第15話 人里発見
さて、旅路は特に何事もなく進んだ。
つまり順調ということである。
昼はアジャにドラゴンの姿になって運んでもらい、夜になったら地面に降りて休んだ。アジャは夜通し移動しても問題ないと主張したが、休める時に休むべきであると俺は思う。
アジャは、もたもたしていると俺が死ぬのではと心配しているらしい。確かに、食料がないわけだから、ずっとこの状態が続けば俺はいつか餓死するだろう。
しかし、理論的には多分問題ないのだ。
サバイバルの3の法則というものがある。人間は3分間無呼吸状態だと死ぬし、3時間体温が維持できないと死ぬし、3日間水分が取れないと死ぬし、3週間栄養が取れないと死ぬ、という法則である。
俺は現状、呼吸に関しては問題ないし、体温も維持できているし、水分もアジャに掘ってもらって補給している。
理論上は3週間くらい何とかなるのである。
というわけで、夜になったら初日のように地面に寝っ転がって一緒に寝て、朝になったら出発した。
そして、俺が異世界に来て三日目の夕方のことである。
[ハチ、向こうに人間の集落? が見える]
[マジ?]
待望の人里を発見したらしい。
俺は思わず立ち上がった。けれどどんなに目を凝らしても、特に何も見えない。ただただ乾いた地平線があるだけだ。
人間の視力ではまだ見えない距離みたいだ。
[じゃあここで一旦降りて、歩いて向かおう。ドラゴンの姿だと驚かれるかもしれないし]
[……平気?]
[歩けるかってことか? まあ、なんとかなるだろ]
俺の体調の心配よりも、万が一ドラゴンの姿のアジャが見られて人間の集落と敵対する可能性を下げることの方が重要だと思う。
というか、そういえばアジャってこの世界でどんな扱いなんだ?
俺が分かっているのは、アジャは竜族らしいことと何やら討伐対象らしいことのみだ。
アジャが討伐対象になっている理由が、竜族だからなのかアジャという個体だからなのかも分からない。なんか[覚醒]が云々とか言ってたけれど、それもなんなのか分からないし。
俺は高度を落とし始めたアジャを見上げた。
ライムグリーンの瞳がきゅるりとこちらを向く。
[そういえば、よく分からんが、アジャは人間にとって討伐対象? なんだろ? というか、その話もよく分からんのだけど。お前指名手配されてんの? 姿を見せたら即襲われるとかある?]
[……分かんない。オババが、覚醒したら人間に殺されるって言ってただけで、詳しいことは分かんない]
[覚醒って?]
[……うまく言えない。なんか、こう、種族の壁を越える、みたいな?]
[ふぅん]
よく分からないが、ポケモンでいう進化みたいなやつだろうか。知らんけど。
え? それでなんで人間に討伐されるの? 「進化はキャンセルするべき教」みたいなのが人間にはあるのか?
……人間に討伐されるってことは、人間がその覚醒とやらを忌み嫌っていると考えるべきだよな。
俺は顎に手を当てて唸る。
しかしまあそれは今考えても意味ないだろう。
とりあえず現状問題にすべきは、何が条件で襲われてしまうか、だ。
[じゃあアジャ公は人間に直接会ったことは?]
[……ハチと、えっと、……]
アジャが珍しく黙り込む。
しばらく待ったが言う気配がないので、言いたくないのかもしれない。ふむ。
[会ったことはあるんだな?]
[ん……]
[そいつは? 今どうしてるかは分かるか?]
[……もう、生きてないよ]
[そうか]
色々と引っ掛かったが今はおいておこう。
とりあえず人間に顔を周知されてるわけじゃなさそうだ。顔を知られているわけじゃないなら、出会い頭で襲われるわけじゃないだろう。
そもそも覚醒しているかどうかはどこで判断されるんだ?
アジャがもともといた場所は人間も来るのが難しい場所だろう。アジャが覚醒したこと自体を人間が認知できるとは思えない。
もしも遠くで起こっていることを認知する仕組みが人間にあるなら、顔を見られているかいないかは大した問題でもない気がするが……。
俺はため息をついた。
考えても分からないものは分からない。
最悪俺だけ集落に入って調査するのもアリだが、どこまで情報を集めれば安全かも分からないのでおそらく効率が悪い。俺には魔力とやらが感知できないしな。あと運悪く俺が何者かに襲われた場合、アジャがいなかったら即詰みだろうし。
結局、一緒に入ってみるのが一番早い。
[うーん……じゃあまあ、その格好で角と尻尾を隠せば問題ない、か? 竜が人間みたいな姿になれるのって一般的なのか? 人と竜ってどうやって見分けるんだ?]
[し、知らない……]
流石にそこまでの情報はアジャも持っていないか。
それなら、俺がきちんと考えて対応していくしかない。
ドオォン…と盛大に重たく地面を揺らして、アジャが荒野に降り立った。その後、何も衝撃がないくらいに優しく、俺の入った結界が地面に置かれる。
ふわりと結界が解け、俺は息を吸った。
結構風がある。しかも砂っぽい。今までは快適な室内にいたようなものだから、空気感の変化に少し戸惑う。
アジャはすぐに小さな子供の姿に戻って、てててと駆けてきた。
[体は?]
[ありがとう、平気だよ]
[そう]
安心したように息を吐くアジャを改めて見る。
痩せてしまっているのが気にかかるが、普通に子供に見える。
絹糸のような金髪も、西洋人風の整った顔立ちも、触ってみた肌の柔らかさも、人間となんら変わりない。黙って歩いていれば違和感をもたれることもないだろう。
まあ、艶々とした黒い角と尻尾が嫌でも目立つから、そこはどうにかしたいが。
[んー。まあなんとかなるか。角と尻尾は魔法か何かで隠せないか? 無理なら俺の上着でどうにか……]
[うーん、角と尻尾だけ?]
[おう。なんかお前ドラゴンになったり子供になったり、「質量保存の法則」を無視した変身してるんだし、いけないか?]
[うーん]
アジャが口をむにゅりとへの字にして黙り込んだ。
その後も[んー…]と唸り声を上げて、何やら煮えきらない様子。
なにか引っ掛かることでもあるのだろうか。
[アジャ公]
[ご、ごめん、仕舞う……]
[あー、いや、そうじゃなくて。言いたいことがあるなら、それは大体の場合は包み隠さずに言うべきだ。俺はお前の考えが知りたいよ]
[……えっと]
アジャは口を尖らせて言葉を選ぶように沈黙したあと、おずおずと話し始めた。
[……角と尻尾は竜の誇りだから、なんか、隠すのは、やだ、かも……。それに、俺はまだ体がちょっとだけ未熟だから、無い状態だと魔法が上手く使えなくなる……]
[へぇ、なるほどな。言えて偉いな]
くしゃくしゃとアジャの頭を撫でる。
アジャはむずがるように身動ぎしたが、大人しく受け入れてくれた。
さて、しかしどうしようか。
覚醒者だとバレて人間に襲われるのが一番最悪なのだが、けれどアジャのこだわりは出来るだけ尊重したい。
俺は少し考えて、まあいいかと思った。
最悪、襲われたらすぐに逃げて別の人間の町を目指そう。どうせ何が原因で覚醒者バレするかは俺たちには分からないのだから。角と尻尾で確実にバレるなら、それはそれで有益な情報だ。次から隠せばいい。
[じゃあ、もうそのまま行こうか。なんか適当に言い訳すればいいし、もし失敗して襲われたら逃げればいい。助けてくれるか?]
[当たり前。あの程度の集落、滅ぼせるし]
[んーー、滅ぼすのはやめようか]
それにしてもコイツ、普段は大人しいから忘れるけど、結構物騒だよな。
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