第4話 一歩


 人生相談ってなんか難しいな。ちょっとでも相談に乗ってやれればとか思ったけど、余計なお世話だったかな。いや、俺が会話下手なだけか。ですよね。


 俺は間を埋めるようにまた頰を掻いた。


[はは、まあ分かんなくてもいいんだけど。あ、じゃあ、ひとつだけ、これだけは覚えといて欲しいことがあるんだけど、いい?]

[……なに]


 子供はまだ一応耳を傾ける姿勢を示してくれた。


 俺は言うことをできるだけ簡潔に用意して、口を開く。


[最悪、嫌だったらどこまででも逃げられるってことだけ、覚えとけ。な?]

[……は、はあー??]


 信じられない、みたいにライムグリーンが瞬いた。


 そんなに驚くことだろうか。大人はみんなやっていることだと思う。

 俺だって、家から出たくなくて仮病とか、ライン見たくなくて未読無視とか、ブログの反応見たくなくてパソコンつけなかったり。


 だって時々逃げて休まないと、疲れちゃうだろ。

 ちょっと休んで、それからよっこいしょと覚悟を決めて次にどうするか考えれば、それでいい。


 いや、情けないとか言うなよ。人生大体こんなもんだろ。俺はこんなもんなんだよ。


[いや、ホント大事だぞこれ。どうしても嫌な人がいたら最悪その人と会わないように過ごしてもいいし、それを許さない仕事があるなら最悪そんな仕事やめてもいいし、会社がそれを許さなかったら別に会社やめても、なんとかはなる]


 最悪死ねばいい、という言葉は流石の俺も飲み込んだ。

 こんな子供に自殺を促してどうするのだ。というか俺だって自殺は嫌だ。リストカットも首吊りも飛び降りも、綺麗な死体とは程遠そうだ。


[いいか、別に嫌なら逃げればいいんだからな? 逃げられないと思うからしんどいんだ。自分には選択肢がないと思うから、辛い。でも人生意外とどうにでもなる]

[…………でも、そんなの]

[ん、すまん。まあ過ぎたことをあーだこーだ言ってもな。じゃあ今から逃げるか]

[え]


 俺はよっと声を上げて立ち上がった。

 風が気持ちいい。死にたくなるような良い天気だ。絶好の逃亡日和。


 俺はぐーっと両手を伸ばして伸びをした。


[お前疲れただろ。きっともう、十分よく頑張ったんだろ。じゃあ、もう頑張るのは一旦やめにして、逃げちまおうぜ。そんで、それからどうすればいいのか一緒に考えよう。話くらいだったら俺も聞けるし]


 自分でも驚くくらい爽やかに笑えた気がする。

 子供が目を見開いて俺を凝視した。ライムグリーンの瞳が零れ落ちてしまいそうだ。


[それとも、逃げれない理由とかあるのか]

[……俺、やることある]

[そうなのか。何をするんだ?]

[もうすぐ、多分人間が攻めてくる。戦わなきゃ。その、準備を]

[なんで?]

[だって、殺される。俺、覚醒しちゃったから]


 随分物騒なことになっているようだ。

 てか今更だけどこいつ人間じゃないのか。今更だけど。

 あと覚醒って何だろう。


[それってやりたいことなのか?]

[……やらなきゃ、俺、殺される]

[もしやらなくても殺されないとしたら、やりたいのか?]

[……もし、とか、無いよ。殺されるんだ]


 子供が頑なに首を振った。

 うーん、やりたいわけではない、という解釈で良いかな。


 俺はならばと大袈裟に手を広げた。


[なら、それこそ逃げよう。戦わなくても、逃げれば殺されずに済む]

[でも、だって、どこに]


 どこに。さて俺は現在地も分からないし、どこに何があるのかも分からない。むしろここどこ。

 なんとなく、ここまできたら日本はないだろうなと思った。じゃあどこに行こう。


 ちょっと考えて、結論は出なかった。あまりにも何も分からなすぎるからな。まあどうにかなるか。意外とどうにでもなる。俺だってどうにかなってここまで来れたんだから。


[んー。とりあえずここじゃないところだな。人がいるところにいこう。そこで、人の振りしてりゃすぐにはバレない]

[人の、ふり?]

[姿似てるし、いけるだろ。俺もいるし]

[……あんた、一緒にいくの]


 子供がじとっと俺を見た。

 頼りにならなそうって思ってるだろ。ご明察。俺は頼りになりません。でもほら、一人より二人の方が、ちょっとはマシじゃんか。


 なんたって会話ができる。会話ができるって凄いぞ。後から振り返ったときに、一人でいる時間よりもちょっとだけ記憶に残ってるって気付く。思い出ってやつだ。人って訳もなく他人と一緒にいたい生き物なんだなってちょっと気付ける瞬間だ。


 だから俺は尤もらしく頷いてこう言ってやった。


[だって、子供一人じゃ不安だろ。お前さえいいなら一緒に逃げて、いっぱい休んで、それからどうするか考えるところまでくらいは一緒にやってやるよ。まあ俺だって右も左も分からんけど、言葉さえ通じりゃなんとかなるだろ。ついてきな]

[…………うん]


 子供は何やら、子供なりに決めたようだった。


 方向も分からず歩き始めた俺に、遠慮がちについてくる。

 まあこの先が間違った方向でも、二人でいる方が一人でいるよりちょっとは方向修正しやすいってもんだろう。


 そんな軽い気持ちで、俺は一歩を踏み出してしまったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る