第14話 ホワイトデー その1
とあるデパートの地下で、俺は途方に暮れていた。
「なぜバレンタインはチョコレートと決まっているのに、ホワイトデーはお返しに種類があるんだ……」
そんなふうに、愚痴りたくもなる。
マシュマロは、「あなたが嫌い」。
クッキーは、「あなたは友達」。
キャンディーは、「あなたが好き」。
栗花落の言葉が、呪詛のように頭から離れない。まったく、あの魔女め、とんでもないことを教えてくれたものだ。
バレンタインから約1か月。俺なりにあれこれと考えた。
しかし、考えれば考えるほど、唯一校内への持ち込みが許されているキャンディーの持つ意味は重い。穂積はお返しの持つ意味をまだ知らないかもしれないし、実際、彼女には昨年、すでにキャンディーを返してしまっているが、お返しの意味を知ってしまった今年は、おいそれとキャンディーを贈るのには抵抗があった。ましてや、2人ともにキャンディーを返すというのは、不誠実な気がする。
だが、どちらを「キャンディー」としたところで、問題は生じる。
栗花落が「キャンディー」、穂積が「クッキー」ならば、そこに込められた意味に関係なく、穂積はクッキーを受け取らず、校則違反だと怒るだろう。
穂積が「キャンディー」、栗花落が「クッキー」ならば、クッキーの持ち込み自体には目を瞑ってくれるかもしれないが、栗花落とは、幼稚園の頃の約束がある。それを思い出してしまった以上、クッキーを返すことは約束の反故を意味する。
……いや、そもそも問題は、いかにして丸く収めるかではない。本当に考えなければならないことをすり替えるな。
俺は、彼女たちの、どちらの笑顔が見たいのだろう。
どちらを悲しませたくないのだろう。
どちらと一緒にいたいのだろう。
もちろん「どちらも」だけれど、「どちらか」しか選べないなら。
「……」
目を閉じ、脳裏によぎったのは――
「よし」
目を開ける。
その時、あるお菓子が目に留まった。
・
・
・
「あはははははははは!」
俺が渡したお返しの品を見て、栗花落は爆笑した。
「さすが日下君、ホワイトチョコレートとは、考えたわね」
「日和ったと笑いたければ、笑えよ」
「違う違う、むしろ感心してるのよ。お返しの意味づけがされていなくて、校則違反にもならない。見事なチョイスだわ」
「それはどうも」
結局、あの日、俺はホワイトチョコレートを2つ買った。
チョコレートにチョコレートで返すのはどうなんだ、と思わなくもなかったが、渡す物は重要ではない。お返しの意味にとらわれて散々迷った俺が言うのも何だが、物が何であれ、「俺」がそれにどんな意味を込めるかが重要なのだと思う。
このホワイトチョコレートは、俺にとって「クッキー」であり、「キャンディー」だ。
それに、栗花落にはああ言ったものの、日和ったわけでもない。
俺が、栗花落へのお返しに込めた意味は――
「理音にも、同じ物を渡すのね」
俺が口を開くより先に、彼女が口火を切った。そして、俺の返事を待たず、続ける。
「でも、そこに込められた意味は違う」
「!」
栗花落は、気づいている。俺が、ホワイトチョコレートに込めた思いに。
「……栗花落」
どこから話せば良いだろう。
「約束を、思い出したんだ」
「……みたいね」
「え?」
「あなたの顔を見ていればわかるわ。年明け頃から、謎が解けたって顔をしてたもの」
あっさりと言ってのける栗花落。
「本当にお前はエスパーか何かか」
「単なる観察眼よ。それに、誰の考えでも読めるってわけじゃないわ」
確かに俺は嘘を吐くのが苦手な方ではある。だが、これはそれ以上に、日頃から栗花落が俺のことを見ていたからなのだろう。約10年もの間、ずっと見ていてくれたからこそなのだろう。
そんな彼女を、俺は、傷つけなければならない。
「栗花落。その約束なんだが――」
「それはまた今度話しましょう。理音にも早くお返しを渡してあげなさい」
「……おぅ」
有無を言わせぬ口調で話を断ち切られ、仕方なく彼女に背を向ける。言われるがままに風紀委員室を出て、扉を閉めた。
そのまま、数秒、待つ。
「――っ」
扉の向こうから、声を押し殺した栗花落の嗚咽がかすかに漏れ聞こえる。
彼女はきっと約束の答えにも気づいたのだろう。聡すぎるというのも、生きづらいのかもしれない。
扉の横で、俺はただ黙って、彼女の涙が止まるのを待っていた。
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