第4話 魔力
ダンスもなんとか様になってきてルベルト先生から合格点を貰い、主だった貴族の名前や経歴も覚えてマリベルから及第点を貰えるようになったころ、王妃とのお茶会も少しだけ楽しめるようになった。
いつもは王妃と二人だけのお茶会なので王妃の私室でお茶を飲むのだが、今日はレイモンとエリアス侯爵もいるため、皇后宮の一階の庭に面した部屋に集まっている。
王妃の私室も広いが更に広いこの部屋は庭に面しているところは一面、ガラス張りで外の景色も見ることが出来る。天気がいいのでガラス扉の一か所は開いていて外の風が入ってきて気持ちがいい。
「最近、レイモンが忙しくてなかなか会いに来てくれないのよ。たまに来たと思ったら、難しい書類をもってくるくらい」
王妃はわざとレイモンにどういうことかしらと見ている。
皇子に会えないことを嘆きながらも王の補佐をしっかりこなしている皇子を頼もしく思っているようだ。
「兄上が視察から戻ってきてその報告などが重なっていたのです。仕方がないです」
現在、王は体調が悪く王の政務は第一皇子のネヴィル皇子が国防を、第二皇子のレイモンが国内の政を担っている。王妃は王の代理としての任務があるため、皇子や大臣たちが報告にやってくるらしい。どうやら最近はその時くらいしか会うことがないようだ。
私はというとマリベルとオリビアに協力してもらいながら、ネヴィル皇子と遭遇することなく乗り切っている。
「ネヴィルは視察から帰ってきてすぐに挨拶に来てくれたわ」
久しぶりにレイモンとの時間が楽しいのか困らせる話ばかりしている。本当に仲のいい親子だ。
二人のやり取りを見ていると自分は邪魔ではないかとすら思えてくる。それはエリアス侯爵も同じだったようで、苦笑いを浮かべながら静かにお茶を飲んでいる。どうやらいつもの光景なのだろう。
エリアス侯爵は濃い茶色の髪に瞳は薄茶色をしていて、レイモンによく似ていた。
王妃とエリアス侯爵が兄妹なら似ていて当然でレイモンが年を取ったらこんな感じになるのかとまじまじと見てしまった。
王妃とレイモンは相変わらず話を続けている。私も二人のやり取りを聞きながらお茶を飲んでいるとエリアス侯爵から話しかけられた。
「王宮での生活はなれましたか?」
「おかげさまで」
エリアス侯爵の養女という触れ込みなので皇后宮でも特に困ることなく生活が出来ている。そのエリアス侯爵の娘は亡くなったと聞いていたが屋敷を襲撃されたときに亡くなったらしい。
「狙いは僕です」
レイモンが憎悪を滲ませながら冷たく言い放つ。
……。
返す言葉が見つからない。
「レイモン……」
先程までレイモンを揶揄って楽しんでいさた王妃がテーブルに置かれたレイモンの手に自分の手を重ねる。エリアス侯爵の視線は二人の手から離れて複雑の表情をしている。
「王妃様、レイモン皇子。リコには知っておいてもらったほうがいいいでしょう」
「僕はかまいません」
レイモンはエリアス侯爵を真っ直ぐ見ている。
王妃は答えなかった。
「病弱だったレイモン皇子が私の領地で静養していた時です。当時、私は王に呼ばれてこの王宮に来ていて屋敷を留守にしていました。賊はそのことを知っていたのでしょう」
侵入した賊は迷わずレイモンの部屋へとたどり着き、レイモンを襲おうとした。
エリアス侯爵の妻と娘は魔法が使えたため、レイモンを守るため防御魔法を使ったが、相手はそれ以上の力を持っていてエリアス侯爵の妻と娘は魔力を使い切り倒れてしまう。
それを目の当たりにしてレイモンは自分の持っている魔法を使い、エリアス侯爵の妻と娘を守ったがレイモンも魔力を使いすぎて気を失ってしまったという。
賊は駆け付けた騎士たちに捕まったが、その場で自害してしまったため、真相は分からずじまいのままになっている。
賊を倒すことは出来たが、一度に大きな魔力を使ったためレイモンはその後、寝たきりの状態になったという。そして、エリアス侯爵の妻と娘は意識を取り戻すことはなかった。
「レイモンがこうして元気になってくれただけでもありがたい。そうでなければ妻と娘の死は無駄になってしまう」
当初、皇太子候補を消すためと思われた。なぜなら、王は皇太子を決めていなかったから。
その為、二人の皇子を推すそれぞれの貴族たちを調べ上げたが何も分からないまま今に至っている。
レイモンはその後、一年程をエリアス侯爵領で過ごしたのち、病も治ったことから王宮に帰ってきたが、ネヴィル皇子と皇子を推す貴族たちはレイモンが戻ってきた時から気まずくなり、表立って衝突することはないがあまり関りを持たないようにしているようだ。
「ネヴィル皇子とレイモンは仲がいいの?」
ふと気になって聞いた。
レイモンは答えようとしなかった。代わりに王妃様が教えてくれた。
「昔はよく一緒に遊んでいたのだけれど、大人になると難しい立場なのね。お互い気を使っているのが分かるからこっちも気にしているのよ」
皇太子が決まっていないとなると、二人の立場は微妙だ。何となく会社の勢力争いに似ている。
「そんなつもりはないのに」とレイモンは小さく呟く。複雑な状況だということだけは分かった。
「リコは気にしなくていいわよ。そのままでいてね」
「はい」
王妃は笑顔で私に言う。どちらも大切な息子、それが王妃の本音だろう。
ネヴィル皇子は一体どんな人物なのだろうか。一度会ってみたいと興味をそそられた。
「リコはダンスの練習をしていると聞いたが、誰に教わっているのかな」
考え事をしていると急に別の話題がふられた。
興味津々と言った表情をみせながらエリアス侯爵が聞いてくる。
「王宮の教育機関に所属されているルベルト様です」
「そういえば、ダンスは大分上達したようだな。ルベルトから報告があった」
レイモンが急にこちらの話に乗ってきた。どうやらレイモンも話題を変えたかったようだ。
「おかげさまで。何とか先生の足を踏まずに一曲踊り切ることが出来るようになりました」
「そろそろ、舞踏会に出てみる?」
「まだ、心の準備が……」
王妃は楽しそうに聞いてくるが、その提案は受け入れられない。ダンスは何とか踊れるようになったけど、それは周囲に人がいない状態なので、人の目があるところでは緊張して踊れないかもしれない。
「今度、レイモンと踊ってみては」
「私もあまりうまくはないが、練習くらいなら」
「私が相手をしよう」
レイモンが承諾しているのを遮ってエリアス侯爵が名乗り出た。
椅子から立ち上がり、私に向かって手を差し出す。心なしか嬉々としているエリアス侯爵がいた。
(えっ、今?)
恐る恐るエリアス侯爵の手に自分の手をのせる。
部屋の中央までエスコートされると、腰に手が当てられて踊りだす。
(踊りやすい!)
自分でも驚くほど体が自然に動く。
エリアス侯爵はリコの手を取っている手でリズムを、腰に当てている手でステップの合図をくれる。
ダンスがこんなに楽しいものだとは知らなかった。いつもは必死でルベルト先生の足を踏まないかと気にしていてダンスを楽しむ余裕もなかったが、いつの間にか笑顔で踊っていた。
「驚いているね。ルベルトは厳しい先生だから、ルベルトと踊ることが出来るのなら十分踊れる」
私の右手の甲にキスをして疑問に答えてくれる。そのまま、手を取って元の席までエスコートしてくれた。
「リコ。すごいわ」
王妃が両手を合わせて感心している。そんなにすごいのかと自分も嬉しくなった。
「娘と踊れるとは嬉しいな」
エリアス侯爵は目を細めてリコを見ている。
(そうか、エリアス侯爵は娘とダンスをしたかったのか)
「リコをエリアス侯爵の養女にと言ったのは私なの」
「今日、初めてリコを見て驚きました。まるで娘が帰ってきたようで」
エリアス侯爵の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「レイモンがあなたを運んできた時、ヘンリエッタに似ていると思ったの。それでエリアス侯爵に相談したのよ」
ヘンリエッタはエリアス侯爵の娘の名前だそうで、年齢的にも自分と同じくらいと聞いた。
(娘さんの身代わりみたいなものかな)
「決して、娘の代わりと思ってはいないが、娘が生きていたら出来たかもしれないことを少しだけ叶えさせてほしい」
「私に出来ることなら」
あまり難しいことは無理だけど、私を養女にしてくれたおかげで私はこうしていられるのだから、少しくらいならいいかなと返事をした。
「王妃様!」
「リコに聞いてからにしましょうね」
王妃に窘められたが、エリアス侯爵は目に涙を溜めながらリコを見る。
(ちょっと、怖い)
「侯爵。リコはこれからも貴方の娘ですよ」
「そうでした。なんだか嬉しくて。リコ、舞踏会には私がエスコートしよう」
(いや、舞踏会はまだ早いし!)
何とか猶予が欲しいと頼み込んでもう少し待ってもらうことになった。
「私を召喚した人物は分からないのですか?」
話題を変えてみる。
これ以上この話を続けていると、明日にでも舞踏会に行く羽目になりそうで怖かった。
召喚した者のことは以前、レイモンに聞いていたがもう一度確認してみる。
あの時と今では心の余裕が違っている。何か見落としていることがあるかもしれないからだ。
エリアス侯爵は私が召喚した者のことを聞いたので、帰りたいのだと勘違いした。しかし、レイモンに再度、帰ることは出来ないと言われた。
「召喚術には多くの魔力が必要とされる。しかし、現在、それだけの魔力を持っている人物は存在しない」
レイモンが前の時より詳しく説明してくれる。
どうやら、禁忌である教会から魔力が感じられて、調べに行くと違法な魔法を使った者達がいて魔導士団の団長達に連れられて行くところだった。
違法な魔法を使った者も召喚術を使えるだけの魔力は持ち合わせていない。
禁忌である教会を管理しているのが王で、レイモンはその代理で教会に足を運んで私を見つけたという。
消去法で結局、誰が私を召喚したのか分からないと言われた。しかし、実際には私は召喚されたのだ。誰かがやらなければ私がこの世界に来ることはなかった。レイモンもそれが気になって調べていると言っていた。
「それより、貴族の名前などは憶えられたのか?」
「大臣たちや王宮に良く来られる方たちは覚えました」
「だったら、万が一ここで誰かと遭遇しても問題はなさそうだな」
レイモンも心配してくれていたようだ。
そう、まずはここに来る貴族たちの対応が出来るかどうかだ。みんなを安心させるために数人の貴族の名前と役職を言ってみたところ感心された。
出来れば舞踏会はもう少し先の話にしてほしい。
この王宮でうまく立ち回れたら少しは自信がつくかもしれないが、まだマナーとかは自信がない。
急に口が乾いてカップに入っているお茶を飲み干した。
レイモンと私のカップに新たにお茶が注がれる。侍女がティーポットをもって下がろうとしたとき、体がよろけて転びそうになった。
「あぶない!」
リコが叫ぶと同時にレイモンが席を立ったが、間に合わず侍女が持っていたトレーからティーポットが落ちた。レイモンが侍女の身体を支える。ティーポットは宙を浮いていた。それをレイモンが何事もなかったかのようにトレーに乗せて侍女を下がらせた。
レイモンが席に戻るとリコを見る。
リコは今起こったことが理解できなかった。
「リコ?」
「リコ。大丈夫?」
王妃とエリアス侯爵から呼ばれて二人の顔を見る。
「ティーポットが宙に浮いていましたね。あれは魔法ですか?」
レイモンがやったと思っていた。初めて見る魔法に少し興奮気味に聞いた。
「僕じゃない」
「私でもないわ」
「もちろん、私でもないぞ」
王妃とレイモン、エリアス侯爵は、はっきりと否定した。
「えっ?でも」
「リコだと思う」
レイモンの指摘に自分でも驚かされる。
(……、私が魔法を使った?)
「とっさに出たと思う。魔法はある程度コントロール出来たほうがいいから誰かに指導してもらったほうがいいが、どうする?」
「どうするって?」
「レイモン、そんなに焦らせてはリコが困っているわ」
どうすると聞かれても現実が理解できない。困っていると王妃が助け舟を出してくれた。
レイモンは先ほどの侍女が入れたお茶を一口飲んだ。
リコも落ち着くため、自分のお茶を飲む。
(魔法……)
カップの中のお茶がゆらゆらと揺れている。
ティーポットが宙に浮いていた。私があれを?
考えがまとまらない。
「今みたいな危険を止めるくらいの魔法なら私でもある程度教えることは出来る。しかし、もっと高度な魔法を習得したいとなると専門の魔導士に教えを乞う方がいい。リコはどちらを望む?」
「魔法は何かの助けになる?」
この国に魔法が存在することはマリベルから聞いていて知っていた。しかし、魔法は誰でも使えるものではなく、主に遺伝のようなものだと聞いていた。
その為、自分には関係のないものと認識していたが、もしかしたら一人で生きていくには魔法が使えたほうがいいのかもしれないと考えを改めた。
「魔導士には騎士団と同様に団員がいて、そこで体力や魔力を回復するためのポーション作りや魔物の討伐に騎士団と一緒に行くこともある。国の公的機関なので採用試験はあるが、もし採用されると給料も発生する。ただ、国の要請にこたえないといけないので、危険にさらされる可能性はゼロではない」
「レイモン、そんな怖いことを今伝えなくても」
「母上、始めにしっかりと伝えておいた方がいいのです」
レイモンが王妃に説明をしている。
「討伐に行くだけの能力はあるの?」
給料という言葉につられたわけではないが、自分で収入を得ることが出来ればここを出るときに役立つと考えた。これも自立するための手段だ。
公的機関というからにはしっかりとした職業と考えてもいい。ますます、気持ちが前向きになる。
レイモンは手のひらを私にかざした。
「レイモン……」
エリアス侯爵は心配そうにその様子を見ている。レイモンがおろした手を見つめている。
レイモンは魔力を見ていたと言った。
(もしかしてそれほど魔力はないのかもしれない)
「正確なことは分からないが、訓練すれば討伐にも行ける」
「リコは討伐とか行かなくてもいいわ。ここにいなさい」
王妃が止めてくれるが、おそらく私に出来る何かが魔法かもしれない。そう思うとあまり恐ろしく思わなくなっていた。
「訓練したい」
「分かった」
ため息ともにレイモンは頷き、あとで連絡すると言って部屋を出ていった。
「リコ。ここを出ていくために無理しなくてもいいのよ」
王妃は私の手を握って言ってくれる。その言葉が嬉しくて泣けてくる。
「王妃様。私は前の世界では仕事をしていました。そしてお給料をもらって生活をしていたのです。何もしないのは気が引けて。誰かの役に立つのなら何かしていたいのです」
「リコは何かしたいのだな。それなら反対はしないが、二度も娘を亡くしたくないから危険なことはしないと約束してほしい」
エリアス侯爵の言葉に後ろめたさを感じながらも、王妃から無理をしないこと、と念を押されて承諾してもらえた。
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