第6話 暇を持て余す

「リコ・エリアスです。よろしくお願いします」


 魔導士団の自己紹介で私はここの世界に来て初めて今の名前を告げた。

 周囲がざわついている。


 魔導士団の団員は貴族から平民も含めて十代から三十代とみんな若いが実力がある者ばかりだとレイモンに聞いていた。その為、私がエリアス侯爵の養女なのが気になっているようだ。どうしようかと考えていたが、団長のウォルターがすべて解消してくれた。


「リコはエリアス侯爵の令嬢ではあるが、この魔導士団の一団員だ。みんなと同じ立場だと言うことを忘れないように」

「リコと呼んでください。よろしくお願いします」


 私も別に敬称をつけてもらう必要性も感じていなかったので、そう告げたのがよかったのか、何とかおさまった。

 私の魔力はまだしっかりと使いこなせていないので、ハミルトンの授業は続き、その合間にポーション作りをしていた。


「初めまして、リコさん。クロードと言います」


 ポーションを作っていると、隣で同じようにポーションを作っている若い男の人がいた。


「はじめまして。クロードさん」

「クロードでいいよ。僕も二か月前に魔導士団に入ったばかりだから」

「私もリコでいいですよ。クロード」


 ポーションを作りながらクロードから話を聞くと、ポーションは騎士団にも卸していてポーション製作者にはその対価が払われるらしい。

 また、魔物討伐も参加するとボーナスがもらえることがわかった。そのため、魔導士たちはそのお金で魔法の書籍や道具などを買ってさらに研鑽を積んでいると聞いた。


「魔法の書籍はここにはないのですか?」

「あるよ。隣の建物に図書室があって自由に出入りできるけど、みんな自分だけの本が欲しくて買っているんだよ」


 隣の建物と聞いて、ポーション作りの手を止めて窓から覗く。

 確かに大きな建物があった。そこは、一階はポーションなどが保管されている倉庫になっていて、二階と三階が図書室になっているらしい。


「このポーションを作ったら、倉庫に行ってみよう。案内するよ」

「ありがとう」


 ポーションを作り、瓶詰めまでして箱に詰め、クロードと一緒に倉庫まで運んだ。

 倉庫は王妃の一階にあった広間くらいの広さがあって、倉庫の棚の三分の一ほどにポーションが置かれていた。


「倉庫の広さのわりに、ポーションが意外と少ないのですね」

「今朝、ネヴィル皇子が視察に行くからと言ってポーションを大量にもっていったからね。今はその補充分を急いで作らないといけないんだ」

「いつもはここにどれくらいないといけないのですか」


 視察に行くだけでそんなにポーションが必要なら、討伐になるともっといるはずだ。


「この倉庫の半分はないといけない。ネヴィル皇子の視察先は魔物がいる場所みたいだからポーションが大量に必要になるって言っていた。それに魔導士も何人か同行しているしね」

「ネヴィル皇子の視察はよくあることですか?」

「ネヴィル皇子は魔法も使えるけど、騎士だからね。ネヴィル皇子の指揮した討伐に失敗なしって噂だよ」


 クロードはどこか嬉しそうに話す。


「クロードも討伐に行きたいのですか?」

「もちろんだよ。魔導士にとって魔物の討伐参加は実力がないと選ばれないからね。それにネヴィル皇子の討伐に参加できることは名誉だから」


 ネヴィル皇子の討伐隊は精鋭部隊だと言われているらしい。そのメンバーに選ばれることこそが名誉であり、その実力が証明される。

 騎士も魔導士もネヴィル皇子の討伐隊に参加したい者が多く、常に競争になるほどで余程実力がないと選ばれないようだ。


「最近、魔物が増えてきていて魔導士たちも交代で討伐に行っているけど、地方からの討伐要請が後を絶たないみたいだよ。だからネヴィル皇子の隊のほかに第二騎士団も討伐に行っている」

「そうですか。では、頑張って補充分を作らないといけないのですね」


 私がこの世界で出来ることを見つけた。


(ポーションでみんなを支える)


 それからは、ハミルトンの授業が終わったらすぐにポーション作りをしていた。

 ノルマをこなしているようで楽しくなって、毎日体力の続く限りポーション作りをしていたおかげで、倉庫には半分ほどの在庫が溜まっていた。


「我ながらよく頑張ったわ。これで一安心ね」


 倉庫に並べられたポーションを眺めながら、腰に手を当てて自分の頑張りにうっとりする。誰かに命令されたことでもなければ、自分の立場を証明するための必死になったわけでもない。自分でやりたいと思ったことをやっただけで、自己満足でしかないのだが、気分がよかった。


 次は倉庫にいっぱいのポーションを!と心に決めて機嫌よく倉庫を後にした。


 翌日、出来たポーションをもって倉庫に行くと、昨日見た在庫の半分ほどが無くなっていた。


「どうして?」


 棚に駆け寄ってみるが、やはりポーションは減っている。

 啞然とした、昨日までポーションがあった棚には何もなかった。どうしてここまで減っているのか。

 棚に手を置いて覗き込むが、昨日置いたポーションが見当たらない。


「昨日、騎士団の人たちが持っていったんだ。また討伐に行くみたいだよ」


 後ろから来たクロードが教えてくれた。

 どうやら、魔物の討伐要請はかなり多いようで、戻ってきても少しの休息をはさんでまたすぐに出ていくことが続いているようだ。

 おまけに、魔導士たちも交代で討伐に参加しているので、ポーション作りをしている人が限られていると言った。


「今回の討伐も帰ってきたら、またすぐ別のところに行くのですよね」

「おそらく。だから、常にポーションは補充しておかないといけないんだ」


 クロードは持ってきたポーションを棚に置いた。

 私はもう一度在庫の減り具合を確認して、クロードと倉庫を出た。


 俄然やる気が出てくる。追い込まれるほど頑張りがいがある。急いで部屋に戻り、ポーション作りを再開した。


 最近マリベルの授業は徐々に少なくなっていたので、少しだけ時間が出来ていて、私は討伐に行くわけでもないので時間が余っていた。更に毎日のポーション作りで、一日に作れる量がかなり多くなっていたので時間と体力が続く限りポーション作りをしていた。

 今までは一回作るごとにポーションを倉庫に運んでいたが、それでは効率が悪いのでまとめて作り、最後に倉庫に運ぶことにした。


 大きな鍋に薬草と水を入れ火にかけて棒でかき混ぜる。今日、何回目かのポーション作りだ。既に後ろにある机の上にも箱に入ったポーションが並べられている。


「これはリコが作っているポーションか?」


 突然声をかけられて驚く。

 いつの間にか隣に団長のウォルターが来ていて鍋を覗き込んでいた。


「あっ、はい」


 口元に手を当てて、体を屈めて鍋の中を見つめていたかと思うと、今度は机の上の瓶詰めポーションを手にとって見る。

 手にした瓶詰めポーションを持ったまま、窓際まで行き陽の光にかざしてみている。


(問題でもあったのかな……)


「リコ、これは下級ポーションだよな」

「はい。ハミルトン様から下級ポーションの作り方を教わりました」

「ふん。そうか」


 顎に手を当てて、瓶詰めポーションを見ているウォルターを私は見つめた。


「そろそろ、中級ポーションが作れるはずだ。ハミルトンに伝えておくから作り方を教えてもらいなさい」

「はい!」


 嬉しくなった。

 中級ポーションを作れるくらい魔力が増えたのだ。


 翌日、ハミルトンから中級ポーションの作り方を教わり、ポーションを作りどんどん倉庫へ運んだ。

 リコが中級ポーションを作るようになって、倉庫の在庫数が一定を保てるようになって魔導士団員にも少し余裕が出来てきた。


「リコ、今日もたくさん作っているね」


 クロードに言われて、自分の作ったポーションを見るといつもと変わらないくらい出来ている。


「クロードは久しぶりですね」

「最近、ポーション作りが出来なくてごめん」


 クロードは最近、討伐のための訓練を始めていた。その為、ポーション作りまで魔力が持たなくて来ていなかったのだ。

 私は魔力のコントロールがまだ不安定なのと、王妃の大反対もあってもう暫く待つように言われていた。その為、ポーション作りは主に私の仕事になっている。


 私はポーション作りをしながら自分のレベルが上がっているのを肌で感じられるようにもなっていた。

 それはそれで楽しかったので、討伐の訓練が出来なくてもいいと思っていたが、クロードは気にしていたようだった。

「ポーション作りも楽しいので大丈夫です。それに中級ポーションが作れるようになって魔力も安定してきたみたいなのでされも嬉しいです」

「リコ!もう中級ポーションが作れるようになったんだ。凄いよ」

リコが言うとクロードも一緒に喜んでくれた。

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