第3話 イースター編
「さて、昨日は何の日だったでしょうか?」
風紀委員長が唐突に質問をしてきた。
席に着いた俺の真正面に立って、こちらの顔の高さに顔を突き合わせてくるので、自然と彼女の長い黒髪が、さらりと俺の机を撫でた。
しかし、昨日? 今日じゃなくて?
「何だ? 昨日は普通の日曜日だろうが」
俺の答えに彼女は
「日曜日なのは間違いではないけど。昨日は、イースターでした」
「イースターって……日本じゃ特に何かする風習なんてまだ根付いてないだろ」
それ以前に、昨日がイースターだということ自体、知っている日本人は少ないと思う。
「で? そのイースターがどうかしたのか?」
イースターと言えば、イースター・エッグの存在くらいは知っているが、それで何をするのかまでは知らない。
俺の疑問に小さく頷くと、委員長はすっと体を起こして、近づけていた顔を離す。
「あなたの言うとおり、イースターって、日本ではいまいちマイナーなのよね。だから、イースターにちなんだイベントをやってみようと思ったのよ」
「……イベント?」
何となく、不穏な予感がするのは、気のせいだろうか。
気のせいだと思いたい。
彼女は俺の隣の机に腰かけて、話を続けた。
「イースター・エッグくらいは知ってるわよね?」
「まあな」
「それを隠して子どもに探させる国や地域もあることは?」
「知らん」
「というわけで、イースターにちなんで、宝探しをしようかと」
「は?」
「ちなみに、隠したのは、あなたが幼稚園児の頃に書いた手紙です」
「はぁぁああ!?」
この女、何考えてんだ!
っていうか、なんでそんなものをお前が持ってるんだ!
「おい! お前そんなもん隠して、俺以外のやつに見つけられたらどうするんだよ!」
思わず立ち上がった勢いで、椅子が大きな音を立てて倒れたが、そんなことに拘泥していられない。
当時、誰にどんな手紙を書いたかなんて覚えていないが、幼少期の自分を他人に知られるというのは、なんとなく恥ずかしいものがある。
彼女はまあまあ、と俺を宥めると、
「大丈夫よ。他人には見つけられないところに隠したわ。それは絶対に保証する」
「……」
こいつが保証すると言うなら、それは間違いないだろう。彼女はろくでもないことを仕出かす魔女だが、嘘を吐くような奴ではない。諦めて、こいつの遊びに付き合ってやることにした。
「隠し場所のヒントは?」
「そうねぇ。”大事なものは、意外と近くにあります”」
俺からの問いに、彼女はあっさりとヒントをくれた。さすがの魔女も、ノーヒントで校内を探し回るというような無茶は要求してこないだろうとは思ったが。
近く――ということは、教室内か?
そして、他人に見つからない場所。
「!」
ピンときて自分の机の中を覗いてみたが、それらしきものは見当たらなかった。
うーん、良い考えだと思ったんだが。
個人のロッカーも条件には当てはまるが、ロッカーには鍵がついている。いかに彼女といえど、俺のロッカーの鍵をこじ開けたりはしないだろう。
彼女自身のロッカーという線もあるが、鍵がない以上、俺に彼女のロッカーは探せない。
……ん? 彼女自身?
「おい、制服のポケットの中身を出せ」
「え?」
「制服のポケットの中身を出せ。でないと勝手にまさぐる」
「……それはちょっとセクハラじゃないかしら」
嘆息まじりにそう呟くと、彼女は制服の胸ポケットから、4つ折りにされた小さな紙を取り出した。
「こんなに早く見つけるとは、思っていなかったわ」
手紙は、確かに俺が幼稚園児の頃に書いたものだった。
へたくそな字で書かれた、たった4文字。
だいすき。
宛名も差出人も書かれていないが、思い出した。
これは俺が彼女に渡した手紙だ。
こんなものをまだ持っていたのか。
そう、俺と彼女は幼馴染で、当時の俺は彼女を好きだった。
もちろん、幼稚園児の「好き」だ。小学生、中学生と成長していくうちに、自然と彼女とは距離が空いていった。
……いや、自然と、というのは嘘になる。
同性の友人とつるむことが増えていったからという理由もあるが、それ以上に、勉強も運動も抜群にでき、神童とまで呼ばれた彼女に対して気遅れのようなものを感じ、俺から壁を作ったという方が正しい。
あまり、思い出したくない思い出だ。
まったくこんなものを見つけさせてどうしたいんだ。
俺の名前でも入っていれば、俺を辱めるネタくらいにはなったかもしれないが、こんな紙切れ、何の役にも立たないだろう。
悩む俺の手から、さっと彼女は手紙を取り上げた。
「あっ」
「……何? これは私のものなんだから、返してもらうわよ?」
「普通、宝探しの宝は見つけた人のものだろう」
「あなたの物は私の物、私の物も私の物」
「お前はジャイ○ンか」
駄目だ。こいつがジャイ○ンなら、俺はのび○君だ。勝てる気がしない。
助けて、ドラ○もん。
「で、一応宝探しは終わったわけだが、結局お前の目的はなんだ?
イースターをメジャーにしたいってわけでもないだろ?」
「……そうね。イースターはまあ、おまけみたいなものよ」
「じゃあ――」
「そのヒントも、すでに出したわ。あとは考えて頂戴」
言うが早いか、彼女はさっさと踵を返して教室を出て行ってしまった。
「さっぱりわからんぞ……」
答えどころか、彼女がすでに出したというヒントすら、何の事やら。
そもそも、考えて答えを出したところで、彼女がいなくなってしまっては、その正誤が確かめられない。強いて言えば、忘れかけていた過去を思い出すことにはなったが、それが何だというのか。
「わからん……」
誰もいなくなった教室で、俺は一人、頭を抱えた。
・
・
・
「伝わらないわね、たぶん。”大事なものは、意外と近くにあります”――なんて」
教室の扉を閉めた後、彼女はそのままそこに凭れて静かに目を伏せた。
あの頃の手紙を見つけてもらったところで、あの頃の気持ちまで見つかるわけではない。
思い出は所詮思い出で、こんなことをしても、今更、戻れはしない。
でも――
見つけてくれて、ありがとう。
そんな風には、思うのだった。
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