第25話 これからと、疑い


[……少し、分かったことが、あるんだけど]

[ああ]


 おもむろにアジャが喋りだす。

 俺はきちんと相槌をうって聞いた。


[……竜は、弱い奴が強い奴に従うんだ。群れでは、そんな感じだった。俺も、弱い奴は強い奴に従うのがいいって、思う。でも、人間は、覚醒したら殺されるけど、……でも、俺よりも弱い、から]

[まあな]

[弱い奴に合わせるのは、なんか、嫌]

[うん]


 アジャが微かにぶすくれた顔をした。


 ワンピースをすっぽんと被れば、アジャの着替えはおしまいだ。ワンピースを着たアジャは、普通に女の子みたいだった。洗って金色の髪も綺麗になったので、美少女具合が上がっている。


 竜の美的感覚は分からないが、自分が女の子に見えることが分かるのか、単にデザインが気に入らないのか、アジャはこの服が気に入らない様子だった。


 ライムグリーンがパチパチと瞬く。


[……でも、悪いことばっかじゃないし。ご飯、美味しかったし]

[うん]

[……だから、まあ、別に、いいよ。…………人間の町で、住もう]


 アジャが俺の目を見てそう言った。


 俺は思わず目を細めて口元を緩める。

 自分がびっくりするくらい優しい顔をしているのが、自分でも分かった。


[……そうか]


 俺が短く言うと、アジャもただこくりと頷く。


 しばらく俺たちは黙っていた。

 俺は服を着ながら余韻を噛み締めていたし、アジャはワンピースの裾を持ってふわふわしていた。


 俺が[にへ]と笑うとアジャも[くふ]と笑う。


[……にしても、アジャ公は食べるのが好きなんだな]

[別に。……砂トカゲより、美味しいし]

[砂トカゲ?]

[うん]

[えっと、砂トカゲだけ食ってたってことか?]

[だけ、ってわけじゃないけど。大体]


 あー。もしかしてアジャが砂トカゲを嫌いなのは、食べ物的な意味での嫌いが大きかったのだろうか。ワイバーンのステーキの時も思ったが、アジャって美味しい食べ物に飢えている気がする。全体的に痩せているし。


 俺はおもむろにカーニャが用意してくれた布を水で濡らして、砂だらけな床を拭き始める。


 アジャがまた呪文を唱えようとしてくれたけど、俺はそれを止めた。布も水も全く汚れてないのは流石に不自然だ。こうすれば床も綺麗になるし布と水も使ったように見えるし、一石二鳥である。


 俺は床を綺麗にしながらとつとつと話す。


[はは、じゃあこれから人間の町で食べ物もたくさん食べような。もし行けそうなら、色んな場所に行って色々なものを食べよう。場所によって食い物も違うんだ。美味しいものもたくさんある]

[美味しいもの?]

[海に行ったら魚料理が美味しいだろうし、北の方なら煮込み料理とか美味しいんじゃないか? 暑い場所で新鮮な果物とか齧ったりするのもきっと楽しい]

[……いいね、楽しそう。……うん、凄く、楽しそう]


 アジャがキラキラと目を輝かせた。

 ライムグリーンがピカピカして、頬が紅潮している。


 今までは生き残るために人間の町に住もうとしていたけれど、こういう楽しみができるのは純粋に嬉しいことだ。


 二人でニコニコとする。


 そんなとき、不意に外から微かな話声が耳に入った。


『カーニャ』

『サイラスさん!』

『あー、あんまデカい声は出すな』

『はいっス』


 部屋の外ではカーニャが待っていてくれている。

 そこにサイラスさんが合流したようだ。


 俺は大体床を拭き終えていたし、ちょうどいいから部屋から出て声をかけようとした。けれど。


『どうだ? ハチとアジャコウは』

『いい人っスよ。ハチさんは物腰柔らかいし、アジャコウは大人しいけど多分素直な子っス』

『ほお。変なところはないか』

『うーん、そう言われると変なところだらけっスけど、気にしなくてもいいと思うっス』

『そうか』

『はいっス』


 何やら含みのある会話だ。

 俺は引き続き床を拭きながら聞き耳を立てる。アジャも俺の様子から何か察したのか、服の裾をふわふわしながら大人しくなった。


『あ、サイラスさん、少し外してもいいっスか? ハチさんたちに着替え終わったら出てきてって言ってるんスけど、この部屋使われてないからベッドに掛け布を置いてないんスよ。取ってこようかなと』

『おう、行ってきな』

『ありがたいっス!』


 そしてカーニャがパタパタと遠ざかっていく音がする。


 扉の前にはサイラスさんだけが残ったようだ。

 しばらく無言が続いて、そんなに気にすることも無かったかと思ったとき、それは聞こえた。


『……ふぅん。カーニャが懐いてるってことは、人格的には問題ねぇんだな』


 うっかりすると聞き流してしまいそうな、本当に微かな声だった。

 俺は聞かなかった振りをする。


 ……にしても、はーん? なるほどな? 少年に見えるとはいえ、女の子が男二人の世話につけられるとかちょっと引っ掛かりはしたんだよな。そういうことか。


 俺たちはマジでサイラスさんに怪しまれていたわけだ。それで、カーニャはよく分からないが人の性格を見極められるから、判断材料として俺たちにつけられたってことだろう。

 で、カーニャのジャッジでは俺たちは問題なしだったと。


 ……いや、こっわ。

 出会い頭でアジャが覚醒者だとバレて襲われていないだけマシだが、しかし疑念マシマシじゃないか。


 何が怪しくて疑われてるのか、またどういう事情を疑われているのか、現時点では判断ができない。今後のためにも知っておきたいところだ。


 もし覚醒者絡みなことを疑われているなら対策を考える必要があるし、それ以外のことを疑われているなら堂々としていればいい。

 まあ疑われている時点でトラブルの種なので、どっちにしても対策必須だ。


 今度それとなく探りを入れてみよう。


 俺は何事もなかったかのように床を拭いていた布を水につけて、じゃぶじゃぶと洗って絞った。

 もう一回拭いとくか。

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