第3話 貴族の生活
貴族の嗜みとしての教育が始まる。
この国の成り立ちから現在のことまで幅広く。この国の者なら必ず知っている内容だと言われて必死に覚える。これも自分の身を守るためだと言われれば苦にならなかった。
「このベティルカ国の王はハロルド様です。そして王妃のレティシア様がお産みになられた皇子がレイモン様、前王妃がお産みになられた皇子がネヴィル様。他には側室のダニエル様の御子様はアラン様とゾフィー様がいらっしゃいます」
「皇太子は前王妃の御子様ですか?」
「皇太子まだ決まっていません」
「何か理由があるのですか?」
レイモン皇子の年齢は分からないが見たところ二十歳くらいだろう。ネヴィル皇子が前王妃の子供だとしたらネヴィル皇子はもう少し年上のはずだから皇太子が決まっていてもいいはずだ。
「皇太子候補をネヴィル皇子とレイモン皇子と発表した直後、王は病で倒れてしまい、まだ決められていません」
前王妃は病で亡くなり、当時四歳だったネヴィル皇子はその後、レティシアが王妃になったとき引き取られレイモンと一緒に育てられたらしい。
そのネヴィル皇子は現在、視察に出ていて不在だが近いうちに会えるだろうと言われた。
私が召喚された人物と知らない人だ。それまでにこの国のことを少しでも覚えておかないと怪しまれる。
主だった貴族の名前と家族構成、大臣たちの名前も覚えるためにマリベルから渡された分厚い本を読んでいるとレイモン皇子が部屋にやってきた。
「リコ。授業はどんな感じだ」
「えっ? 呼び捨て?」
「親戚だからそのほうがいいだろう。リコも俺のこと呼び捨てでいいよ」
いきなりの呼び捨てに驚いたが、それなりの理由があるので納得した。
「分かった。レイモンね。で、どうしたの?」
「そろそろ別の事も覚えてもらわないといけないから」
「まだあるの?」
今でもかなりいっぱいなのに、これ以上何があるのか。
「舞踏会に招待されることもあると思うからダンスの練習とお茶会の練習も始めよう」
「舞踏会?」
「エリアス侯爵の養女だろ。王宮の夜会や他の貴族の夜会なんかも招待を受ける可能性がある。その時になって練習するよりは予め準備しておいた方がいいからダンスの先生も用意した。あと、お茶会も招待される可能性もあるから、それは王妃が指導してくださるそうだ」
「え~」
貴族の生活って結構大変だった。安易に考えていた自分は全力で後悔した。
翌日からダンスの練習とお茶会の練習も加わった。
ダンスの先生は宮中の礼儀作法の教える少し年配の男性でルベルト先生。
「リコ様、背筋を伸ばして、顔をお上げください」
どうしても足元が気になって、下向きになってしまうたびに叱られた。
必死に覚えたての足さばきを繰り返すが、間違えてルベルト先生の足を何度も踏んでしまった。
「あっ! すみません」
先生の足を踏んだのに気づき、謝るがルベルト先生は顔色を変えずに「もう一度、初めから」とだけ言う。おかげで小言を言われた方がマシのような空気感を漂わせながら踊り続けた。
おまけに普段あまり運動をしていなかったせいか全身筋肉痛でしばらく体の節々が痛くてたまらなかった。毎晩、マリベルにマッサージをしてもらい、全身の痛みをこらえながら毎日練習を重ねていくうちにルベルト先生の足を踏む回数は少しずつ減っていく。
ルベルト先生の授業だけでは不安なので部屋に帰ってからマリベルに手伝ってもらい練習を続けた。
王妃からのお茶会の指導は主に礼儀作法などを学ぶ場として活用された。
お茶会で招待されたときの席順から会話の内容など多岐にわたり、こちらも身分によっていろいろ作法があるようだ。そのひとつひとつを覚えるのに必死でお茶を味わい余裕もなかった。
「なにを考えているの?」
一緒にお茶を飲んでいると王妃が聞いてきた。
礼儀作法を学ぶためのお茶会だが、王妃様と二人だけなのであまり堅苦しくない。お茶も、ミルクと砂糖が入っていて疲れた体を癒してくれるので、つい考え事をしていた。
「覚えることが多すぎて少し疲れました」
「ゆっくり覚えればいいわ。もう暫くこの皇后宮に引きこもっていればいいのだから」
私の緊張をほぐしてくれるために言ってくれるのが分かるが、レイモンの話だとそんなにのんびりも出来ないはずだ。
「近いうちにネヴィル皇子に会うはずだとマリベルに言われています。それまでに最低限の礼儀作法と知識を覚えておかないと疑われるのではないかと心配で」
「ネヴィルは疑り深いから気を付けないといけないわね」
王妃も呑気に言ってくる。だから必死に覚えようとしているのに。
「ネヴィルはよく出かけているから会うこともないはずよ。あの子も余程のことがない限り自分から誰かに会おうとは思わない性格をしているから心配しなくてもいいわ」
「どこかで偶然会ったりしませんよね」
「あの子がここに来るのは報告がある時だけよ」
部屋に籠っていれば問題ないのか。少しだけ安心する。
王妃とのお茶会の帰り際、カナルシアにネヴィル皇子が来た時は教えてほしいと頼んだ。
カナルシアはネヴィル皇子に会いたいと思ったらしいが、その逆だと伝えると大変驚かれた。
出来るだけ会わないでいたい。その気持ちを理解してくれた。
その日は特に疲れていたので夕食のデザートが出てくるころにはウトウトして、オリビアに手を引かれてベッドまで行き、そのまま朝まで爆睡してしまった。
翌日はすっきり目が覚めて、改めてバルコニーから外の景色を眺める。
目の前に広がる公園のような庭園が皇后宮の庭だとマリベルが言っていた。皇后宮がこれだけ広いとなると、他の宮はどうなのかと想像がつかない。
もしもネヴィル皇子に遭遇した時の為に隠れるところも探しておいたほうがいいかもしれない。今度、庭を散歩してみよう。
呑気にそんな事を考えているとレイモンがやってきた。
「リコ!お茶会を開いてみないか?」
「無理! 絶対無理!」
リコは必死に抵抗した。
レイモンは練習の成果を出せば良いと安易に言ってくるが王妃の話し相手で精一杯の自分には到底無理だとレイモンに話した。
「そうか、でもいつかはお茶会を開催してもらうぞ」
レイモンの強迫のような言葉に震え上がる。
しかし、夜会は既に招待状が届いているようで、マリベルに頼んで断りの手紙を送っている。
夜会の断りを送るとかわりにお茶会の招待状が届いた。
王妃とレイモンに相談して暫くは全て断ることにした。
ダンスの練習も少しずつ減っていき、暇になってきた。
リコは宮殿の探検をしようとマリベルに案内を頼んで宮殿を出た。
魔道士の館や騎士団の官舎などを案内してもらい、ネヴィル皇子に会った時に隠れる場所を確認しておく。
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