第21話 ワイバーンのステーキ


 艶々の肉がじゅわりと色を変えていく。


 テラリと真っ赤に輝く柔らかそうな肉が鉄板に落とされ、触れた部分からじわじわと脂の乗った焼き色が付いていく。料理人は手慣れたように満遍なく焼き色を付けると、最後にジャッと炎を煽って焦げ目をつけ、パラリと調味料を振り付けた。


 あたりにはよだれを誘う香ばしい匂いが充満していた。


『ほいよ! ワイバーンのステーキだ』

『ありがと! おっちゃん!』

『にしてもカーニャ、今日は早いな』

『サイラスさんから案内頼まれたんスよ。頼られてるんで!』

『はっは! じゃあしっかり頑張んねぇとな!』


 ドンっ! と豪快に大きなステーキが皿に乗せられ、突き出される。

 カーニャはそれを3皿、危なげなく受け取ると、俺たちを率いて席まで運んでくれた。湯気と食欲をそそる匂いを振り撒きながら、大きな肉の乗った皿がテーブルを埋める。圧巻だ。


『はい! おっちゃんの料理は絶品っスよ!』

『ああ、美味そうだな。いただくよ。ちなみにワイバーンって……』

『食べるの初めてっスか!? 美味しいっスよ〜! スタンピードの獲物っス!』


 『今回は正直成竜まで出てきて死ぬかと思ったっスけど、その分うまみも大きいっス!』とカーニャがウキウキしながら席につく。

 俺たちも並んでカーニャの向かいの席についた。


 アジャがしげしげと皿の上の肉を眺める。


[……これ、ワイバーンの肉だよ、ハチ]

[そうらしいな。なんかまずいかな?]

[別に。匂い的に毒は無いし。……なんで中途半端に焼くのかは分からないけど]

[これは「レア」だな]

[「れあ」?]

[肉の焼き方で、3割くらい焼くことだ。人間にとって、肉を生で食べるのは良くない。けど、生の方が柔らかくて肉そのものの味が楽しめるから、いー感じに両立しようってのが「レア」だ。多分]

[多分って……]

[はは、ちゃんとは知らない。聞き齧った知識なんだ]


 笑いながら解説すると、アジャは[なにそれ]と口を尖らせた。


 今更だけど、アジャってもしかしてまともな料理を食べたことがないのだろうか。

 竜の食事事情ってどうなっているのだろう? そうでなくともアジャは扱いが特殊だったようだし、ここに来るまで、一緒に食べたものがせいぜい水とキャラメルしかないから分からない。改めて考えるとよく4日間もそれでもったものだ。


 カーニャが『じゃあ食べるっス!』と肉にナイフを入れ、食べ始める。


 アジャはナイフを使ったことがないのか、素手で食べようと手を肉に伸ばしかけたところで、少し困惑したように俺を見た。

 俺は苦笑して、ナイフを取る。


[アジャ公、「ナイフ」と「フォーク」は使ったことあるか?]

[え、無い……]

[じゃあとりあえず簡単に教えるな。難しそうなら、まあ今は素手でも良いと思うけど]


 俺の言葉に、アジャはむ…と考え込んだ。


 やはり、アジャは食器を使ったことが全く無いんだな。確かに竜には必要無さそうだが、これから人間の町で過ごすなら、そのままでは困る。


 アジャもそれは分かっているのか、周囲を一通り見回してみんな食器を使っていることを確認すると、ため息をついた。

 そしてアジャの前のテーブルに用意されていたナイフを、ちょいと指差す。


[……これ、なに?]

[飯を食べるときに使う道具だな。こっちが「ナイフ」で食べ物を切るのに使う。こっちが「フォーク」、こうやって刺して、口まで運ぶのに使う。人間はこうやって食べ物を小さく切って、一口ずつ食べるんだ]

[……なんで? 顎、弱いの?]

[んーまあ竜よりは弱いだろうけど。理由としてはアレだな、齧って食べるとさ、口の周りとかが汚れるだろ? それを見ると不快に思う人が多いんだ。みんなが不快に思わないように、みんな綺麗に食べるんだよ。行儀ってやつだ]

[……ふぅん]


 ゆっくりと俺の説明を噛み砕くアジャ。


 アジャはナイフを手に取って、いろんな方向から観察したり、刃の部分に指を当てたりした。

 切れ味を見ているのだろうか、少しひやっとするので刃に触れるのは止めてもらいたい。でも納得いくまで触らせた方がいいだろうし、アジャもそんな子供じゃないし、うーん。


 アジャがまたこちらを見た。

 ライムグリーンの瞳が不満そうな光を宿しているように見えるのは、きっと気のせいじゃない。


[……やっぱり、使わなきゃダメ?]

[まあ、いずれはな。人間の町に住むなら、使えないと困ると思うぞ]

[めんどくさ……]

[そうだな。人間の町に住むなら、こういう面倒臭いことは他にもたくさんある。……やめとくか?]


 まあアジャが嫌なら、無理して人間の町で生活することもない。

 ある程度情報収集はしたいから、その分は滞在させてほしいが、それが終わったら峡谷に帰るのも選択肢としてはアリだ。俺があの峡谷で生きていけるかどうかは分からないので、そこは別に話し合う必要があるだろうが。


 そういう意図で尋ねると、アジャは[うー…]と唸った。グウとアジャの喉が鳴る。


 不満そうだ。

 不満そうだけど、他の誰よりもアジャ自身が、人間の町に行く必要性を分かっているのだろう。分かっているからこそ葛藤しているのだ。


[うー……]

[嫌か?]

[……うん……]

[そうか。その気持ちは大事にしなきゃダメだぞ]

[そうなの?]

[ああ。人と過ごすとそういうことがたくさんあるからな。全部嫌なのを我慢してたらしんどいしな。大事にして、その上で本当に我慢しなきゃならないかどうか、よく考えな]

[……]


 アジャが口をむにむにさせながら、皿に乗った肉を睨む。


 うんうん、よく考えるのは良いことだ。


 向かいの席に座るカーニャが、『も、もしかしてアジャコウはワイバーン苦手っスか?』と見当違いな心配をしていた。

 俺は柔らかく笑って首を振った。

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