第2話 偽りの身分
中園莉子は目が覚めて起き上がると知らない部屋にいた。それもかなり豪華な部屋だ。
寝ていたベッドは天蓋付。暖炉もある。部屋の窓は天井まで届く大きなガラス扉。
(ここはどこ?)
昨夜の行動を思い返してみる。
確か会社から出て気分転換にいつも行く展望台に行った。そこでガラスに映る不思議な服装の男の人たちと目が合って……。
(あれ?)
頭を抱えた。
仮装でもしている人がいるのかと振り返ったがあの服装の人たちはいなかった。もう一度、男の人たちは何か言っているように見えて、ガラスに手を触れるとガラスをすり抜けていた。
私はあのビルの屋上にある展望台から外に出てしまったのだ。
頬に冷気が当たって外にいると気づいて……どうしたんだっけ?
「起きられましたか。ご気分はどうでしょうか?」
「貴方はだれ?」
服装が……違う。ロングスカートでいつの時代のものだろうかと凝視してしまった。
「申し遅れました。私はレイモン皇子の侍女、マリベルといいます」
今、皇子って言った??
急に怖くなって布団をぎゅっと握った。
「お着替えとお食事の用意が出来ています。こちらへ」
敵意はないように見える。ベッドから出てみると部屋はかなり広かった。
マリベルが用意した服の中から比較的動きやすい服を選ぶとマリベルと同じような服装の女性たちが現れて着替えを手伝ってくれ、着替えが終わるころレイモンと名乗る人物がやってきた。
マリベルに促され椅子に座るとテーブルには食事が並べられた。
「急を要することですのでお食事をしながら話を聞いてください」
小さく頷く。食事はサンドウィッチにスープ、フルーツとデザートにケーキもあった。
食事をしながらでいいと言われたので、早速スープを一口飲む。温かく美味しくてお腹にしみわたるようだ。
サンドウィッチに手を伸ばす。ハムだろうか青い葉っぱみたいものが挟んである。こちらも一口食べてみる。美味しかった。
急に空腹感を覚えて無心にサンドウィッチを頬張った。
「足りなければ追加で用意します」
「ありがとうございます」
あまりにもガッツきすぎたのか足りないと思われたようだ。それでもサンドウィッチを一気に平らげてしまった。
食べながら聞いてほしいと言われたのに話し始める様子がない。
レイモンを見るが窓の外を眺めていたので気にしないで食事を続けた。
スープを飲み干しケーキとフルーツを食べているとマリベルがコーヒーを入れてくれた。
「名前を聞いてもいいですか?」
レイモン皇子に聞かれた。
「中園莉子です」
リコが答えるとレイモン皇子は目を細めて俯いた。
「貴方が教会で倒れていたところを見つけてここに連れてきました」
「ありがとうございます。あの、そろそろ私は帰りたいのですが」
陽が高くなっているのをみるともうお昼ごろだろう。
会社を無断欠勤してしまったことになるが、体調が悪くて保護されていたと説明できれば大丈夫だろ。
「帰れません」
「はい?」
「貴方は召喚されたと思われます。そして貴方のいた世界とは別の世界に来ています」
「べつの……?」
「召喚された衝撃で貴方は二日ほど寝たきりでした。そしてこの国では人を召喚するのは禁忌とされていて見つかれば処刑されます」
「どうして?」
処刑と聞いて怖くなってきた。先ほどまでの気楽さとは違う。
「誰かが何の目的で召喚したのか分かりませんが、貴方を利用しようとする者たちがいます。その為、貴方には別人になってもらいます」
別人?
手にしていたフォークを落とした。
「気楽にしてね」
「はい」
レイモン皇子の母親でこの国の王妃と会うことになった。
先程まで空腹を満たす為に食べていた食事はすっかり身体の中に入っていたが何処に入っていったのかわからないくらいだ。
レイモン皇子に言われてこの国に留まる為の身分が必要だと言われた。
今、目の前にいる人物は私の身分を用意してくれた人だ。
それにしても落ち着かない。のどが渇いてもいないが先ほどからお茶を飲みすぎてお腹がタポタポになっている。
カナルシアと名乗った王妃付きの侍女は私のカップが空になるとなみなみとお茶を注ぎ、私は場が持たなくてまたしてもカップに手を伸ばしてお茶を飲むのを繰り返している。
「私の兄でエリアス侯爵の養女になってもらいます。表向きは遠縁の娘を養女にということになっています。既に手続きは済んでいますので今日からエリアス侯爵の娘と名乗ってもらっていいわ」
「あの……これはどういいことでしょうか」
いきなり王妃の兄の養女といわれてもピンとこない。
「エリアス侯爵の養女になったからといってエリアス侯爵家で生活するわけではないの。私の話し相手兼行儀見習いとしてこの皇后宮で過ごせばいいわ」
「はぁ」
「暫くはマリベルからこの国の事や貴族としての作法など学んでね」
展開が急すぎてついていけない。
元の世界に戻れないのは分かった。そして私が召喚された者だと分かると良くないことが起こるらしい。その為、元からこの国にいる者だと思わせる必要があると言うことだ。
「召喚された者だとバレないようにしなければいけないと言うことですね」
「そう。あと、貴方の容姿について何か言ってくるけど何も答えなくていいわ。困ったら私かレイモンに言ってね」
「容姿についてですか?」
この国の人とは何か違いがあるのだろうか。
部屋に居る人を眺めてみる。それほど多くない人たちだ。
王妃と先程からお茶を注いでくれる王妃の侍女のカナルシア、マリベルとレイモン、そして今後、私付きの侍女になるオリビアだ。
違いが分からない。
「私の兄には娘がいたの。その娘に貴方は姿かたちがとてもよく似ているわ。だから親戚といっても疑われないと思うけど、その娘には特殊な能力を持っていたため貴方にもその能力があるのではないかと探りを入れてくる可能性があるわ」
「分かりました。何のとりえもないとでも思わせておけばいいと言うことですね」
「そうよ」
ここで私が気を付けなければいけないことは分かった。
それにしても、どうしてこうなったのか。とりあえず、衣食住は何とかなるみたいで安心した。
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