第17話 角を触る


『ドラゴンが愛情深いのは知っているか?』


 それは、俺にとっては大いに引っかかる言葉であった。


 俺は思わず「うーむ」と大きく首を傾げてしまう。

 一方で男性は、声を低くして厳しい雰囲気を出している。不穏な雰囲気を感じ取ったのか、アジャが少し眉を顰めるのが俺には見えていた。


『ドラゴニュートもそれは同じで、その歳の子が親と一緒にいないとは考えられない。群れの中にいないのも本来おかしいんだ。それに、酷く痩せているのも気にかかる。よもや報復されるようなことはしていないな? 話によっては集落に入れるわけにはいかない』

『な、るほど……?』


 男性に睨まれて、俺は再びかくりと首を傾ける。

 なんだかやや腑に落ちない。


 つまり、男性は俺がアジャを無理矢理親や群れから連れ出してきたことを警戒しているわけだ。もしもそういうことをすると、子供を取り戻そうと親や群れが報復しに来る可能性がある、ということなのだろう。まあそれはドラゴンに限らず、子供が攫われたら親は怒り狂うだろうが。


 ドラゴンは愛情深い、ねぇ……?


 俺はアジャを見下ろした。

 アジャが振り返りつつ、[何?]と首を傾げる。


 俺の主観だと、アジャはドラゴンなのにあんまり愛情を受けて育ってる感じがしないんだよなぁ。むしろ特別扱いという名の虐待を受けていた印象すらある。


 うーん、なんか色々謎が多いなぁ。

 俺が積極的にアジャに聞かないのも原因なんだろうが。


[……ハチ、どうしたの?]

[んー、俺がアジャ公を誘拐したんじゃないかって疑われてるっぽい]

[ん……。そっか……]


 アジャがむにむにと口を動かした。


[……ハチ、俺のことは、親が死んで、たまたま通りかかったハチに合意の上で託されたって説明して。あと、ツノ、を、その、優しく触って]

[角?]

[いいから]


 アジャの説明に、俺はパチパチと瞬く。


 角はデリケートな場所なんじゃなかったのか? まあ触って良いなら触るけど。


 俺は躊躇いながらも、くしゃくしゃと片手でアジャの頭を撫でた。そのまま、そっとなぞるようにひん曲がった立派な角に指を這わせる。


 アジャの角は、なんだか硬いのに滑らかでしっとりとしていた。艶々な見た目に反さずとても良い触り心地である。ずっと触ってても飽きない感触だ。


[凄い……なにこれ、素材はなんなんだ……?]

[いや、知らないけど……。えっと、説明は?]

[おっと失敬]


 忘れていたわけじゃないのだが、なんだかとても気持ち良かったから、つい。


 俺は男性に向き直った。


『この子は、たまたま親が亡くなってしまうところに立ち会ってな。辛うじて俺は言葉が通じたから、託されたんだ。まあ現状は、見ての通りむしろ俺が世話になってる状態なんだが……』

『……ふむ。角を許されているなら嘘ではないのか』

『角?』

『なんだお前知らないのか? 許されていない者が角を触るのを、誇り高きドラゴニュートは許さない。逆鱗の次に触ってはいけない箇所だ』


 あれー? 俺出会ってすぐに一回触っちまった気がするな? 頭撫でる時に。アジャが寛容だっただけで、下手したらあそこで殺されてもおかしくなかったのかな? 俺。


 俺はそんなことを考えつつ、ゆるゆるとアジャの角を摩った。うん、えらい触り心地良いから、触れる時に触っておくのだ。


 男性は俺たちのそんな様子を見つつ、小さく唸っている。

 やがて、彼は顔を上げた。


 西洋人風の彫りの深い顔立ち。青みの強い瞳。典型的な白人の顔で、今までアジア人としか付き合ってこなかった俺は少々面食らった。

 ……ここ、マジで俺の知らない土地なんだな。今更だけど。


『……まあ、良いだろう。入れ。名は?』

『ありがとう。俺はハチ。この子は……失礼』


 言葉を切って、アジャに喋りかける。


[アジャ公、名前を聞かれたんだが、なんて答えるのが良いんだ?]

[アジャシャガシィザ……。……いや、ちょっと待って。名前、は、どうしよう。竜って知られるの良くないんだよね?]

[名前で竜って分かるのか?]

[多分、分かる……。でも名前を付けさせるのは……やだ]

[ふむ]


 名前は盲点だったな。

 名前を付けさせるっていうのは、偽名を作るってことか? なんだかこれも微妙なニュアンスの言葉だが、とりあえずおいておこう。


 俺は少し考えた。


[俺の付けた「アジャ公」をそのまま使うのはダメなの?]

[ん……それなら、まあ、契約の上塗りでもないし……ん、いいよ]


 いいらしい。

 俺はこくりと頷いた。


『この子はアジャ公だ』

『ハチにアジャコウか。ここはラダバ王国、最南の砦だ。歓迎するよ』


 男性がニッと笑んだ。

 薄ら生えた無精髭がなんだか男らしい人だ。


『にしても、聞いたことのない言葉だな。ドラゴニュートの言葉か?』

『えーっと、どうだろう。俺も出自不明の古い文献で勉強した言葉で、確かなことはよく分からないんだ。この子も小さいから、結局詳しいことは謎のままでな……』


 言い訳としてはちょっと苦しいだろうか?


 というか確かに、アジャが喋ってる言葉ってどういう扱いの言葉なんだろう。竜の言葉なのか? 近いうちに調べたい。


『なるほど? それを調査しに来たってわけか。にしても学者かぁ。魔法の才能無かったのか? 可哀想に』


 最後に言われた言葉が気になったが、とりあえずおいておくことにして、導かれるままに集落に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る