第13話 竜に乗るには
さて、アジャの竜の姿はそれはそれは綺麗なものだった。
しなやかな体躯の大きな竜だ。
首が長く、しかし体はどっしりとしている。尾は先端にいくにつれて細長くなっていて、背に付いた大きな皮膜の翼と頭部の二本の角も相まって、典型的にイメージされるドラゴンに近い姿だった。
艶々の黒い鱗は頭部から尾まで流れるように生えていて、光を吸い込むような不思議な光沢を持っていた。なだらかに生える背びれと、肩の下あたりに薄い皮膜で作られた大きな翼が、鱗に比べて淡い色をしていて美しい。
全体的に黒いのに、まるで透明感のある黒。そして、全体的に漆黒の鱗に覆われている中で、瞳だけはピカピカと鮮烈なライムグリーンであった。
さて、それはそれとしてである。
[おぉ……死ぬかと思った]
アジャに乗せてもらおうという試みは、結論から言うと失敗した。
酔ったし落ちたし、落ちた俺を受け止めようとしたアジャの鉤爪で切り裂かれたしで、わりと命の危機を感じた。
傷は命の水で治ったが、髪はさらに伸びたしズタズタになった服は戻らなかった。無残。
そもそも、まず自力で乗れないのだ。
背中に乗るには、アジャの体の厚みのせいでどうしてもロッククライミングとかボルダリングとかそんな感じの技術を要する。結果的にアジャの手で掴んでもらい、背中まで運んでもらった。
で、乗ったら乗ったで羽ばたく時の風圧に耐えるのに相当な力を要する。
飛んだら飛んだで振り落とされないようにしがみつくのが大分困難だった。
極め付けに、一定以上の高度になると空気の薄さとか気圧の低さとかで耳と頭が痛くなり昏倒する。
[ハチ、今までどうやって生きてきたの?]
アジャが尻尾をたしたしと地面に打ち付けつつ、仁王立ちで俺を見下ろした。対する俺は地面に正座である。
俺が弱いのは俺のせいではないはずだが、現状打破を大きく妨げているのは100%俺だった。
[どうやって……。そういえばあまり家から出ないな……]
[? ご飯は? 狩りはしないの?]
[他の人が作ってくれるから……?]
[……ハチって、見た目は大人だけど実はまだ幼体?]
[んんッ]
わざとらしく咳払いをする。
俺が外出しないのは、出る必要がないからだ。
ライターとしての仕事は大体家でできるし、友人もいないし趣味もないから、能動的に家から出る用事があまりないのだ。
ご飯もコンビニで惣菜を買ったり、たまにスーパーで野菜や肉を買って家で料理するかなー程度である。狩りなどせずとも、他の人が作ってくれるものを買えば済む。いや、それは現代日本なら大部分はそうだろうが。
つまり、別に俺が特別子供というわけではない。
だったら何故アジャの言葉にこんなに歯切れが悪くなっているのかというと、現状の俺はアジャに助けてもらわなければほぼ確実に死ぬからである。
子供に助けられないと生きていけない大人。
歯切れも悪くなるというものだ。
しかし、よく考えてみると大人子供と区別するのはこの場合適切ではない。何故なら、こんな場所では大人も子供も例外なく死ぬと思われるからだ。
だって人間だから。
人間は暑くても寒くても死ぬし、食い溜めはできないし、空気が薄くなれば昏倒する生き物なのである。
話を戻そう。
[とにかく、どうにかしてこの峡谷から脱出して人間の町に行かないと、多分俺が死ぬ]
[……俺、飛ぶのがダメだと、あんまり出来ることない、かも]
しょもりとアジャが俯いた。
俺はぽすっとそんなアジャの頭に手を置く。
[そんなことない。すでに俺は死ぬほどアジャ公の世話になってるからな、お前が落ち込むことは何もないからな]
[……でも、俺がなんとかできないと、ハチ死ぬ……でしょ?]
[ううーん!]
正論である。
結局、何をどうするにしても、おそらくアジャなくしては何もできないだろう。逆に言うなら、アジャが手を尽くしてダメなら俺はこの峡谷で野垂れ死ぬ運命なのだ。
アジャはそれを正しく把握しているからこそ、きっと責任を感じている。
俺はガシガシと頭を掻いた。
[まあ待て待て、知恵を絞るくらいなら俺にもできる。……えっと、転移魔法とかって使える?]
俺は少し考えた末、ファンタジー作品だとわりと定番な魔法を挙げてみる。
アジャがふるりとかぶりを振った。
[……無理。転移は、肉の体を持った生き物には、基本的にできない、よ]
[ですよね]
まあダメだよな。多分転移魔法が使えるなら、アジャはすでに使うか提案してくれているはずだ。
次に行こう。
[昨日使ってた結界って、何をどこまで防げるんだ? 風は遮れるんだったよな?]
[うん。もともと結界は物理攻撃や魔法攻撃を防ぐものだから、それを応用した]
アジャがぐっと拳を握りしめる仕草をした。
よく分からないが、高度なことをやっているらしい。
風と物理攻撃はなにが違うのだろうか。風だって風速20メートルもあれば、木が倒れたり物が飛来したり、物理攻撃になりうる。
そもそも風自体も強くなると普通に立ってはいられなくなるだろう。それは物理攻撃ではないのだろうか。
どこからどこまでが物理攻撃扱いなのか。
まあそれは今考えることじゃない。
[逆に、中の人を閉じ込める感じにすることはできるか?]
[? ……できるけど]
[こう、箱っぽく出すことは?]
[んー、多分、できる。やったことないけど……]
[じゃあその結界をアジャが持って移動することは?]
[……ハチを、結界に入れて運ぶってこと?]
アジャは察しがいいな。
そう、俺が提案しようとしていることは、理論だけなら簡単だ。
気圧や風圧の影響を受けない結界を作ってもらい、俺がその中に入る。そして竜になったアジャに結界ごと運んでもらうのだ。そうすれば俺がアジャに振り落とされる心配も、気圧の影響で昏倒する心配もない。
つまり空飛ぶ馬車みたいなものだ。
移動の負担がほぼ全てアジャにかかることになるのが心苦しいが、まあ現実的な案だと思う。
どうだろうかとアジャを見ると、アジャはむんと考え込んでいた。しかしすぐに俺の視線に気づき、うんと頷く。
[……そういう結界を作ったことがないから、練習する、ね]
[悪いな、助かる]
[……あの、なにを防げばいいのか分からないから、教えてね]
[おう、それはもちろん]
確かに、アジャにとっては気温も気圧も風圧も大した障害ではないわけだから、なにを防げばいいのかは難しいだろう。
人間だって、例えばとある花を育て始めたとして、突然パタリと枯れてしまっても枯れた要因が何かは分からないと思う。
水が合わないのか土が合わないのか、それとも日照時間がダメなのか、その花だけ見ても分からないのだ。自分はその条件で不自由なく生きていけるから。
さて、そんなわけで俺とアジャの試行錯誤が始まった。
長くなるので詳細は省くが、どうやら魔法とは言葉とイメージがモノを言うらしく、俺によるイメージを深めるためのなんちゃって科学講義から始まり、最終的には限りなく要求通りの結界が完成した。
完成したものの、速度による力までは防げなかったためにアクロバティックな飛行をするアジャに結界内で振り回されて酔ったり、急停止されて俺が結界の壁に体を打ち付けて骨折したり、さらに空気の流れを全て遮断していたために俺が窒息で二回ほどのたうち回ったりした。
俺の髪はさらに伸びて腰くらいの長さになった。
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