第4話 風紀委員長の誕生日 その1

「失礼する」


 昼休み。

 そう言って2年の教室に入ってきたのは、1年生にして風紀委員――俺の天敵、穂積理音ほづみ りおんだった。上級生たちの視線にまったく物怖じする様子もなく、彼女はつかつかと俺の前に立つ。


 ここまでは、わりとよくあることだ。

 そして、俺の校則違反に関する罪状が述べられ、問答無用で風紀委員室に連行される。風紀委員室での取り調べの後、反省文を提出させられ、一連の流れの終了だ。

 まあ、俺も毎回大人しく連行されるわけではない。時には逃走を図り、穂積と不毛な鬼ごっこをする羽目になることもある。


 だが、今回彼女の口から出たのは、

日下くさか先輩。折り入って相談があるのだが」

という言葉だった。

「相談……?」

「うむ。相談だ」

意外な単語に思わず聞き返したが、彼女は迷うことなく同じ言葉を繰り返した。

「相談って……俺にか? 敬愛する風紀委員長様はどうしたよ?」

風紀委員長――栗花落玲夜つゆり れいやは、俺にとっては恐るべき魔女だが、この高校の多くの生徒にとっては憧れの存在だ。特に穂積にとっては、崇敬の対象と言っても過言ではない。

 その穂積はというと、むぅ、と小さく呻り、

「今回は栗花落先輩を頼るわけにはいかないのだ」

と言う。

 栗花落を頼れない? それは一体どういう状況なんだ?

「とりあえず話を聞こう。俺にどうにかできる話かどうかは、それから判断するってことでいいか?」

「うむ。助かる」

そう答えた彼女の表情は、心なしか安堵で緩んだように見えた。


「相談というのは、ほかでもない、栗花落先輩のことなのだ」

「栗花落の?」

「うむ。もうすぐ、栗花落先輩の誕生日だろう?」

……いや、当然のように”だろう?”と言われても、知らねぇよ。

 言われてみれば今の時期だったような気がしないでもないが、正確に何月何日かは覚えていない。

 しかし、それに関しては彼女は特に答えを求めていなかったらしく、俺の返事を待たずに話を先に進める。

「そこで、先輩に対し、日頃の感謝と敬愛の念を込めて何か贈りたいのだが、先輩が喜びそうなものは何かないだろうか?」

なるほど。

「要は、栗花落への誕生日プレゼントの案が欲しいわけだな?」

「うむ」

穂積が首肯する。

 栗花落を頼れないというのは、そういうことか。本人に何が欲しいか訊くというのは手っ取り早いが、サプライズ感はないもんな。

「まあ、その程度なら、役立てるかどうかはわからないが、協力はするぞ」

「そうか。それはありがたい」

たまには後輩に頼られるというのも、先輩として悪い気はしない。ここはひとつ、先輩らしく、びしっとキメたいところである。


 そうは言っても、女子へのプレゼントというものに造詣の深くない俺に思いつけるものは限界があった。

「そうだな……。一番は相手の好みを考えることだよな。好みに合わないものを贈っても、逆に迷惑になるかもしれない」

「ふむ」

「嵩張るものも、避けた方がいいだろう」

「ふむ」

「無難なのは菓子類なんだろうが、良くも悪くも相手の手元に残らない」

「ふむ」

俺の発言に、いちいち頷きながらメモをとる穂積。自分で言うのもなんだが、俺、大したことは言ってないと思うんだが……。本当に真面目だな、こいつ。

「女子ってのは一般的に可愛いものを喜ぶんだろうが、栗花落の場合はどうなんだろうな……。可愛いぬいぐるみとか、あまり似合いそうにないんだよなー」

幼稚園からの腐れ縁だというのに、俺はあいつのことを何も知らないのだと思い知らされる。

 何事もそつなくこなし、ルールに厳格で、何より自分に厳しい。

 10年以上の付き合いで、知っているのはそれだけか。

 劣等感から勝手に壁を築いて、俺は彼女から目を背けてきた。そばにいながら、俺は彼女から逃げていたんだ……。


「……日下先輩?」

気づくと、穂積が小首を傾げてこちらを見ていた。

「あ、あぁ……。気にするな。何でもない」

「そうか?」

穂積は納得しかねているようだったが、ここでも真面目さを発揮し、気にしないことにしてくれたようだった。俺自身も、心の奥のざわつきを今は無視する。

 今はとりあえず、穂積からの相談だ。

「実際に店でもめぐりながら考えた方が早いかもな。そうすれば、ピンと来るものがあるかもしれないし」

「そうか。では、今週土曜日ということでいいだろうか?」

「何が?」

「プレゼント探しだ。キミも手伝ってくれるのだろう?」

「え?」

「協力すると言ったぞ?」

 言った。

 確かに言った。

 しかし、それはまるで――

「穂積、お前はいいのか?」

念のため、訊いてみる。

「何がだ? 都合ならボクが土曜日を指定したのだから、もちろん問題ないが」

「いや、そうじゃなくて。その……俺でいいのかってことだよ」

「うむ。栗花落先輩に関して、キミ以上に頼りになる人間をボクは知らない」

「……」

こちらの質問の趣旨が伝わっていないような気もしたが、彼女が気にしていないのなら、構わないか。

「じゃあ、土曜日の10時に駅前で集合ってことでいいか?」

「承知した」

約束したところで、昼休み終了を告げる予鈴が鳴り始めた。

「それでは、日下先輩。よろしく頼んだぞ」

穂積はそう言い残して教室を出て行った。


 後輩女子と休日に2人で買い物。

 完全に想定外の事態だ。

 これは何だ? デートと呼んでいいのか?

 少なくとも、穂積にそんな意識はないようだが……。

「……やっぱり変に意識しちまうよなぁ」

 俺の方は、そうもいかなかった。

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