第10話 夏祭り その4
穂積が加わり、3人で夏祭りの会場を歩く。
穂積は風紀委員の仕事をする気満々のようで、周囲に鋭くアンテナを張っているのが、横にいてはっきりとわかった。純粋に遊びに来ていたはずの彼女を巻き込んでしまったことに申し訳なさを感じてしまう。
「ほら、穂積。あのたこ焼き、美味そうだぞ。食うか?」
などと誘ってみたが、
「すまない、日下先輩。今は職務中だ」
にべもなく断られた。
その様子を見ていると、なぜ栗花落が風紀委員の穂積ではなく俺にパトロールの手伝いを依頼してきたのか、わかった気がした。
本来、休日のパトロールは風紀委員の職務の範疇を超えている。それでも、頼まれれば穂積は全力で職務を遂行する。まさに今、頼まれたわけでもないのに志願して職務を遂行中だ。
だからこそ、栗花落は穂積に依頼しなかった。穂積には祭りを満喫してほしかったのではないだろうか。
……待てよ? だとしたら矛盾している。
さっき穂積に訊かれた時に、パトロールだと言ったのは他でもない栗花落だ。そう聞けば、穂積がパトロールに加わろうとすることを彼女が予測できなかったとは思えない。
胸の奥がもやもやする。
だが、それをはっきりとさせることに漠然とした不安が過る。知ってしまえば、何かが崩れてしまうような、そんな不安。
さながら、ジェンガだ。
触れなければ進まないが、崩れてしまえば取り返しがつかない。
意気地なしの俺は、そのジェンガに触れられないままでいる。
結局もやもやとしたまま歩を進めていると、唐突に穂積が俺の服の裾を引いた。
「両先輩方。約5メートル前、黒いTシャツの男が女性の鞄から財布を抜き取った」
「え?」
「日下君、右から押さえて。私は左から押さえる」
「えぇ!?」
風紀委員2人の阿吽の呼吸について行けず戸惑いながらも、栗花落に言われた通り、男を取り押さえるため右から回り込む。
だが、人ごみが邪魔で思うように男に近づけない。いっそ大声でも出して周囲に協力を仰ぎたいところだったが、逃走を図られるリスクを考えると、軽率な判断はできなかった。
「くそっ!」
小さく毒づいた刹那、「いてっ」という声とともに、男の足が止まる。
何が起こったのかはわからないが、男を取り押さえるチャンスだ。
強引に人ごみを掻き分け、男の背中に飛び掛かる。そのまま、地面に押さえつけながら右手を捻じり上げた。
刑事ドラマの見よう見まねだが、男はそれで観念したらしい。暴れられたら厄介なことになりかねなかったので、正直ほっとした。
「さて、無事財布は持ち主に返せたし、犯人も捕まえたけれど、やることが大きく2つ残っているのよね」
栗花落は近くの屋台から適当な紐を借りて男を縛り上げると、そう切り出した。
「まず祭りの主催者に連絡を入れて、この男を警察に引き渡すこと。
そして、理音の草履を探すこと」
穂積の草履。
それが、男が足を止めた理由だった。
俺と栗花落が男に追いつけそうにないと思った穂積は、片足の草履を脱いで男の頭部めがけて投げたらしい。この人ごみの中、男の頭部にピンポイントで当てるとは大した投擲力だが、他の人に当たっていたらと思うと褒められたものではない。結果オーライなので強くは咎めづらいところだが……。
で、男の頭部を直撃した草履は近くの地面に落ちているはずなのだが、人ごみの中で誰かに蹴られてしまったのか、今のところ見つかっていない。
「幸い、主催者とは面識もあるし、そっちは私が行くわ。日下君は理音と一緒に草履を捜してちょうだい」
俺や穂積が口を挟むまでもなく、栗花落はさくさくと分担を決めていく。
さすがは委員長。仕切るのは得意か。さっそく携帯電話を取り出して、主催者に連絡を入れるようだ。
「お前、本当に顔広いよな」
彼女の謎の人脈には、驚かされるというか、恐怖を感じるというか……。味方としては頼もしいが、敵には回したくないとつくづく思う。
当の本人は
「まぁね」
と気楽にスマホを操作している。
「でも、お前一人で大丈夫か? いや、お前のことだから心配の必要はないんだろうが」
俺がついて行ったところで何の役にも立たないだろうし、栗花落なら、一人で問題なく片をつけて来るとは思う。ただ、主催者はともかく、警察への引き渡しは事情説明が面倒そうだ。
栗花落はスマホを操作する手を止め、ふ、と笑う。
「その言葉だけで十分よ。あなたの手伝いはここまで。理音をちゃんとエスコートしてあげなさい」
「あ、あぁ……」
「本当に……デートで来られたら良かったのだけれど」
「え?」
「いいえ、何でもないわ」
電話が繋がり、栗花落が通話を始めてしまったので、それ以上は問いただせなかった。そのまま彼女は駆けつけた主催者と合流し、説明を始め――俺と穂積に向けて、小さく手を振った。
俺の中のもやもやは、また少し、大きくなった。
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