第7話 夏祭り その1

 何でこうなった……。


 思わず、そう言いたくなる状況だった。

 俺は今、浴衣姿の穂積を抱きかかえている。

 よりわかりやすく言えば、「お姫様抱っこ」というやつをしている。


 何でこうなったか。

 本当は、問うまでもない。

 その経緯は、誰よりも俺自身が知っている。


 * * *


 3日前。

 始まりは、栗花落だった。

「今週土曜の夜は、空いているかしら?」

彼女のお誘いは、いつも唐突だ。今更この程度で驚いたりはしない。


 だが、土曜日の夜?

 いかに傍若無人な彼女でも、休日にまで俺を借り出すというのは、珍しい。

 今週の土曜日。しかも、夜。


「……夏祭りか?」

疑問形で答えた俺に、彼女は

「さすがにそれくらいは察せるようね」

と上から目線で頷いた。

「ってことは、あれか? 夜店で買った物の荷物持ちか?」

「……失礼ね。夏祭りで浮かれるほど子どもじゃないわよ」

「じゃあ、なんだ?」

彼女が俺を夏祭りに借り出すとなると、それくらいの理由しか思いつかない。

「幼馴染と2人で楽しい夏祭り、的なことは考えないものなの?」

まるで俺の胸中を読んだかのように、栗花落が呆れた声を出す。

「……でも、そうじゃないんだろ?」

「…………」

栗花落が黙った。


 え? マジで「幼馴染と2人で楽しい夏祭り」的なことなのか?

 いや、栗花落に限って、そんなことはないだろう。俺なんかのスペックでは、彼女とはとても釣り合わない。

 しかし、もしそうなら――


 俺の脳内葛藤を、彼女のため息が遮る。

「どうして、あなたはそうも自己評価が低いのかしらね……」

聞き取れないくらいの、小さな呟き。目を伏せた彼女の寂しげな顔が、なぜか胸に突き刺さる。

 だが、もう一度大きく息を吐いた彼女は、いつもの表情に戻っていた。

「お察しの通り、風紀委員としてのお仕事よ。我が校の生徒がハメを外さないかのパトロール」

「それを俺に手伝え、と」

「そういうこと」

こうなるともう、俺が手伝うことは決定事項だ。ノーと言う権限は俺にはない。しかし、「栗花落と2人で楽しい夏祭り」よりも、いかにも彼女らしくてわかりやすい。

「手伝うのは構わないが、そこまでする必要があるのか? せっかくの祭りなんだから、お前も楽しめよ」

「あら、楽しいわよ? パトロールも」

そう言って、サディスティックな笑みを浮かべる彼女。さきほどの寂しげな顔が嘘のようだ。

 だが、その笑みを収めると、

「まあ、冗談はさておいて。

 生徒による自律。

 それが、教師に口を出させない、生徒自治を勝ち取ってきた我が校伝統よ。私には、風紀委員長として、それを守る義務がある」

「生徒自治、ね……」

確かに彼女たちの活躍のおかげで、俺は風紀委員に呼び出されこそすれ、生徒指導の教師に呼び出されたことはない。どちらがいいのかは、微妙なところだが……。

 ただ、うちは自由な校風の高校として人気を集めていて、事実、在校生たちもそれを謳歌しているということは間違いない。

「それじゃ、ま、俺も一役買わせてもらいますか。いつもお前には迷惑かけてるし」

「そう思うのなら、少しは遅刻を減らしてくれると助かるのだけど」

「……耳が痛いな」

「でも、手伝ってくれることには感謝するわ。土曜、午後6時に神社前集合でいいかしら?」

「おう」

そんな風に、俺は彼女からの依頼を受けたのだった。


 彼女からの依頼に、トラブルはつきものと覚悟はしていた。

 だが、まさか穂積をお姫様だっこすることになるとは、この時点では、知る由もない。

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