第7話 わがまま姫とポンコツ魔導士 前編

 討伐に行っていた魔導士たちが帰ってきた。

 と言っても私はいつもと変りなくポーション作りに励んでいる。


 ネヴィル皇子は別の用があるとかで魔導士たちは今回の視察に同行しないことになり、魔導士たちは束の間の休息と次に向かう予定の討伐の準備を始めていた。


「そういえば、ポンコツはまだ意識が戻らないのか?」

「さっき、団長とレイモン皇子が話していたけど、まだ意識が戻らないみたいだ」

「なにを話していた?」

「ポンコツの処分の話をしていたぞ」

「マジか」

「仕方がないさ。ネヴィル皇子からも見放されたからな、団長もこれ以上庇うこともできないだろ」


 ポーション作りをしていると、最近ポンコツという言葉をよく耳にする。

 気になって耳がダンボのようになる。


「クロード、ポンコツって誰の事ですか?」


 隣で同じようにポーション作りをしていたクロードにこっそり聞いた。


「僕が魔導士団に入ったころ、魔力を使いすぎて意識を失った先輩魔導士がいた。その人のことだよ」


 クロードが魔導士団に入ったころ、禁忌とされている教会で魔法を使って倒れているのが見つかったらしい。どこかで聞いたことのある話だ。


「その人がどうしてポンコツって呼ばれているのですか?」


 魔力を使いすぎたと言うことはそれなりに大きな何かをしようとしたと言うことだ。それなのにポンコツって呼び名は不思議に思う。だが、クロードはあっと天井を見て戸惑っている。


「何か問題でも?」


 クロードに近づき小声で聞く。


「名前はローサン。皇女様の婚約者で、皇女様からの推薦で討伐隊にも入っていたんだけど……」

「なに? 何かあるの!」


 急に言葉に詰まるクロードの視線は遠くをみていた。

 皇女様って、確か側室の子でゾフィー様の事よね。マリベルの授業を思い出す。皇女様の婚約者なのにポンコツってあだ名はおかしい。それもみんながポンコツという言葉を堂々としている。不敬にならないのかな。

それに教会で倒れていたという言葉が気になった。

もしかして、私が召喚された事と関係があるのかもしれないと思ったがクロードの次の言葉で違うかもと思い始めた。

「……魔力の発動がおかしいんだ」

「魔力の発動がおかしいって、詳しく説明して!」


 ますます気になる。何がおかしいのか。教会で倒れていたと言うことも気になる。


「ネヴィル皇子の討伐隊に入っていたんだけど、魔物が出てローサン様が攻撃魔法を使ったんだ。でも、すぐに発動しなくて騎士たちに怪我人が出た。それ以来ネヴィル皇子の討伐隊には参加していない」

「はい?」


 クロードの説明によると、皇女が強引に討伐隊に入れるように言い出し、当初ネヴィル皇子は反対したが、王が連れていくだけなら問題ないだろうと言ったため、仕方なく連れて行ったらしい。

 ところがローサンは騎士たちの援護するはずが、魔物に攻撃魔法を使ってもすぐに発動しなくて、騎士たちは自力で退治しようとしていた時に魔法が発動して、攻撃魔法が騎士たちを直撃したらしい。

 ネヴィル皇子はそれ以来、ローサンを連れていくことを拒み、別の騎士団の討伐隊に入れていたが、そこでは魔物を退治するだけの魔法が使えなくて、結局役に立たず他の魔導士たちからはポンコツと呼ばれて騎士団からも用無しと言われて居場所がないようだ。


(魔法の発動に時差? 魔物を退治出来ない魔道士?)


「それなのに魔導士団にはいれたの?」

「皇女様の力だよ。それでなければ、ポーションもまともに作れない人を団員にするわけがないからね」

「ポーションが作れないって?」


 どういう人だろうか。もしかして残念な人だろうか。


「違うものが出来るんだよ。最初は団長や副団長も面倒を見ていたけど、流石に無理だと判断して最近では放置状態だったみたいだ」


 内緒だよと人差し指を口元に当ててクロードが言う。

 更に詳しく聞いてみると違うものとはどうやらジュースやスープが出来るみたいだった。それも何の魔力も効果もないただの食べ物に代わっていたらしい。


 そっと、机の端に置いてある薬草を見た。

 ポーション作りを始めてすぐのころ、興味本位でその薬草の葉をかじってみたがただの葉っぱだった。

 ただ薬草にはそれ自体に効用があって、葉っぱだけを食べても少しは効果があると聞いた。確かにポーションも原料は葉っぱだけど……スープって?それも薬草自体の効果を無にするのはどうやったら出来るのか。そっちの方が難しいような気がする。

何も分からないリコでも教えられた通りに作ったらポーションが出来たのだ。どうしたら別の物が出来るのかとそちらの方が難しいと思う。


 話を聞く限り、ポンコツと呼ばれる理由は分かった。魔物がどれだけ強いのか分からないが、魔物を倒せない、ポーションも作れない魔導士って役に立たないじゃないか。それに、レイモンや副団長が魔力のコントロールをしきりに口にする理由も分かった。


(身内を攻撃する魔法って怖いわ!)


 それから数日の間、魔導士たちの話題はポンコツと皇女の今後の事ばかりになっていた。私は二人の話を聞きながらポーション作りをしながら過ごしていた。


 やはりクロードから聞いていた通り、ゾフィーと例のポンコツ魔導士は私が見つかった教会に忍び込んで何かやっていたらしい。

 ポンコツ魔導士は魔力を使いすぎて気を失い、ゾフィーは動転しているところを魔導士団の団長達に発見されたらしい。


 クロードが言うには今回で二度目だと言っていた。

 前回も二人が禁忌である教会で倒れているのを団長が発見したが、ローサンもゾフィーも記憶を失くしていたと言う。ただ、何か魔法を使った痕跡があったと言うことで厳重注意されたと言う。

 さすがに二度目ともなれば注意だけでは済まなくなる。禁忌とされている教会に侵入したことだけでも問題だが、魔導士を死の淵に追いやったゾフィーにも責任があると言うことで、ローサンの意識が戻れば詳細を聞き、処罰されるといっていた。

 注意深くその話に耳を傾けていたが召喚の話題は一切出てこなかった。

 取り敢えず、私が召喚された人物だとは気づかれていないようでほっと胸をなでおろした。


 今朝は側室のダニエルと言う人が魔導士団に乗り込んできて大騒ぎをしていた。

 レイモンと団長はローサンの意識が戻らないことで、ゾフィーへの処分を言い渡した。

 ゾフィーには禁忌である教会に立ち入ったこと、ローサンに魔法を使わせたことの罪の処分だったが、納得できずに抗議しに来たらしい。

 不思議なことに近くにいた魔導士たちはダニエルの相手をすることなく、それぞれの仕事をしていたので、大騒ぎしているのはダニエルが一人で大声を上げている状態に唖然とした。


 私がここにきてから既に三か月は経っているから、ローサンも同じくらい、意識が戻らず眠ったままだ。

 以前、エリアス侯爵が話していたことを思い出す。

 魔力を使いすぎた場合、意識が戻らなければ死を意味する。ローサンもこのまま意識が戻らなければ死んでしまう。ゾフィーはローサンが魔力を使い果たしてしまうことを分かっていて何をさせていたのだろうか。それなら、この処分は妥当と考えるが、身内はそう思わないのかもしれない。

 大騒ぎしていた割にはレイモンが来ると急に大人しくなって侍女たちに連れられて帰っていった。


「さっきの人、レイモンが来たらすぐ大人しくなったけど、何か理由があるの?」

「ダニエル様は、側室なんだけども、王宮の北側にある静寂の館から出てはいけないんだ」

「どうして?」

「詳しい理由は分からないけど、王が館から出ることを禁止された。今、この王宮内の警備はレイモン皇子が担当しているから、逆らえないんだよ」


 レイモンは王宮内に結界を張っているという。

 基本は不審者や他国の襲撃に備えるためだと言っていた。だが、人によっては入れない建物もあることから、レイモンの機嫌を損ねるとそれこそ専用の館から一歩も出ることが出来なくなる。今は、レイモンの配慮で専用の館周辺は出歩くことが出来るようだ。


(側室が軟禁状態?だからみんなの態度がぞんざいなのかな)


「リコ。大丈夫?」

「わぁ!」


 クロードに呼ばれて我に返る。

 考え事をしながら出来上がったポーションを瓶に入れていたが、瓶からあふれていた。それどころか、既に入れ終わったポーションはどれも一定量入っていない。多すぎるものから、少なすぎるものまでさまざまで、それを見てクロードが声をかけてくれた。

 誤魔化しつつテーブルを拭いて、瓶の量がふぞろいな物を取り出し、正しい量に入れなおした。

 もしも、ゾフィーがローサンを使って私を呼び出したとしたら、何が目的なのだろうか。そもそも、ポーションもまともに作れない人が召喚出来るのかという問題もある。団員たちからはゾフィーとローサンの目的までは話が出てきていない。

 とにかく、レイモンからもきつく言われているように召喚された者だとバレないようにしなければいけない。出来ればまだ死にたくない。

そんな事を考えながらポーションを作っていた為か今日のポーションは不揃いだらけだった。

申し訳なく思いながら瓶に詰めてとりあえずまともなのだけを箱に入れ運んだ。

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