第11話 夏祭り その5
「さて、あっちは栗花落に任せるとして、俺たちは草履を捜すぞ。ほら、肩でも腕でも適当につかまれ」
穂積と俺の身長差を考えると、肩を貸すというのは無理がある。片方の草履を失くし、片足立ちを続けていた穂積に腕を差し出すと、
「うむ。すまない」
と彼女は俺の腕を掴んだ。
「しかし、どこを捜したもんかなー……。近くにはあると思うんだが」
屋台の影にでも入ってしまったか。そうなると、捜すには多少手間がかかりそうだ。穂積には悪いが、祭りの終了まで待って、人通りが少なくなってから捜した方がいいかもしれない。
と、その時、俺の腕を掴む穂積の手に力がこもる。
「どうした?」
「その……草履を投げた時に、軸足をひねってしまった。今、片足立ちをしているが、正直結構つらい」
「お前、そういうことは早く言えよ!」
表情がほとんど変わらないので気づけなかった。
彼女の運動神経をもってすれば、片足立ちだろうと俺の支えなど必要ないはずなのだ。それを断らなかったことの意味を、もう少し考えていれば。
「穂積。少しの間、手を離してくれるか?」
「……? うむ」
穂積がきょとんとしながらも手を離した瞬間、俺はしゃがみこんで彼女を抱え上げた。
「なっ!? 何をするのだ!?」
「恥ずかしければ、これでも着けてろ」
穂積が頭に着けている狐のお面を指先で軽く叩くと、
「……」
彼女は黙ったまま、狐面をかぽっと被った。
恥ずかしいのは、こっちも同じだ。まさか穂積をお姫様抱っこすることになるとは。
しかし、こんな足で彼女を歩かせるわけにはいかない。彼女の草履の行方も気になるが、まずは救護所で応急処置を受けさせることが第一だ。
小柄で華奢だとは思っていたが、穂積の体は想像以上に軽かった。この体躯で、いつも俺を追いかけていたのか。本当に、彼女のバイタリティには驚かされる。
だが、
「……すまない」
その彼女の口から力無い言葉がこぼれる。
「ボクのせいで――、ボクが後先考えなかったせいで、迷惑をかけてしまった」
狐面の下で、彼女は今、どんな顔をしているのだろう。
表情にあまり出ないというだけで、彼女は決して感情に乏しいわけではない。何度か行動を共にして気づいたが、わりと些細なことで喜ぶし、些細なことで落ち込む。
「謝ることはないさ。人ごみの中で物を投げるのはどうかと思うが、お前のしたことは間違っていないと思うよ。それに、迷惑だとも思っていない」
彼女が自分を責める理由など、どこにもない。
「……日下先輩は優しいな」
ぽつり、と。呟くように彼女は続ける。
「キミがそんなに優しいと、ボクは甘えてしまいたくなる」
……?
どういう意味だ?
確かに穂積は、よほどのことがなければ、誰かに頼ることを自分に許さない。風紀委員として他者を正す以上、誰よりも己が正しくあらねばならないという信念で自分を縛り上げているようにも見える。
だが、
「いいんじゃないのか? お前は頑張り屋だから、たまには甘えてもいいさ」
俺は、そう思う。
「……うむ」
聞こえるか聞こえないか、小さく頷いて、彼女はまた俯いた。
救護所は、目の前に近づいてきていた。
穂積の足は、やはり捻挫で、湿布とテーピングで処置を受けると幾分痛みはひいたようだった。
彼女が処置を受けている間に駄目元で草履の落し物がなかったかスタッフに訊いてみると、ほどなくして、失くしたはずの彼女の草履が届けられた。どうやら、夜店の店主が見つけて運営本部に届けてくれていたらしい。
湿布をした足と逆の足にその草履を履いて、穂積は救護所の長椅子に腰かけていた。草履が見つかったとはいえ、片足を捻挫していては、祭りを見て回るのは難しいだろう。
「穂積、良ければ夜店で何か買ってこようか?」
思い返してみれば、俺と栗花落に会ってから、穂積はまったく祭りを堪能できていない。せっかく遊びにきた祭りで、パトロールをして怪我しただけではもったいなかろう。
「何か食うか? 焼きそばとか、りんご飴とか」
だが、穂積は少し考えた後、
「いや、大丈夫だ。ボクのことは気にせず、先輩は祭りを楽しんでくれ」
そう言われて、「はい、そうですか」というわけにはいかない。
「いいよ。こういう時くらい、我儘を言え」
「そうか? ならば――」
穂積の視線が地面に落ちる。
「その……、隣に座っていてくれないか」
「あ、あぁ……」
言われるがまま、彼女の隣に腰を下ろす。
何だか、不思議な感じだ。
いつも風紀委員の仕事だなんだで走り回っている彼女と、ゆっくりとこうして座っているなんて。
まだ落ち込んでいるのか、穂積は少し俯いたまま、何も言わない。
安易な慰めの言葉を、彼女は欲しないだろう。
俺も黙って、ただ彼女の隣に座り、ぼーっと夜空を眺める。
どれくらいそうしていたか。
「日下先輩」
唐突に穂積が口を開く。
「何だ?」
「少し甘えてもいいだろうか」
「は? 別に構わないが――」
答え終わる前に、ぽすっ、と左腕に重さを感じる。
ちらっと確認すると、穂積の頭がそこにあった。
「……」
戸惑わなかったと言えば嘘になる。
だが、その小さな頭から伝わる温もりが妙に心地よく、俺はいつものように彼女の頭を撫でた。
誰かに寄りかかりたい時は、俺に寄りかかればいい。いつでも支えられるように立っているから、一人で頑張らなくていい。
おこがましくも、そう思う。
遠くから、花火が上がる音が響き始めていた。
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