第25話 四股クズ

 あの日から僕は変われたのだろうか。


 そう、ウィルは自問をする。何者でもなく、ただ諦めているだけの自分は変わったのか。変われたのか。


 彼は迷う。本当に強くなったのかと。その度に思い出し、気づかされる。



 ――自分が強くなっていると言う事に



(準決勝……まさか、ここまでこられるとは思わなかった……)



 ベスト16に入れたらかなり良い方かなと心の中ではそれなりの結果を考えていた。しかし、戦い続ける中で思ったよりも自分が強くなっていることを知った



(勇者ダンの修行は確実に僕に力を与えてくれている……勝つ、勝って……優勝だ)



 控室でウィルが拳を握り締める。既に控室には誰も居ない。殆どの者は負けてしまったのだから。だが、ふと誰かが彼の肩を叩く。


「ゆ、勇者様!?」

「どうやら、準決勝まで駒を進めたらしいな」

「は、はい、こ、これも勇者様の修行の――」


――そこまでウィルが言った途端、ダンはそれを手で制し、言葉を止める。


「全て……俺の計算通りだ」

「さ、流石です。ここまで見込んでいたなんて」

「うむ、まぁな。だが、よくやった。まぁ、計算通りだがな……そうだ、計算通りなんだ。では、あとは励め」

「は、はい! 激励感謝します!!」



 そう言って、ウィルは深々と頭を下げた。


(あの、勇者様が褒めてくれた……それで僕だけをこの会場の何処かで応援してくれている……絶対勝とう!)






――場所は変わり、もう一つの控室。ユージンは自問自答を繰り返していた。




――俺は強くなれていたのか



 ただ泣いて、苦汁をなめるだけ。強くなろうとも、強くあろうともせずにただ腐っていたあの頃から変われたのか。


 その問いに彼は何度も同じ答えを下す。


 己は強くなっていると!!


「よし、行くか」


 彼が準決勝の対戦、闘技場に向かうために控室に置いてあった椅子から立ち上がる。


「準決勝か」

「ッ!!」



 振り返ると鉄仮面をかぶった男が壁に寄りかかりながら腕を組んでいた。勇者ダン、その人である。


「あぁ、そうだ」

「ふっ、お前が準決勝に行くのは想定内だが……よくやった」

「ふっ、想定内か……どこまで見えているんだか……」


(一流の戦士には僅か先の未来が見えると言うが……こいつは数年先も見えているのかもな)



 ユージンはそう言って僅かに微笑みながら控室の扉に手をかける。


「よく見ておけ、俺が優勝する様をな」



 ユージンはそのまま部屋を出て行った。そのまま会場に向かって行く。向かいながらも彼は薄く微笑んでいた。勇者は自分が勝つと分かっていた、信じていたのだと。そう知って彼は嬉しくなったのだ。


 そして、彼が何処かで自分の雄姿を見てくれていると。それだけで彼は戦える。


「そうだ、思い出した。お前の猿真似をしている奴が居た。お前は強者であり、絶対的で不条理のような奴だ。頂点のお前に親しみはいらない、真似できない存在だから頂点なんだ。泥をかけるような奴の存在を許すなよ」



 それだけユージンは背中越しに伝えて、戦いに向かう。




 ――そして、場所は変わり、勇者の弟子テッシーの控室。


「お前が準決勝に来るのは分かっていた」

「ほんまか!? やっぱり勇者エグイわ! どんだけ先が見えてんねん」

「遥か先、未来を見通してこその勇者だ」

「エグイわぁ。まぁ、結果は分かっているやろうけど、ワテの戦い、ちゃんと見とってな!」

「あぁ」



(勇者って、ワテの応援の為だけにわざわざ来るって……ええやつなぁ)




 ――そして、場所は変わりアルフレッドの控室。


「私がここまで残るのは分かっていたとでも言いたげだな」

「当然だ」

「嘗て、あらゆる勇者達には世界の危機を察知する何らかの能力があると聞いた。神託などを授かる能力があったと聞くが、ダンにもそれはあるのか」

「そんな神とやらに頼るほど、弱くはない」

「そうか……いや、だからこその歴代最強か」

「気にしている場合か」

「私なら間違いなく優勝できる。他の面子も粒ぞろいだが……私には及ばない。優秀な血統、歴代の勇者の重荷がある。それにダンからの指示が大きいだろう。私に負ける要素はない」

「大した自信だ」

「事実の羅列に過ぎない。会場で私をよく見ておくといい、必ず優勝をする。後継として、優勝の花をダンに渡そう」




 アルフレッドはそう言って部屋を出て行った。



◆◆




 やっべぇ、皆弟子だから誰を応援していいのか分からん。いや、だってベスト4全部、弟子とは思わないじゃん? 全員に取りあえず叱咤激励をしたけども……。


 全然勝ち上がるの予想してなかったけど、メンツを保つには分かっていたと言うしかないよね?



 いや、どうしようか。取りあえずは鉄仮面を外して見守るしかない。試合が終わったら適度に励ましたりすれば問題ないだろう。うん、問題ない。行き当たりばったりでも問題はない。




「バン」

「あ、どうも。リンさん」

「こっから準決勝なんだってね?」

「らしいですね」

「……あー、さっきの偽教祖の話なんだけどさ」

「あ、全然強くなかったですね。勇者の偽物とか言ってたけど」

「あ、うん」



 あれ、結構手加減したつもりだがら、丁度見てたリンとサクラにも俺が勇者だと言うのは微塵もバレていないだろう。本当に強くなかったなぁ、てっきり俺の偽物だから魔王クラスかと思ったけど、全然だったな。


「あ、その弱かった?」

「え、あ、はい」

「……」(アンタ、自分が勇者って隠す気あるの? 冒険者基準ならSランク並に強いんだけど……サクラも全然見えてないって言ってたし)

「それより、あれはどうなるんですか?」

「騎士団が全部片づけるってさ……」



 なるほど。それなら、後片付けとか気にしなくて良いから良かった。



「あ、そうですか」

「そうよ」(ダンって、強さの基準がバグってるから他人との強さの基準が曖昧になっちゃうのね。高い所から見たら、人なんて点にしか見えないみたいな……)



 準決勝、ウィルとユージンの決戦を待っていると前のカップルがイチャイチャしているのが見えた。いいなぁ……俺も彼女欲しい。というか嫁が欲しい。結婚という人生の幸せを堪能してみたい。



「バンって、結婚願望あるのよね? 冒険者交流会言ってるくらいだし」

「そうですね」

「……」(何としても正体はバレないようにしておくべきでは? 私が美味しい空気今の所は吸ってるし……サクラやカグヤ、その他の一般人にバレたら凄く面倒)




 ウィルとユージン、どっちが勝つかな。そう言えば、明日は女子の部でキャンディが出場するみたいだし。そっちの応援も一応すべきかな。



「――いよいよ準決勝! ここまで勝ち上がってきた猛者を紹介しよう!! 東のゲートからぁぁ!! 気弱そうに見えて、既に何人もの戦士を陥落させてきた。見た目に騙されるなぁぁぁあ!!! ウィィィィィルゥぅぅぅぅ!!!!」


「――そしてぇぇぇぇ!! 西のゲートから入場だぁぁ!!! 実の兄にすら容赦をしない、修羅の男ぉぉぉ!!!! 強さを求め、ここまで完全無欠の強さを見せつけて来たぁぁあ! 次世代騎士ぃぃぃ、ユーーージィィィン!!!!」



 なんか、大会運営の人が前世で見てた年末お笑い番組の出囃子みたいなこと言ってる。


 まぁ、それは置いておくとして……どっちが勝つのか、見せてもらおうか。

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