最南の砦

第18話 集落の中


 門の前で話した男性は、サイラスと名乗った。


 Aランクの冒険者らしい。

 Aランクと言われてもイマイチ凄さがピンと来なかったが、冒険者のランクはFから始まりSが最高なので、Aランクは上から二番目なのだそうだ。ワイバーンくらいなら一人で倒せると少し自慢げに話してくれた。


 参考までにアジャに[ワイバーンってどれくらい強い?]と聞いてみると、一言[は? 雑魚]と返ってきた。

 どうやら俺の質問からサイラスさんの強さの話をしているのだと察したらしく、何故か対抗意識を燃やしているっぽかった。何故?


『ワイバーンはBランクの魔物だ。今回のスタンピードにも何十匹もいて、大きな被害を被った』

『へえ……』

『そっちは遭遇しなかったのか?』

『あー、スタンピードに遭遇した時は何がなんだか分からなくって……その後は、魔物が全部逃げた後の何もない荒野をひたすら歩くだけだったし……』


 適当にそれっぽいことを言っておく。


 俺が普段は魔物に遭遇しない仕事をしていて、なおかつ遠くの土地から来たのだと説明すると、サイラスさんは当たり障りなく随所に解説を加えてくれた。


 サイラスさんはおそらくかなり見識が広く、冒険者としての経験も豊富そうだ。

 そんな人が門番をしているのは、きっと怪しい人物を集落に入れないためだろう。そして、集落に入れた後も俺たちについてくるのは、俺たちがまだ信用されていないということなのかもしれない。


 まあ、俺はこの世界のことを知らないし、アジャは人間のことを知らないしな。めちゃめちゃ怪しいんだろうな。


 サイラスさんは俺たちを壁の内側に招き入れ、こう言った。


『さて、金も食糧も無いんだったな。悪いがここにはお情けで恵んでやれるものは何もねぇ。俺たちもつい先日スタンピードを退けたばかりなんだ。自分で稼げ、と言ってどうにかなるか?』

『なんとなく、そんな気はしてた』


 集落の中は、わりと散々な有様だった。


 とにかく物資を運び出した跡があるのに加え、それらも大体使い尽くされた雰囲気である。また、倒した魔物の解体中の死体がそこかしこに展開されていた。


 体長4メートル、翼開長10メートルくらいのスリムな翼竜が部位ごとに切り分けられた上で分厚い皮を剥がれていたり、人間の半分くらいの体長の毛の生えたネズミが山と積み上げられていたり、全長3メートルはありそうなずんぐりしたトカゲっぽいものが並んでヒラキにされていたり。


 思うに、上から順にワイバーン・砂ネズミ・砂トカゲの解体だろう。


 ……いや、砂トカゲめちゃめちゃデカいじゃん。それなのに遠くにいたら地面と同化して見えにくそうな体の色をしているし、爬虫類のくせに口には鋭そうな歯がズラリと並んでいる。

 アジャはよくこれを雑魚とか言えるな。俺は出会った瞬間丸呑みにされて死にそうなんだが。


 話を戻そう。


 集落内には怪我人が多かった。

 目に映る人は大体包帯濡れだ。おそらく治療所と思われるところには人が並んでいるし、そこからはバタバタと忙しなく人が出入りしている。


 スタンピードがあったというのは本当なのだろう。

 それも、かなり大きな規模だったのかもしれない。


 いや、俺はスタンピードとか実際のものは見たことがないが、ファンタジー小説ではわりと定番事件だ。なんとなく想像はできる。


 解体中の魔物はどれもものすごく大きい。多分単純に走って体当たりされるだけで、俺は死ぬだろう。車に跳ねられるみたいなもんだ。

 それが大群で迫ってくる光景を想像してみれば……うん、死ぬな。踏み潰されてミンチ肉しか残らない気がする。建物も大体薙ぎ倒されるのでは? そんな感じだろう。

 思えば、門の前の広く平された地面は、スタンピードを迎え撃つときに激しい戦闘で掘り返されたのか。


 とりあえず、全体的な雰囲気がまさに大規模な戦闘の後といった感じに疲弊していた。


 俺はアジャの背中でくるりと周囲を見回して、頷いた。


『通訳とか、必要としてないか? ある程度なら対応できるんだが』

『ほう、流石学者さんだ。だが、生憎大体の冒険者は大陸言語を喋れる。母語が違う奴がいても、わざわざ通訳を雇う奴はいねぇな』


 サイラスさんがニヤリと笑ってそう言う。


 ふむ。パッと見た感じ、獣人やエルフっぽい種族がチラホラといたから言い出してみたんだが、まあそうだよな。戦闘中に言葉通じなかったら話にならないもんな。


 収穫もあった。

 彼らが使っている言語は「大陸言語」というらしい。ここは大陸であるということ、また大陸言語は種族や国を問わずかなり広く使われている言語だということが察せられる。


 あと、ここにいる人たちは多くは冒険者らしい。

 今更だけど冒険者ってあれだろ、ファンタジーでは定番のフリーランスの傭兵みたいなものだろ? ラダバ王国とやらの軍は遣されていないのだろうか。


 俺は少し考えて、とりあえず思いつくものを片っ端から挙げてみることにした。


『んー、じゃあ代筆。計算もできる』

『ほう、教養があるのはいいねぇ。信用職だから良い顔はされないだろうが、そこの治療所は今人手不足だ。雇ってくれるかもな』

『商人とかここにいないか? 手持ちのものを売ったりできるならしたいんだが』

『ここにいるのは冒険者組合の雇われだ。個人的な取引に応じるかは分からんな。持ちかけてみる分には構わねぇが』

『最悪、髪とかって売れる?』

『ここはスラムじゃねぇんだ。そういうのは他所でやってくれ』


 なるほど、大体雰囲気は分かった。

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