第1話 拾われる

皇后宮の廊下を歩くのはベティルカ国の皇子にだけが身にまとうのを許された深青色のマントを手にしている青年だ。

王宮の通路を歩くその青年に周囲の人たちは道を開ける。

「レイモン。それはなに?」

「拾いました」


この国の王妃は庭を散策するため廊下に出たところで息子が手にしているマントが気になり声をかけた。

しかしどう見ても拾うと言う言葉が合っているとは思えないが息子は平然と拾ったと言う。

マントの隙間から人の顔が見えたのだ、息子の言動に眩暈を覚える王妃。


「王妃様!」


ふらついた王妃に侍女たちが一斉に王妃の身体を支える。

立っているだけでも辛くなってくる、王妃は身体を支えてくれる侍女に身体を預ける。

なんとか身体を立て直し息子に向き合う王妃は皇子に告げる。


「レイモン。後で部屋に来て」


王妃は散策をやめて侍女に支えられながら部屋に戻ることにした。


「レイモン皇子。お部屋の準備が整いました」


皇后宮の侍従がやってきてレイモンに報告をする。


「分かった。どこだ」

「月の間です」

「この者のことは内密にするように侍女たちに言っておけ。それと侍女を一人用意して部屋につれてこい」

「畏まりました」


レイモン皇子と呼ばれた青年は再びき歩き出した。腕には黒髪の女を抱えて。



「濃いお茶を入れてくれるかしら」


侍女は傍の侍女にお茶を入れるように伝えて部屋の窓を開けている。

散策は取りやめになることを察知されているようで信頼できる侍女だと改めて思う。

窓から心地よい風が吹き込んでくる。ざわついていた気持ちが少しずつ落ち着いてくる。王妃は更に心を落ち着かせてから王妃は口を開いた。


「カナルシア。レイモンは何かよからぬことを考えていないわよね」

「レイモン皇子のお考えは私共には理解不能です」


カナルシアは茶菓子も侍女に用意させ、王妃の前にお茶と茶菓子が置かれると侍女たち全員退出させていた。

カナルシアの言いたいことは明白だ。レイモンは何時も私たちの想像も出来ないことを言い出す。そしてそれが必ずと言って上手くいくのだ。

王からの信頼があるからいいのだが、もしその信頼が揺らぐことがあればレイモンの命も危ぶまれる。今度は何を考えているのか王妃には検討もつかない。

この国では召喚は禁忌とされている。レイモンが禁忌を犯すとは思っていないが、もしかしてと言う考えが頭をよぎる。


王妃はお茶を一口飲んで心を落ち着かせて椅子に深く座りなおした。

先程のレイモンを思い出す。


「この国の服装ではなかったわよね」

「そうでしたね」

王妃の言葉に返事をするカルナシアも信じられないといった表情をしている。

召喚という言葉が頭をよぎる。

この国では人の召喚は禁止されている。

召喚した者は高い能力を持ち合わせている。それを利用して昔、王位簒奪を試みた者がいたため禁止されたのだ。

深いため息が出てきた。レイモンが召喚したとは考えたくないが……。もし、そうなら私はどうすればいいのか。不安な気持ちを抱えながらレイモンを待った。

カップの、お茶が無くなりかけた時カルナシアが言う。


「レイモン皇子がいらっしゃいました」


部屋に入ってきたレイモンは王妃の前の椅子に座る。

先程のマントは部屋に置いてきたのか身に着けていなかった。


「説明してくれるかしら?」

「あの者達がまた騒動を起こしました」

「また? 今度は何をしようとしたの」


あの者とは側室が産んだ娘とその婚約者のことだ。あの二人は度々問題を起す。

先月も問題を起こして王も出てきて大騒ぎをしていた。それを引き起こしている原因は側室のダニエルだ。その為、ダニエルは静寂の館に監禁されている。それなのにすぐ問題を起こすのだ。


「二人は教会に忍び込んでいたようです。ローサンは気を失っていて、ゾフィーは混乱していて詳しい話を聞けないとウォルターから報告がありました」

ゾフィーは側室の娘でローサンがその婚約者で魔導士だ、そしてローサンの上司であるウォルターは魔導士団の団長を務めている。


今度も側室のダニエルからの指示だろうか?そんな考えがよぎる。

ダニエルは仮の側室でしかない。それなのに王の子を生んだというだけで政治に口を出している。ダニエルが産んだアランは皇子としても認めてられていないのにだ。

今度は何を企んでいるのか?警戒心を持ってカルナシアに告げる。

「ダニエルの行動に注意をして!あと、ゾフィーがまた問題を起こしたみたい。そちらの動きも注意しておいて」

「承知しました」

カルナシアは部屋を出ていった。

「レイモン。それとあの人とはどう関係するの?」


団長が出てきているのは嫌な予感しかない。王妃は眉間を手で押さえる。


「教会に倒れていたので連れてきました」

「あの服装はこの国の人ではないわね」

「おそらく誰かが、召喚したのでしょう」


あっさりと連れてきたと言うけど、どこの誰かも分からない人を勝手に連れてきていいわけないじゃないと言いたいけどその言葉を飲みこむ。

誰かが召喚したとあっさり言うレイモンだがレイモンが疑われたらと心配になる。そんな王妃の心配をよそに平然としているレイモンは何を考えているのかと問いたい。


「これからどうするの?」

王妃は冷静を保ちながら聞く。

「あの者を保護して、関係者に探りを入れます」

「私は何かした方がいいのかしら?」


王妃は諦めた。

レイモンは既にあの娘を保護するつもりでいる。

これ以上何を言っても聞く耳をもたないだろ。


「あの者の身分を用意してください」

レイモンの言葉にまたしても驚く。

「レイモン。簡単に身分というけど、誰かも分からない者に身分は与えられないわ」

「一度、ご覧になってください。それでお判りになるはずです」


レイモンはまだ、やることがあると言ってどこかに行ってしまった。

仕方なく侍従が用意した部屋に向かう。


部屋にはレイモン付きの侍女、マリベルがいた。

少し警戒しているようで部屋を訪れた理由を告げると驚いていた。


「レイモンに言われて様子を見に来たの」

王妃の言葉にマリベルは部屋に入れてくれた。

「眠ったままですが、どうぞこちらに」


レイモンの名前を出すと警戒を解いて部屋に入れてくれた。

気を失っているのか。

先程の女は眠っていた。

マリベルの案内でベッドの脇まで行くと納得した。

レイモンが、言っていた訳がわかった。

「ありがとう」

マリベルに礼を言って部屋を後にした。

頭の中で情報を手繰り寄せながら自分の部屋に戻った。


「カナルシア、手紙を書くわ。それを急いでエリアス侯爵に届けてほしいの。誰にも気づかれずに」


抜かりなく、誰にも疑われない方法で完璧に騙さなければいけない。

王妃は皇子が何を言いたかったのか何となく分かってきた。それなら自分も出来る事をするまでだ。そう決意をして王妃は兄であるエリアス侯爵に手紙を書いた。

返事はすぐ来た。

レイモンが何を考えているか分からないと書いたのに。

エリアス侯爵はすぐにあの女を見たいと言ったきたので部屋に案内した。

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