第23話 ファーストコミュニケーション
アジャはそれはもうよく食べた。
一皿ペロリと食べてしまい、ステーキの無くなった皿を見てとても悲しそうな顔をしたので、ダメ元で料理人におかわりは頼めるかと聞きにいった。
快く頷いてもらえたので、アジャは皿を持っておかわりを貰いに行った。が、五皿分食べたところで流石にストップがかかった。
まあ、そうだよな。あの勢いだと無限に食べそうだったもんな。俺の感覚だと一皿でも成人男性二人分くらいはありそうなデカいステーキを五皿もペロリだ。
ストップをかけなかったら、ワイバーン一匹分くらいの量は食べてしまうんじゃないだろうか。ドラゴンの姿のアジャの体の大きさを考えると、普通にそれくらい食べそうだしな。
ただ、見た目だけなら、10歳くらいの痩せた子供がデカいステーキをパカパカ食べるのだ。
最終的には軽い見世物みたいな状態になった。
厳つい冒険者たちが野太いヤジを飛ばす中、アジャは五皿のステーキをナイフとフォークで優雅に食べ切り、ドヤ顔を披露していた。
コイツ案外人間の町でやっていけそうだなと俺は自分のステーキを食べながら思った。
ちなみに俺は食べきれなかったので、残りをアジャに食べてもらった。ヤジはさらに大きくなった。
『ちっこいのにいい食べっぷりだな!』
『将来でっかくなるぞ!』
『それに比べてにいちゃん情けねーぞぉ!!』
『世紀末かここは……』
『はいはーい! 散るっスよ! 見世物じゃないっス! どうしても見たいなら、見物料に明日からのご飯のおかずひとつアジャコウに譲るっス! ほら分かったら散った散った!』
そしてカーニャがなかなか逞しい。
冒険者たちは『世話焼きカーニャが世話焼いてらぁ』『よっしゃ明日なんかひとつやるよ!』『楽しみにしてるからな!』と口々に言いながら解散していった。大量のご飯がアジャに集まると同時に、見物人はフードファイトが楽しめるという上手い仕組みだ。
明日からのアジャの飯が保証された瞬間である。
『ありがとうカーニャ、助かった』
『へへ、世話係として当然っス! アジャコウも苦手克服できたみたいで良かったっス!』
カーニャが無邪気に笑った。
間違ってはいない。
アジャは事実、この食事中に嫌がっていたナイフとフォークを使った食事をほぼ完璧にマスターしてしまったのだから、間違ってはいない。アジャは基礎スペックが高いのだ。
カーニャがぴょんっとアジャの顔を覗き込んだ。三つ編みが楽しげに揺れる。
『美味しかったっスか?』
[え、俺? ……なに?]
[カーニャが美味しかったかって聞いてる]
カーニャに話しかけられ、ビクッとするアジャ。
俺が通訳すると、アジャはもじ…と身動ぎした。
そして、カーニャの目を見る。アジャのライムグリーンの瞳とカーニャのヘーゼルの瞳がピタリと合わさった。
[……美味しかった、よ]
『カーニャ、アジャ公は美味しかったって』
『へへ、でしょ! おっちゃんの料理は美味しいんスよ!』
俺の通訳を聞いて、カーニャが嬉しそうな顔でアジャの手を取った。アジャは急に手を握られて戸惑った顔をしたが、カーニャの表情でなんとなく好意的な行動だと分かったのか、恐る恐る握り返す。
カーニャがそれにまたパッと笑った。
アジャもそれを見て、はにかみながら微笑む。
言葉は通じないけれど、二人は今コミュニケーションを取っていた。
ーーにしても、アジャが俺以外の人間とコミュニケーションを取るの、多分初めてだよな?
凄く良い。
アジャは今まであんまり人間に興味なさそうにしていたし、人間とのコミュニケーションは全部俺に任せていた。まあ言葉が通じないんだから仕方ないんだけどな。
しかし、今のアジャはカーニャの働きかけのおかげでカーニャの言葉にきちんと答えようとしている。
基本的にアジャは働きかけには真摯に応えようとする子なので、カーニャの積極性が上手く作用した感じだ。
うん、これは成長だな。
俺とアジャはいずれ離れるかもしれないんだし、アジャにとって俺以外と話す行為は重要である。将来的にはアジャに大陸言語を習得させて、一人でもやっていけるようにしてやりたい。
そうじゃなくても、たくさんの人と話すのは人生経験として大切だ。アジャにはもっと色々な人と話して人生を豊かにしてほしい。
なんて保護者気取りのことを、俺は二人を見ながら考えた。
端的に言うなら、俺は感動したのだ。
その間も話は進む。
『じゃあ次は部屋へ案内するっス。今日は休むことになってるっスから、夜ご飯の時間になったらまた呼びに行くっスよ』
[……? えっと、……?? ……ハチ、ハチ]
『あれ? ハチさーん! 通訳は!?』
おっと感動のあまり忘れていた。
[カーニャが、次は休む部屋に案内してくれるらしい。夕飯まではそこで休めるっぽいな]
[そう]
アジャが俺の通訳を聞いてこくりと頷く。
そのあと、アジャはカーニャにも分かったことを示すために頷いていた。カーニャは雰囲気で頷きの意味を察してパッと笑う。カーニャ、コミュ力高いな。
っと、そうだ、俺も聞きたいことがあるんだった。
俺はカーニャを呼んだ。
『ところでカーニャ』
『はい?』
『風呂って、……あー、流石に風呂は無いよな』
『お、おお……貴族さん発言……』
『待て待て違う、ほら、俺たち結構体が汚れてるし服もボロボロだろ? 衛生上良くないっていうか、どうにかしたいじゃん』
カーニャがぐっと引いたような顔をしたので、俺はわたわたと訂正する。
やっぱりこの世界だと風呂って貴重なんだ。
ちょっと凹むなぁ。
別に俺は特別風呂好きなわけではないが、しかし熱い湯船に浸かる気持ち良さはもう味わえないのかぁ。
ファンタジー小説のテンプレだと、なんだかんだ主人公は成り上がって風呂を手に入れるが、俺にそれが出来るとは思えない。
……アジャに頼めば、風呂的なものは魔法で作れるか? 今度ちょっと聞いてみよう。
俺がそんなことを考えていると、カーニャが説明してくれた。
『風呂はここには無いっス。もっとずっと北の方なら公共浴場とか結構普通にあるっスけど、ここだと水は貴重なんスよ。まあ確かにそのままは良くないので、ギルドの古着をもらいましょう。で、えっと……濡らした布で体を拭くくらいなら、ここでもできるっスよ』
『!』
風呂、あるんだ。
ちょっと嬉しい。
それに、体が拭けるのはありがたい。俺もアジャも本当に頭から足まで砂だらけだからな。着替えられるとしても、そのままだと体がムズムズしてしまう。
ふと気になることがあって、俺は首を傾げた。
『……ちなみに、戦闘で汚れたりするだろ? そういう時はどうするんだ?』
『大体この辺の冒険者なら、生活魔法が使えるっス。体はそれで綺麗にするっス。さっきも言った通り水はこの辺だと貴重なので、できるところは魔法で賄うんスよ』
『……水って、掘ればあるわけじゃねぇの?』
『いや、確かにそうっスけど、かなり深く掘らないといけないから大変なんス。それに、このへんは霊脈がないんスよ。掘った水の用途も限られるから、魔法で水を出す方が効率いいっス』
カーニャの説明に頷く。
霊脈って、アジャとの会話にも出てきたな。
竜の峡谷は霊脈のひとつらしいとか。
そういえば、ここまで来る途中でも俺は定期的に水を飲んでいたが、ほとんどアジャに魔法で出してもらっていた。途中までは掘ってもらって飲んでたんだけど、いつの間にか。特に気にしていなかったけど。
『もしかして霊脈が近くない水って飲めないのか?』
『大体そうっスね。魔法で浄化しないと危ないっス』
へえ。
ちなみに霊脈とは、魔力の流れる場所のことだそうだ。あらゆる生物にとって大事な場所で、大きな国は大体霊脈があるところにあるし、また危険な魔物がたくさん生息する場所も霊脈があるところにあるらしい。
ふむ、紀元前に生まれた世界四大文明が全て大きな川の側で発展したというのは有名な話である。人間の営みに大量の水は不可欠だし、作物も水がなければ育たない。川は輸送にも有効だ。
この世界だと、霊脈がそういう大きな川に該当する感じだろうか?
なんか、そう考えると面白いな。ファンタジーだ。
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