第6話 風紀委員長の誕生日 その3

 初っ端からの寄り道で反省した俺たちは、その後は先程決まったばかりのプラン通り、食器店、紅茶専門店をめぐり、昼食(個別会計にした)をはさんで文具店へと足を運んだ。

 似たような店をいくつか回ったりもしたが、結局穂積は上品な花柄のティーカップとソーサーのセットを選んだ。栗花落の好みすらろくに把握できていない、情けない幼馴染の俺だが、それでも、このプレゼントを栗花落は喜んでくれるだろうと思う。


「今日は良い買い物ができた。すべてキミのおかげだ。感謝する」

穂積も満足げにプレゼントの入った紙袋を見た後、俺を見上げた。

 小柄な彼女に見上げられると、何だかむずむずする。庇護欲をそそられるというのだろうか。校則違反に対して暴力的な制裁も辞さない彼女に、庇護というのもおかしな話だが。

「良かったな」

俺はそう答えながら、無意識に彼女の頭を撫でていた。

 そんな自分に気づいて、ぴしり、と固まる。


 俺は今、何をしている!?


 細くしなやかな彼女の髪が、指の間を通り抜けていく。

 すげぇ髪さらさら――……じゃなくて!

「すまん! 急に頭を触られたら嫌だよな。ホント悪い!」

とにもかくにも頭を下げる。穂積の顔を直視できない。

「……日下先輩、謝ることはない」

「でも」

「嫌ではなかった」

「え?」

聞こえるか聞こえないかのその言葉に反射的に顔を上げていた。

「その……別に嫌ではなかった。少し驚きはしたが」

頭を下げたままだったので、俯く彼女の顔がかろうじて見えた。表情の薄い彼女の内面を読み取るのはなかなか難しいが、少なくとも、怒りや嫌悪は感じられない。

 安堵し、頭を上げる。

「日下先輩の手は、意外と大きいのだな」

そんなことを呟く彼女の声は、なぜかむしろ少し弾んで聞こえた。

「……俺の手、大きいか?」

改めて自分の手をまじまじと見るが、よくわからない。

「うむ――」

穂積はさらに何か言いかけたようだったが、不意に言葉を止め、後ろを振り向いた。

「どうかしたのか?」

「……気のせいだとは思うのだが、栗花落先輩の気配を感じたのだ」

「栗花落の?」

というか、気配って。忍者か何かか、お前は。

「電話かメールでもしてみるか? 近くにいるのなら、プレゼントを渡してしまえるし。誕生日当日は平日なんだろ?」

「うむ。学校にプレゼントを持ち込むのは校則に違反する」

穂積が携帯電話を鞄から取り出しかけた時、

「理音?」

栗花落の声がした。

 ……本当にいたのかよ。

「やはり栗花落先輩だったか」

「まさか穂積が心配で尾行でもしていたのか? 過保護にもほどがあるぞ」

「馬鹿ね、違うわよ。……まあ、ある意味心配はしていたし、そっちは的中だったけれど」

「?」

その妙な物言いが気にはなったが、俺が彼女を問い詰めるより先に、

「栗花落先輩、渡したいものがあるのだ」

穂積が本題に入ってしまった。

 栗花落がわざと何かを含んだような言い方をした時は、どうせ問い詰めたところで無駄だし、仕方ないか。


「少し早いが、誕生日おめでとうだ。栗花落先輩」

穂積が栗花落に向かって紙袋を差し出す。

「ありがとう、理音」

栗花落は、それを両手で優しく受け取った。中身が割れ物なのだから、その扱いも当然か。

 ……いや、彼女は紙袋の中身を知らないはずだ。ならば――

「日下君。何やら勘ぐっているようだけど、紙袋から店がわかるのだから、中身も想像がつくのよ?」

 だよなー……。

 やっぱり彼女が俺たちを尾行していたっていうのは、邪推だったか。

 でも、だとしたら、これはサプライズになるな。

「栗花落、これは俺からだ」

俺も紙袋を差し出す。

「……私に?」

栗花落は、めずらしく目を丸くした。

「紅茶の茶葉だ。口に合わなかったら、俺に返品してくれ」

「中身は知っているけれど……あなたが私にプレゼントを用意するとは、予想外だったわ」

紙袋だけで中身はわかるという彼女でも、それが誰へのものかまではわからないか。

 何もかもを見透かしたような彼女のこんな表情を見られただけでも、プレゼントの甲斐があったというものだ。

 だが、

「ありがとう……」

照れくさそうに小さくそう呟く彼女の表情は、驚く彼女よりもずっと貴重で、そして何より――魅力的だった。彼女の予想を裏切ったという薄っぺらい優越感など、軽く吹き飛ばすほどに。


 絶大なカリスマ性を持ち、それを自覚的にふるう才女、栗花落玲夜。

 けれど、彼女だって、驚きもすれば照れもする、同い年の女の子なのだ。

 そんな当たり前のことを、忘れていた。


「まだ早いけれど、こんなに嬉しい誕生日は初めてかもしれないわ」

そう微笑む彼女は、見惚れるほどに綺麗で、これまで壁を築いて、彼女から目を逸らし続けてきたことを、ほんの少し後悔した。

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