第20話 世話係
『よく懐かれてんだな』
『この子はとても頭が良いんだ。可愛いだろ?』
『可愛い、ねぇ……』
サイラスさんがちょっと複雑な顔をした。
む? 何故そんな顔をされるんだ? こんなに素直で可愛いのに。
そうでなくとも、アジャの顔は普通に可愛い類だと思う。将来は冴え冴えとした美貌になること間違いなしだ。この世界が美醜逆転な価値観にでもなっていない限り、かなり可愛いと思うんだけどな。
俺が首を傾げると、サイラスさんは愛想笑いで誤魔化した。
特に答えてくれる気は無いようだ。まあ、人の価値観はそれぞれだからいいんだけど。
『で、何で稼げそうかは考えたか?』
『おう。解体の手伝いに混ざりたい。あと、アジャ公は母語しか喋れないんだ。できるだけ一緒に行動したい。便宜を図ってもらえないか?』
『代筆と商人はいいのかい?』
『あんたの口振り的に希望薄そうだし、いいよ。ただ、解体の経験がないのでやり方が全く分からないんだ。指導を仰ぎたい。道具も貸してくれないか?』
俺の言葉に、サイラスさんは頷いて『良いだろう、手配する』と言った。
よし、とりあえずこれで仕事は良さそうだな。
あとは細かい労働条件を確認してとにかく食糧と金の確保だ。同時にいろいろと話を聞いて情報を集めよう。
正直もう四日も絶食しているため体はヘロヘロだが、多分どうにかなる。多分。
そんなことを考えている横でサイラスさんがワハハと笑った。
『いやぁ良かった。保証人もいないらしいし、めんどくせぇ注文つけられたら速攻叩き出そうと思ったんだが、それは心が痛むからな! ほら、ついてきな』
[……アジャ公、彼についてってくれ]
[うん]
アジャに頼んで、俺を背負ったままついていってもらう。
にしてもサイラスさんはイイ性格だな。
俺ができることを片っ端から提案しているときの返答にも含みを感じたし、多分『自分で稼げ』と言われたときからなんか試されてたのかもしれない。
よく考えれば、普通に『こういう仕事があるから選べ』って言ってくれても良かったわけだしな。
ちなみに、保証人というのはその名の通り身元などを保証してくれる人のことだ。集落に入るときに最初に聞かれた。もし保証人がいたら、保証人に連絡を取れば金も食糧も融通してもらえたらしい。まあ、いないので仕方ない。
サイラスさんはどんどん集落の奥へ入っていく。
この集落はあまり広くない。
サイラスさんが『最南の砦』と言った通り、基本的には砦で、そこに居住区が引っ付いて拡張した感じなのだろう。
サイラスさんは居住区の中でも大きめの建物に入ると、その中でせっせと武器磨きをしている少年たちに声をかけた。
『カーニャ!』
『はい!』
呼ばれてスックと立ち上がったのは、髪を後ろでちょこんと三つ編みにした小さな少年だ。
愛嬌のある顔立ちをしている。13歳とかそこらか? 見た目で判断するならアジャよりは歳上だ。
彼は磨いていた武器を置き、パタパタと駆けてきた。
『なんでしょう、サイラスさん!』
『彼らはハチとアジャコウ。スタンピードの余波に遭って命からがらここまで辿り着いたらしい。世話をお前に任せる』
『お、おお……それは大変っスね……』
遠慮なくジロジロとこちらを見て、カーニャ少年は言葉を溢す。
ちなみに、この大陸言語に敬語はない。文法がかなりシンプルだから、語尾の変化というのだろうか、敬語とかお嬢様言葉とかそういうのはない。
ただなんか、雰囲気が『〜っス!』という感じだったのでそんな感じでお送りする。
『ハチは言葉の学者、アジャコウはドラゴニュートの子供で大陸言語が喋れないそうだ。うちのギルドで臨時雇いという形で解体作業をしてもらう。一通り教えてやれ。ただし、今日は飯を取って休ませる。空き部屋を使って良い。質問は?』
サイラスさんがトントンと話を進めた。
おお、もっと雇用条件とか色々話すと思ったが、結構勝手に話が進むな。ここではこれが普通なのか? 今のところ不都合ではないから身を任せるか。もちろん雲行きが怪しくなったらそれなりの対応を取るが。
カーニャ少年はうんうん唸りながら話を飲み込んでいる。
『えーっと、大陸言語が喋れないんスか?』
『ああ。ただ、ハチが通訳できる』
『任せるのは何にします?』
『そうだな、経験無ぇらしいし、砂ネズミからだ』
『……念のため、身分とか聞きたいんスけど』
『さあな。保証人の話が無いから、ひとまず気にするな』
『ええ〜!』と抗議の声を上げるカーニャ少年。
三つ編みがビョンと逆立った。
サイラスさんは適当にそれをあしらい、俺たちを見る。
『ハチ、こいつはカーニャ。うちのギルドの下っ端だ。お前らにつけるから、分からないことがあったらこいつに聞いてくれ。俺は見張りに戻る』
『おー。ありがとう』
『休憩の時に適当に見に来るから、詳しい話はそのときにな』
『おう』
あ、やっぱり詳しい話はするんだな。まあそうだよな、普通はするよな。
サイラスさんはすぐに身を翻して門の方へと戻ってしまった。残されたのは、俺とアジャとカーニャ少年だけだ。
アジャがチラリと俺を振り返る。
[……ハチ、なんて?]
[んー、俺たちは解体作業をすることになった。でも今日は休めるみたいだ。で、今更だけどさっきの男の人はサイラス。このちっちゃい少年はカーニャ。カーニャは俺たちの世話をしてくれるらしい]
[……ふぅん]
アジャは言葉少なに頷いた。
……うーん、さっきからアジャの雰囲気が固い。
不満というよりも、不安と緊張があるみたいだ。きっと言葉が通じないのがストレスなんだろうな。何が起こっているのか、分からないから。
俺は少し考えて、トントンとアジャの肩を叩いた。
[アジャ公]
[……なに、ハチ]
[気になることがあったら、話してる途中でも聞け。お前が不安に思うことはきっと俺にも大事なことだ。場合によっては待ってもらうこともあるけど、でも出来るだけ優先してお前の話を聞くから]
[…………うん]
俺の言葉に、アジャは神妙に頷く。
そしておずおずと口を開いた。
[……じゃあハチ、あの、言うけど]
[うん]
[カーニャ、多分、女だよ]
[えっ]
えっ。
思わずカーニャを二度見する。
やっべ。マジか。見た目が中性的だし、男に混じって仕事してたから気づかなかった。言われてみれば確かに、普通に女の子にも見える。
[……ちなみに、なんで分かった?]
[え、……別に、雄雌くらい感覚で分かるけど……強いて言うなら、匂いとか、魔力とか……]
[あ、ありがとう。その情報はとても助かる]
[う、ん]
なるほどな? アジャは竜だから人よりも感覚が鋭敏なのか。
そういえばここまでの道中も、夜目が利くとか魔力が見えるとかそんな片鱗は見せていた気がする。
さて、カーニャ少女はそんな話をする俺たちを少しの間見守ってくれていた。空気の読める子だ。
俺が顔を上げて目を合わせると、ぴょんと会釈される。
『すまん、こっちの話は終わったよ。これから世話になる。俺がハチで、この子がアジャ公だ』
『カーニャっス! 頑張りますので後で私刑とかやめてくださいね!』
『私刑?』
なんかいきなり物騒な言葉が出てきた。
俺が聞き返すと、カーニャ少女は目を泳がせる。
『あ〜、ハチさんは遠回しな言葉を使うし、仕草が綺麗だからやんごとなきお人かと……学者さんらしいし……違うんスか?』
『言葉と仕草はおいておいて、学者ってなんかまずい?』
『ひえ、世間知らず……だって学者って、裕福なお家の道楽じゃないとできないっスし……』
『あー……』
なんとなく、理屈は分かる。
おそらくこの世界、魔物がいて剣と魔法が活躍する中世ヨーロッパ的な感じなのだろう。よくあるやつだ。
だとすると、多くの人は農民だ。食べられるものを育てて、それで生計を立てる。冒険者だって猟師みたいな側面もあるし、とにかく普通に暮らしていれば一次産業の仕事を行うはずである。
ちなみに一次産業とは、大雑把に言うと衣食住に直接関わる仕事のことだ。
二次産業は、鉱工業とか製造業とか、便利な道具を作る仕事のこと。
三次産業は、サービスとか通信とか、目に見えないサービスを提供する仕事のことだ。
そう考えると、学者は強いて言うなら三次産業だ。近年だと四次産業とも言われているとかなんとか。全然知らんけど。
ともかく、一次産業がメインな社会では三次産業は裕福な人しか行えない仕事になる。なにせ目に見えないものを提供するのだ。誰が金を払うんだって話になる。そりゃあ生活に余裕があって理解がある人しか払ってくれないのだ。
金が入ってこないなら、自分で賄うしかない。
だから『裕福なお家の道楽』になってしまう。
俺は気まずげに頰を掻いた。適当にそれっぽいことを言っておこう。
『昔、家が裕福だったのは認める。でも今は完全に縁切れてるし、気にしないでくれ。あとまあ察しの通り世間知らずなので、色々教えてくれ。頼りにしてる』
『おお……良い貴族さんっスね!』
『貴族じゃねえから』
この世界だとやっぱり貴族は横暴なのだろうか。
面倒臭そうだし関わらないように気をつけよう。
カーニャ少女はぴょんっと跳ねて、俺たちを回り込んで扉を開けた。いちいち仕草が元気で小動物みがある子だ。
『じゃあ案内するっス! まずご飯っスよね、食堂行くっス!』
そのままターっと駆けていく。
アジャは俺と顔を見合わせて、そして俺を背負ったままテッテコと追いかけた。
どうでもいいけど、そろそろ俺自分で歩きたいな。外見年齢10歳に背負われて移動する28歳ってどうよ?
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