第5話 風紀委員長の誕生日 その2
9時55分。
約束の時間の5分前に待ち合わせ場所に着くと、すでにそこには穂積がいた。
穂積……だよな?
赤いチェックのミニスカートに、白いレースのカットソー。華奢で色白の肩が、目にまぶしい。
いつも学校で見る彼女とは、まったく違う姿。そんな格好をされると、やっぱりこいつも女の子なんだな、と意識してしまう。
この姿の彼女と、今日一日、栗花落への誕生日プレゼントを探して買い物か……。知らない人間から見れば、どう見てもデートだよなぁ。
それは、どうなのだろう?
勘違いされるのが嫌だとか、そんな風には思わないが――
そんなことを考えながら俺が近づくと、穂積の方も気づいて顔を上げた。
「すまん、待たせたな」
声をかけると、穂積は小さく首を振り、
「いや、まだ時間前だ。遅刻ではないのだから、問題ない」
「……遅刻していたら、また反省文か?」
「プライベートの約束での遅刻は校則違反ではない。風紀委員としての取り締まりの対象外だ。
むろん、校則を犯すようであれば、休日であろうとも風紀委員として対処するが」
「……そうか」
格好は変わろうと、その思考回路はいつもの穂積のようだ。それを不思議と好ましく思う。
「どうしたのだ? 日下先輩」
「なんでもないよ」
こぼれてしまっていた微笑を収め、仕切り直す。
「さて、どこか行きたい店とかあるか? なければとりあえずショッピングモールを端から見て行こうかと思うんだが」
「ふむ」
穂積は少し考えたようだったが、
「特に候補と言える店はない。先輩の案に同意する」
そう頷いた。
「……確かに俺はショッピングモールの端からとは言ったが、その店は今は関係ないんじゃないか?」
一軒目、アイスクリーム屋の前に吸い寄せられ、食い入るように商品を見つめていた穂積は、俺の声にはっとし、
「う、うむ。大丈夫だ。チョコミントとベリーチーズで悩んだりはしていない」
訊いてもいないことまで答えてくれた。表情変化に乏しいくせに、わかりやすい奴だ。
「店員さん、チョコミントとベリーチーズください」
「待て、キミは何を注文しているのだ」
「ん?」
「よりによって、ボクが迷っていた2つをボクの目の前で食べようというのか」
……。こいつには、優しい先輩がアイスを奢ってやろうとしているという発想はないのか。さすがに、一人で2つもアイスを食ったりはしねぇよ。
「安心しろ。まずお前に両方味見してもらって、気に入った方をお前が食べて、残りを俺が食べるつもりだ」
「それでは、先輩の選択肢がないではないか。ボクが食べたい物を注文する以上、支払いの義務はボクにある」
「お前な。後輩にアイス1つ奢るくらいの甲斐性は俺にもあるんだよ。ここは先輩にかっこつけさせるつもりで、素直に奢られておけ」
「しかしだな――」
反論しようとしかけた穂積をさえぎるように、
「あの……」
と女性の声が割って入った。
「「何だ」」
二人揃って声の方に向くと、
「後ろでお待ちのお客様もいらっしゃいますので、早くお会計をお願いします」
店員さんがアイス2つを手に、ややひきつった笑顔を浮かべていた。
結局、支払いは割り勘ということで決着がついた。穂積が奢られたくないというのであれば、無理矢理奢るというのも変な話だからな。
その穂積はというと、満足げにチョコミントアイスをお召し上がり中だ。
「……本題とまったく関係ないことに時間と労力を使ってしまったな。今日の本題は栗花落の誕生日プレゼントだ。まずはそっちの目星をつけないとな」
「う、うむ。すまない」
「いや、俺もむきになりすぎた」
会計はとりあえず俺が済ませたものの、その後、奢る奢らないで20分ももめるとは、想定外だった。アイス1つでこれだと、昼飯で奢るなんて言ったら1時間はもめるな、たぶん。
俺もベリーチーズ味とやらのアイスを食いつつ(結構美味い)、
「まあ、アイス食ってる間は他の店に入るわけにもいかないし、今の間にプレゼントについて検討しておくか。
例えば、風紀委員室で、あいつは普段何をしてるんだ?」
「栗花落先輩は、委員長として書類作成の仕事をしている。それ以外の時間は……そうだな、紅茶を飲みながら本を読んでいることが多いぞ」
「紅茶に本か」
これは参考になりそうだ。
ベタではあるが、紅茶好きならば、ティーセットなら使えるだろうし、味や香りの好みはあるかもしれないが、紅茶の茶葉という手もある。
本好きならば、ブックカバーや栞の類も悪くないだろう。
俺の考えを伝えると、
「さすがだ、日下先輩。キミに相談したのは、やはり間違いではなかった」
穂積は、心から称賛してくれているようだった。俺の案というか、ほとんど穂積のおかげなんだが……まあ、いいか。
「じゃあ、アイスを食い終わったら、紅茶の店と食器類を扱っている店、あと文房具屋だな」
「うむ」
穂積は力強く頷いてくれたが、彼女から最初に相談を受けた時点で、ここまでは考え付いていてもよさそうなものだった。
けれど――
「……日下先輩も一口食べるか?」
隣でアイスを食べている彼女の姿を見ていると、こんな無駄な時間も悪くないなどと、らしくもなく思う。
「じゃあ、ありがたく」
俺は笑って、チョコミントアイスを舐めた。
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