第26話 報酬の交渉
着替え終わって部屋を出ると、カーニャに少々面倒臭い反応をされた。
『……わあ。身綺麗にすると流石貴族さんって感じっス。いいもん食べてたんスねぇ』
これである。
そんな染み染みとため息をつきながら言われても反応に困る。とにかくカーニャの中で、俺は疑いようもなく貴族になってしまったみたいだった。
まあ、全部が全部は否定できない。上等な食事をたらふく食って生きてきたのは事実だ。
それに、上手く誤魔化せているならそれはそれで良い気もする。まさか「異世界から来ました」とか言って信じてもらえるとも思えないし、悪目立ちしそうだ。
俺はため息をついた。
『へえ、サマになってるじゃねえか』
『サイラスさんも、そういうのいいよ』
ちなみに、しれっとサイラスさんもいる。
俺は生温い目をしてサイラスさんを見た。よく見れば、彼は実に注意深い目をして俺たちを見ていた。
結局、俺たちがサイラスさんに怪しまれているらしいことは、アジャには教えなかった。
アジャは素直な子だ。俺と過ごしていた時もそうだが、好意も敵意もわりと正直に態度に出す子である。大陸言語が話せないアジャには対策も取りようがないし、教えない方が自然な態度で過ごせて良いだろう。
その点俺は、聞かなかった振りとか知らない振りならお手のものだ。
……俺は習ってもないのにどんな外国語でも聞けば分かったが、側から見ればそれは気味が悪いだろうからな。必要に駆られてそういうポーカーフェイスは結構身に付いている。
俺はなんでもない態度でサイラスさんに話しかけた。
『で、何か用事があるから来たんだろ? 詳しい話をするのか?』
『おう。報酬とか期間とか、決めないと困るだろ。ついてきな』
そう言ってサイラスさんが俺たちに背を向けて歩き出す。カーニャがテテテーっとその後に続いた。
俺もアジャを促してついていく。
目的地は、1階のちょっと立派な部屋のようだった。少し広くて整えられた空間の中に、丈夫そうなテーブルと長いソファが二つ、向かい合うように並んでいる。
『応接部屋だ。大きな取引の時とかに使う』
『大きな取引なのか?』
『今スタンピードの処理でなんもねぇからな。ある中では一番大きな取引だ』
『適当か』
サイラスさんはカラッと笑ってソファを示した。座れということらしい。
俺は言われるがままにソファにアジャと並んで座った。
サイラスさんもソファに座る。カーニャは最初は部屋の隅に立っていたが、サイラスさんに促されて彼の横に座った。ちょっと慣れない様子だった。
サイラスさんが言う。
『でだ。まず報酬から入るが、出来高制でいいな? 砂ネズミ一体銅貨3枚でどうだ?』
サイラスさんが指を三本立てた。
すかさずカーニャが口を挟む。
『流石に安くないっスか? 子供のお小遣いじゃないスか』
『やってること子供のお使いなんだから妥当だろ』
『うーん。でも屋台でご飯買ったらなくなっちゃうっスよ』
『たくさん解体すればいいだろうが』
サイラスさんとカーニャがポンポンと話し合う。
俺はそれを芳しい反応をせずに聞いた。
アジャが話し合いの内容が分からずとも意見が割れていることを察したのか、不安そうに俺を見上げる。俺はポンポンとアジャの頭を撫でた。
その間も話は進む。
『砂ネズミ、私がやると一体数時間かかるっスよ。一日やってまあ3〜5体、すると一日の稼ぎが、うーんと、』
『大銀貨1枚くらいだな』
『そうっス! そうすると、お高いご飯ですっからかんっス。私でそれならハチさんはもっとゆっくりになるっスよ。困ると思うっス』
『あのなカーニャ、慈善事業じゃねぇんだ。それに、交渉ごとに口出すなんて10年早え。黙ってな』
『むぐ……。はいっス』
サイラスさんに叱られて、カーニャがしょんぼりと口を噤んだ。話はそれでひと段落したらしい。
サイラスさんが改めて俺を見た。
『悪いな。カーニャに経験を積ませたくて、こういうのを織り込み済みで同席させた。まあ多めに見てくれ』
『ああ、構わない』
俺は澄ました顔で頷く。
うん、全く構わない。話の内容を聞く限り俺たちに不利益なことは何も無いし、カーニャに経験を積ませるというのも、サイラスさんはちゃんとカーニャを成長させようとしているところが窺えて微笑ましい。
というか、むしろもっと続けてほしいくらいだ。
俺は知らず冷や汗を掻いていた。
さっきの会話はサイラスさんからしたら未熟な会話なのかもしれないが、俺からしたら大事な情報の詰まった会話だった。
具体的には、銅貨3枚あれば屋台で買い物できるとか、大銀貨1枚はお高いご飯代くらいだとか。
そう、今更だが俺はこの世界の貨幣価値や物価が全く分からないのである。
油断していた。普通に考えれば分かることなのに事前準備を怠った。これでは交渉も何もない。とてもまずい。
サイラスさんが口を開く。
『で、どうだ?』
『……』
どうしよう。適当に交渉を引っ張ってカーニャの反応を窺うことで、なんとなくの貨幣価値は判断がつきそうではある。
サイラスさんはともかく、カーニャは反応が素直だ。何故か俺たちはカーニャジャッジで良い人に判定されたのか、カーニャの警戒心が大分薄い。話の流れ如何によってはかなり俺たちに寄り添った反応をしてくれそうである。
が、多分サイラスさんは俺がそういう態度を取ったらすぐに察することだろう。
俺はため息をついた。
うん、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥である。
『恥を忍んで聞くんだが、……貨幣価値について教えてくれ』
『…………は?』
『あと、ギルドって何?』
ついでに地味にちゃんと知らなかった単語の意味も問うと、サイラスさんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。カーニャも目を点にしている。
やらかしたな、とすぐに分かった。
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