戦えなくなったときとかに、資金的に復帰が難しい。そういうのを冒険者同士で助け合ってこうぜっていうのがギルドなんだとか。
まあ冒険者はやってることほぼフリーの傭兵だからな。大規模な協力プレイなんかは向いてなさそうだし、体が資本だから怪我をして動けなくなったら貯蓄がない限り転落まっしぐらだろう。そう思うとなんともリスキーな職である。
ギルドが組織されるのは当然の流れと言える。
『俺たちは巨狼の棲処っつうギルドだ。この辺じゃ結構有名な大手ギルドなんだぜ』
『……カーニャみたいな子供を下働きとして雇って将来冒険者になるためのことを教えたり、なんか身寄りのない奴を保護し慣れてるのは、多分このギルドの特色だよな?』
『そうだな。うちのギルドはお人好しが多いんだ』
『へえ』
俺は頷いた。
巨狼の棲処、か。カッコいい名前である。
おそらく俺たちが泊めてもらっているこの建物は、ギルドハウスというやつだろう。ギルドの持ち家のことだ。
カーニャのような下働きが掃除や武器の整備をし、食堂には専門の料理人もいる。なるほど、大規模で体制の整ったギルドのようだ。
そして俺たちを怪しみながらも雇っているあたり、サイラスさんも多分お人好しだよな。
俺たちは身寄りもないし、放り出したって誰にも文句は言われないだろう。ぶっちゃけ雇う必要とかないはずだ。
なのに雇うのは、なにか打算があった可能性もあるが、何よりもお人好しなのだと思う。だって普通に考えてメリット無くね?
カーニャがぴっと手を挙げた。
『巨狼の棲処はSランク冒険者が3人もいるんスよ! それに、スタンピードがあると駆けつけたり、積極的にしてるんス!』
マジでボランティア団体みたいな感じだな。
Sランクの冒険者が3人いるのはすごいらしいし、その上潤沢な資金力がありそうだから、それ故の社会福祉なんだろうけど。
『でも今回のスタンピードはヤバかったっスよね。Sランクが4人いなかったらマジで落ちてたっスよこの場所』
『4人? 3人じゃなかったのか?』
『一つのギルドで当たるわけないだろ、こんな案件。他のギルドもいるし、フリーの冒険者もいるよ』
『へえ』
まあそりゃそうか。
ただ、一番の戦力であるSランク4人のうち3人を占める巨狼の棲処は、ここでは最大勢力に違いない。
『ちなみに、ギルドのリーダーはサイラスさんじゃないよな?』
『ギルドのリーダーのことをギルドマスターと呼ぶ。次に偉いのはサブマスターだ。で、ハチの言う通りギルマスもサブマスも俺じゃねえよ。まあ今はSランクみんないないから、俺と他のAランクで手分けして事後処理任されてる。お前らを雇う采配権はあるから安心しな』
ふむ。つまり現状、ここで一番偉い人間の一角を担っているのがサイラスさんってわけだ。
それはそれとして、俺は首を傾げた。
『なんでSランクがいないんだ?』
『スタンピードはひとまず終わったからな。今回のスタンピードは普通じゃねぇ。まあスタンピードが起こること自体異常だが、今回は本当に規模がヤバかったんだ。実感なさそうな顔してるが、Sランク4人もいれば大抵は過剰戦力だぞ。Sランクは一人でドラゴンが討伐できるんだからな。普通のスタンピードだったら一人でも対処できる。それが、4人いてギリギリだったんだ。下手な国は落ちる規模だ』
『とにかくヤバいことは分かった。よく生き残ったな俺たち』
サイラスさんの力説に、俺はこくこくこくと頷く。
これは、怪しまれるわけだわ。
そんなヤバいスタンピードがあった方向から俺たちはノコノコやってきたわけだ。しかもしれっとスタンピードをやり過ごしたとか言い出したわけだ。怪しいよ、そんなん。何者だよ俺たち。
警戒しない方が間抜けってもんだ。むしろよく俺たちを雇ったな?
俺は内心でサイラスさんの評価を修正した。「多分お人好し」どころじゃないよこの人、「根っからのお人好し」だよ。
……それにそのスタンピード、元はと言えばアジャの神鳴りが原因なんだよな。
ヤバいな、アジャ。この集落に入る前に[こんな町くらい滅ぼせる]みたいなこと言ってたけど、見栄でもなんでもなく事実滅ぼせるのだろう。過剰戦力すぎる。
『とにかく、ヤバかったんだ。だからSランクは王都に報告に行ったり、他の町や有力ギルドに連絡に行ってる。他にも脅威があるかもしれないからな』
なるほどなーと俺は頷いた。
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