第19話 現実的な仕事


 さて、俺たちは何らかの仕事をしてお金を稼ぐ必要がある。俺は周囲を見回して、一通り出来そうなものを挙げて、現実的な仕事に当たりをつけた。


[いけそうなのはせいぜい代筆、ダメなら魔物の解体を手伝うしかなさそうだな……体力落ちてっから肉体労働できっかな……]

[ハチ、なんて?]

[んー、恵んでやる余裕はねぇから働けってさ。何が出来るか考えてた]

[……俺、治癒の魔法、できるけど]


 アジャがこそりとそう言う。


 なるほど。

 周囲を見たときに怪我人が多いからこそ治癒の魔法をピックアップしたのだろう。賢い子供である。


 確かに怪我人の治療は手っ取り早く大金を稼げそうだ。日本でも医者は給料良いって聞くしな。それに、今この場で最も需要があるのも治療だろう。


 しかし。


[んー、それに飛びつく前に質問なんだが、アジャ公が使う魔法って人間が使うやつと同じ魔法?]

[……?]


 俺の質問に、アジャが微かに首を傾げる。


 俺は魔法には全く詳しくない。せいぜいここまでの道中にアジャが使った魔法を見たのと、今この場でそれっぽいものを使う人たちが遠目に見える程度だ。

 けれども、どうもアジャの使う魔法と人間の使う魔法は違うような印象を受ける。


 俺はおもむろに近くの解体現場を見た。

 アジャもつられてそちらに目線をやる。


 そこは、ものすごくデカいハゲタカのような魔物の解体現場だった。横たわったハゲタカにひたすら水を掛けながら、数人でひたすら羽毛を毟っている。

 そして、ザバリザバリとひっきりなしに掛けられる水は、どうやら魔法で出しているようだ。


 人が指示棒のようなものを持ち、それを何もない空間に向ける。そして何やら呪文を唱えている。

 遠すぎて何を言っているのかは聞こえないが、口の動きを見るにまずアジャの唱える呪文とは種類が違いそうだ。まあそもそも喋る言葉が違うから、これは当然なのかもしれない。


 で、呪文を言い終わると、指示棒の指した空間にドバシャッと水が現れる。その水の量が、わりと一定なのだ。

 アジャの場合は、結構欲しい分だけ的確に出してくれる感じなのだが、その人の魔法だと水の量が決まっていそうに見える。


 なんだか他にもチラホラと違いがあるようだった。


[……そう、だね。違うかも……]

[うん。そうするとさ、アジャ公がここで迂闊に魔法を使うのは、マズい気がするんだ]

[……]


 現在、アジャは覚醒者だとバレてはいけない身の上である。今のところ角や尻尾でバレてないけど、何でバレるか分からない。

 もちろんアジャが役立とうとしてくれるのはとても有難いのだが、それでバレては元も子もない。


 アジャに関しては出来るだけ慎重に動きたいのが正直なところだ。


 そう説明すると、アジャはむんと口を閉じた。

 俺はよしよしとアジャの頭を撫でつつ、再び考える。


[魔法は使わず、大人しく解体に回るのが安全かな……]

[む……。あんな雑魚、わざわざ解体してどうすんの]

[知らんけど、食ったり、薬や武器の材料になったりするんだろ]


 狩りの獲物は営みに利用されていくのが世の常ってものだろう。


 アジャはむむ…と口を尖らせた。なんだか不満げだ。


 よく考えてみれば、アジャは砂トカゲがあまり好きではないらしい。

 砂トカゲより上位種であるというプライドと、あと戦ったことがあるらしいからそのときに何かあったのかもしれない。とにかくアジャは砂トカゲが嫌いだ。

 その砂トカゲの死体をわざわざ解体しなければならないのが嫌なのかもしれない。


 あと、魔法が使えればアジャはきっとこの中の誰よりも優秀なのに、使えない状況なのがもどかしいのかもしれない。


 それに、きっとここまで俺と過ごす中でアジャは「人間は弱い」という意識を抱いたことだろう。竜の思考だと弱い奴は強い奴に従うのが常識らしいからな。この状況が不満なのはなんとなく分かる。


 俺は少し考えて、アジャに耳打ちした。


[お前の不満は分かるよ。当然の不満だと思う。でもこれから人間の町で生活するなら、人間の決めたルールで生活しなくちゃならない。分かるか?]

[……分かるよ]

[うん。そして取り急ぎ、俺たちには食い物が必要だし金も欲しい。人間のルールでそれを手に入れる必要がある]

[……うん]

[不服か?]

[…………従うよ]


 アジャがゆっくりと噛み砕くように長考して、そして頷く。


 俺はにんまりした。


 最近、アジャからは竜という最強種故のプライドが見え隠れしている。角と尻尾は隠したくないと言ったり、[トカゲと一緒にされるとか屈辱]と言ったり、そういうのだ。


 でもこれは、アジャにとってはきっと良いことだ。

 プライドがあるということは自己肯定感があるということで、つまり自分は優れた存在だという気持ちがあるということである。


 自己肯定感はとても大事だ。無いと自分を大切にすることができないからな。最初に会ったときの、死にそうな顔をしているよりもずっと良い。


 アジャは今、自暴自棄に自分を投げ出しているんじゃなくて、プライドを持った上で色々考えて、多分これが一番良いと思ったから俺に従ってくれているわけだ。


 にやけるなという方が難しい。


[アジャ公は良い子だな]

[な、なに。……別に、俺は、ハチのために従ってるわけじゃ……]


 アジャはそこまで言いかけて、口を閉じた。

 俺はそれが可愛くて、わしゃわしゃと頭を撫でた。

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