第16話 門での問答
結局、さらに一日歩いてやっと人間の集落に辿り着いた。
途中、俺が体力的に限界になりアジャに背負ってもらうという事態が発生したりしたが、詳しいことは省く。……仕方ないじゃん、四日も断食してんだから。
人間の集落は、確かに小規模だが集落というにはかなり立派で堅牢な様子だった。
全体をぐるっと高い壁で覆われており、門以外からの侵入が難しそうだ。
唯一の通り道である門も、内側に物見櫓みたいなものがあり、そこから軽鎧を付けた人が見張っている。門の横に大きな木材が積み上げられているのは、すぐに門を塞ぐためか?
門の前のかなり広い範囲の地面が軽く掘り返したみたいに平されているのは、最近ここで何かあったのもしれない。
[……今はいないけど、ここ多分、魔物と戦う最前線だよ]
[ああ、なるほど。こっから先荒野と峡谷しかないもんな。だからこんなに物々しいのか]
アジャの短い解説に納得した。
峡谷には竜がいて、荒野には砂トカゲや赤顔の巨鳥といったおそらく凶悪な動物がたくさんいるらしい。そこと接する集落なら、当然それらの脅威を退けられるだけの力が無ければ立ち行かないだろう。
言うなればここは要塞なわけだ。
うーん、人間側としては頼もしいけど、アジャが覚醒者だってバレて戦闘になったらまずいんじゃないかな、これ。アジャの強さを疑っているわけではないが、人間の強さも未知数だ。俺は役立たずどころか足を引っ張るだろう。
あと、アジャと人間が戦闘を始めたときに俺がどんな感情を抱くのかもやや疑わしい。今はあくまでアジャの味方だが、俺は実際に人が死ぬところを見たことがない。平和な日本で育ったので当然と言ったら当然だ。
ここでは人なんて簡単に死んでしまうのだろう。
アジャも普通に人間を殺すことを匂わせていたし、実際にそんな光景を見て取り乱さずにいられる自信があまりない。
[……]
[ハチ?]
[んー、ま、考えても仕方ないな]
[?]
アジャの小さな背中に背負われながら、俺はもう考えるのをやめた。
まだ戦闘になるとも限らないし、そもそも俺は戦闘にならないよう上手くやるためにアジャと一緒にいると言っても過言ではない。
逃げようと言ってアジャを連れ出したのは俺で、それが無ければアジャは今も峡谷に一人でいたに違いない。つまり、ここで戦闘が起こったらほぼ10割俺の責任である。気張るしかないな。
[じゃあとりあえず、門のところに行こう。下ろしてくれ]
[いいよ、このまま行こ。もう、見張りの人は俺たちのこと見えてるよ]
[マジ?]
それは、大分恥ずかしいんだが。
子供に背負われる成人男性なんて情なさすぎだ。
よく見ると、確かにまだ距離があるにも関わらず、門からは人が一人出てきていた。検問でもするのだろうか。まあ怪しい人物を要塞に入れるわけにもいかないか。
門の前まで来ると、軽鎧を着た人が声を張り上げる。
『何者だ! ここへは何をしに来た!』
太い男の声だった。
そして、また俺の知らない言語であった。アジャの喋る言葉とも全然違う。
アジャは何を言われているのか分からないようで、その場で止まる。不安そうに振り返られたので、俺は一つ頷いて男性と同じ言語で声を張り上げた。
『旅をしている者だ! 色々あって食糧も金も無くしてしまった。助けてくれないか!』
『……確かに見るからにボロボロだが。この辺りは魔物が闊歩している危険地帯。そもそも何故この土地にいるのか!』
警戒されている。
大声にビリビリと空気が震えた。
今更だが、男性の喋る言葉はかなり分かりやすい言語だった。
発音が明瞭で文法も比較的単純だ。
なんというか、文法はほぼ英語と似ている。主語述語といったメインに主張したいことを先に持ってきて、その後に色々必要な情報を足すことで文章を作る感じ。比較的口をはっきり動かして発音する音が多いし、人称変化もほぼ無く、時制も複雑じゃない。
かなり誰でも覚えやすいと思われる、単純でフレンドリーな言葉だった。迷わずにその言語で話しかけられたし、人間の公用語かなんかなのかな。
何にしても、人間が喋る言葉がアジャの喋る言葉と違うなら好都合だった。
俺は慎重に言葉を選びながら、事前に考えていたそれっぽい事情を説明した。
『俺は学者だ。言語の勉強をしている。ここには珍しい言語を操る一族がいると聞いて、研究のために来たんだ。だが、途中でスタンピードに遭遇してしまって……』
ちなみに、スタンピードとは、群集がパニック状態になって逃げ出したり押し寄せたりする行動のことだ。転じてここでは、魔物の暴走のことを言うらしい。
荒野には砂トカゲや赤顔の巨鳥といった、普段荒野にいるらしい魔物の姿は一切なかった。アジャの神鳴りが原因らしく、つまりそれらの魔物は全てどこかへ逃げてしまったのだ。
荒野から魔物がみんな逃げたということは、別の場所から見ればそれは「荒野から魔物が大挙して押し寄せてきた」とも取れる。アジャが[もしかしたら人間の町の方ではスタンピードが起こってるかも]と教えてくれたので、俺たちもそれに巻き込まれたことにしようというわけだ。
もしこちらにはスタンピードが来てなくても、荒野は広いんだから多分どっかで起こってるだろ。俺たちはそれに遭遇したんだよ。知らんけど、そう言い張る。
男性は考え込んでいた。考える余地があるくらいには、今のところ信憑性のある事情らしい。
アジャを見てすぐ襲ってくる様子もないし、これはいけるか?
『確かに、ここでも大規模なスタンピードがあった。あれに行き合ったのか? よく助かったな』
『正面衝突したわけじゃない。それに、助かったのはこの子のおかげだ』
『そういえば、その子はなんだ? リザードマンのハーフか? いや、ドラゴニュート?』
男性がじっとアジャに視線を落とす。
視線を受けて、アジャが少し警戒するように目を細めるのが分かった。
ふむ、リザードマンとドラゴニュートってなんだ? 一応ファンタジー小説は履修しているから全く分からないことはないが、定義が違ったら困るのでコソッとアジャに聞いてみる。
[アジャ公、リザードマンとドラゴニュート分かるか?]
[……俺のこと、聞かれたんだ? どっちも人間に近い種族だよ。リザードマンは獣人の一種のトカゲ。ドラゴニュートは竜と人が混ざって確立した種族]
[ふぅん、やっぱお前に当て嵌まるのは無いわけだ。近いのはドラゴニュートか?]
[まあ、そう、かも。それに、なんか……トカゲと一緒にされるとか、屈辱……]
アジャが不満そうに半目になった。
砂トカゲのことも雑魚と断じたし、竜からしたらトカゲは竜もどきみたいな意識でもあるのだろうか? 偽物と一緒にするな、みたいな。
まあとりあえずなんとなく分かったので、俺は男性に向き直る。
『ドラゴニュートらしい』
『ほう。では問うが』
男性は一拍置いてから、その台詞を言い放った。
『ドラゴンが愛情深いのは知っているか?』
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