EⅩ 遥かなる過去の死闘! 勇者対不死身王!!

 ウィルは日課の自己トレーニングをこなし終えてから、自身の住んでいるイシの村に戻った。両親の手伝いをしたりして時間を潰した後、休憩のために一本の木の下に腰を下ろす。



 彼の手にはとある英雄譚が握られていた。木に寄りかかり、木の葉が陰になる。まったりとした時間が流れる中でゆっくりと本の表紙を眺める。


『――不死の王と勇ましき者』


 本のタイトルにはそう書かれていた。ウィルはワクワクした様子で本を開いた――その前に彼に話しかける女の子が現れる。



「何見てんのー?」

「うわぁ!?」

「うわぁってなに? 幼馴染をお化けみたいに言わないでよ」

「あ、ごめん」

「まぁ、いいや。それより、なにそれ?」

「勇者ダンの英雄譚なんだけど」

「また? 何回読めばいいの?」

「えっと、あと100万回くらいかな……」

「え? 流石に嘘でしょ……?」

「あ、うん……もうちょっと読むかも」

「そう言う事じゃないんだけど……まぁ、いいや」



 メンメンは仕方ないなと言う表情のままウィルの隣に座る。鈍いウィルにも彼女が一緒に本を読みたいのだと言う事が分かった。



「不死身王イフリートかぁ……。あんまり私分からないんだけど……そんなに強い魔王なの? 印象無いけど」

「何言ってるの!? メンメン! 不死身王イフリートは物凄く強かったんだよ!!」

「へぇー、そうだったんだ」

「確かに勇者ダンが速攻で倒してしまったから僕達の記憶にはさほど残っていないのかもしれない。でもね、能力、魔法、身体能力、全体的な総合値は恐らくだけど勇者ダンが戦ってきた魔王の中でもトップクラスだよ!!」

「そうなんだ」

「いや、そうじゃないよ! 全部の魔王はとんでもなく強いんだ!」

「どっちなの?」

「とにかく、とんでもなくヤバい敵だったって話なんだ!」

「ふーん」

「能力、恩恵ギフトがやられても死んでも何度もでも蘇る能力なんだ。過去から自身の状態を現時点に持ってきて上書きをするから実質的にもほぼ無限とも言える。魔力と体力、そして命を持っている」

「それはそれは……確かに凄いね。命が何個もあるってちょっとずるいよね、魔王なのに」

「そうなんだよ! 命が何個もある。ここが恐らく最大にして最悪の強さだった。だけどね、さっきも言ったけど、過去の状態から自身を上書きする。それは、魔力すらも回復するんだ」



 ウィルは物凄く熱く語り掛けるが、メンメンにはあんまり伝わっていないようだった。しかし、そんな彼女にどうしても勇者ダンと戦った魔王について語りたいのか、彼のテンションはヒートアップしていく。



「魔族が使う魔法は異界魔法って言われているのは知ってるよね? 僕達の世界の一般的な魔法、妖精魔法とは色々と異なるんだけど……魔法の強さを測る物差しの部分、階梯については同じなんだ。この魔王は理論上は最高峰の十二階梯魔法を永遠に発動を出来るとも言えるんだ。だって、過去の状態を上書きできるなら、魔法を使って、魔法を使う数秒前の状態に戻ることも可能なんだから」

「確かにそう言われると強そうだね」

「強そうじゃなくて、強かったんだよ! 現に勇者ダンと戦う前に『七聖剣』が戦いを挑んだらしいけど、一回倒すだけで精一杯だったらしいんだ」

「七聖剣かぁ。聞いたことあるなぁ。Sランク冒険者だよね? そんな人達でも負けちゃうんだね」

「うん、剣のスペシャリストと言われる『七聖剣』がようやく一回勝てる……。Sランク冒険者は言わば、人類の最高峰とも言えるからね。話だけでもどれほどのものか……」

「そんな敵を勇者ダンはどうやって倒したの?」

「う、うーん、そこに関しては実は色々とぼかされたりするんだよね……。自身の命を身代わりに封印したとか、本当に倒したとか、別次元まで吹っ飛ばしたとか……英雄譚は沢山あるけど、それぞれ解釈が違ったりしてるんだ」

「へぇ……でも、どれが正しいのかな? 文字通り無限とも言える魔王を倒すのはいくら勇者ダンでも難しそうだけど……となると封印が一般的な解釈になるのかな?」

「……僕もそう思うんだ」

「なんで、勇者ダンはその事実をぼかすのかな? 封印したならそう言えば良いのに」

「……」



(それはきっと……自身の命を使って封印したと言えば強さの『底』が見えてしまうから……。彼は絶対不変の強者として抑止力がある。だから、強者の芯が揺らぐようなことは言わない、いや言えない。あくまでも自身は平和の化身として悪を退け続けると言う事だけを他者に示し続ける)



(かと言って嘘を言えば齟齬が出かねる。だから、深くは言わないんだろうなぁ)



(……僅かだけど、彼の考え方が以前よりも分かっている気がする。平和の為に、自分の命をただ捧げる奉仕精神の塊が彼なのだろう)




 勇者ダンについて以前よりも考え方が分かることに成長を感じるとともに、どこか焦りも湧いた。それが揺らぎ始めている。彼の強さの芯がぶれ始めている。彼の不変で絶対的な強さの『底』が見え始めている。


 それが見えたら、今までの彼の功績もただの過去のものになる。底が割れて、悪意が世界に蔓延してしまう。それが怖かった。それを自身が背負えるのかと不安にもなった。



「なんでだろうね。僕にもよく分からないなぁ」

「どうしたの? 顔色が変だよ」

「なんでもないよ……おーし! ちょっと修行してくる!」

「え!? また!?」

「うん!!」



 これ持っておいて! とメンメンに本を預けてウィルは走り出した。いつか勇者の背に必ず手を届かせると信じて。




◆◆



 ウィル達が勇者の弟子となる約11年前ほどになる。当時19歳であった勇者ダンの話である。



 勇者ダン、リンリン・フロンティア、サクラ・アルレーティアの三人は大都市ミレルザムと言うトレルバーナ王国から南に位置する場所に滞在していた。


「不死身王……そんなのが現れたのね」

「らしいね。次から次へと魔王が現れるなんて……どうなってるんだろう」

「でも、『神託』じゃ『七聖剣』の七人が倒すって言われてるんでしょ? だったら今回はアタシ達の出番はないんじゃない?」

「そうだよね……僕達は暫く何もしなくてもいいよね?」

「うん……だと思うわ」



 とある喫茶店の屋外の席に二人は座っていた。リンとサクラは紅茶を飲みながら、新聞を読んで一週間前ほどに唐突に宇宙より飛来した魔王について話をしている。



「僕ね、あの神託あんまり好きじゃないんだよ。神託者とか、神父とかシスターさんには悪いけど」

「前にも聞いたわ、それ。でも、同感、アタシも好きじゃないわよ。ほら、アタシ達ってさ、やたら神託されるじゃない?」

「うん、ちょっとやめてほしいって思う時ある……まぁ、勇者パーティーだからしょうがないと言えばそうなんだけどさ」

「神託をしたら胸が大きくなるとか、そう言うのがあればいいんだけどね……」

「え?」

「冗談よ。そんなのがあってもお断りしたいわ……。前それで大泣きしちゃったし……」



 溜息を吐きながらリンは頭を抑える。その様子を見てはははとサクラも苦笑いだ。周りでは伝説の勇者パーティーメンバーが居ると言う事で物珍しい物を見るような眼も向けられ、余計に頭がリンは痛くなった。



「そう言えばダンは?」

「ちょっと用事があるって。ほら、四日後に『勇者ダン祭』が行わなれるでしょ? それで色々あるとか」

「ふーん、そうなんだ」



 勇者ダン祭、それは勇者ダンの栄光と偉業と存在を讃える祭典である。幾度も勇者として魔王を退けてきた彼は正に現代の英雄なのだ。ならばそんな彼と讃える祭りがあってもなんらおかしくはない。


 彼と同じパーティーメンバーである二人が呼ばれているのもその為である。



「四日後ね……不死身王がその間に倒されると良いけど」

「流石に倒されるんじゃないかな? だって、七聖剣ってSランク冒険者でしょ? 僕やリンちゃんより強いって」

「まぁね……流石にね」




◆◆





「おい、例の七聖剣とやらどうなっている」

「負けたよ。一回倒せたけど、話にならなかった。命がほぼ無限にある魔王に手も足も出ず、見逃されたよ」

「ふん、愚かな」

「恐らくだが、敢えて七人を逃がすことでその強さを知らしめることが目的だろうね。わざわざ手を下す必要もない、圧倒的な強さで敵わないと思わせ人類に降伏をしろと言いたいらしい」



 

 傲慢な上から目線の物言いで勇者ダンはとある老婆に問いを投げかけていた。怪しげな暗めの個室。木の人形や、謎のガラス玉が部屋の至る所に置かれている。


 そして、勇者ダンと彼女を挟むように置いてある机には一際綺麗な水晶が置かれていた。



「どうやら、最近の神託はただのほら吹きになったらしい」

「あんた、その言い方、外で絶対するんじゃないよ。神父やシスター、あたしのような神託者には結構の言葉だからね。神を信ずる者達にはアンタの言葉は刺さり過ぎる」

「どうでもいい。それより、この後の神託はどうなる」

「分かり切っていることをきくね……神はこう言っている、大賢者リンリンと覇剣士サクラが不死身王を退けるとさ」

「詰まらんな。本当に詰まらん存在だ……」



 ギリギリと仮面奥で歯軋りとするような音が聞こえた。それを見て、老婆は溜息を吐く。


「あんた、やめなよ。そんな事をして何になるのさ」

「……ふん、それよりその不死身王とやらはどこに居る?」

「この都市から東だ……そこに奴らの一時的な拠点がある」

「そうか。ボイジャー、今回は礼を言ってやる」



 ボイジャーと言われた老婆は大きな溜息を吐いた。


「一人で行くのかい?」

「アイツらには何も言うな」

「あたしは別に構わないさ。ただ、良いのかい? 今回は強敵だよ?」

「神託関連でアイツらが泣く方が面倒だ」

「おや、かっこいいねぇ」

「それに俺と言う存在を祝う祭典を邪魔されたくはないからな。中止にでもなれば世界の恥だ」

「そうかい。だったらさっさと行きな」



 そう言われると勇者は鉄仮面の奥で僅かに嗤って、個室の戸に手をかける。そして、出て行く寸前にボイジャーは笑いながら小声でエールを送った。



「死ぬじゃないよ」

「当たり前だ、俺が死ぬなど億に一つもない」



 ばたんと戸を閉めて、彼は出て行った。



「全てはあらゆる人の為。顔も声も知らない、赤の他人の為に戦うか。人類の人柱にでも、あの子はなるつもりかね」



◆◆




「どうやら来たようだな。勇者よ」

「……」



 菫色に大きな部屋は照らされている。天井に綺麗な水晶があり、それが自ら発行して部屋を怪しい光を灯していた。



 その光を浴びて、両者は向かい合う。一人は魔の王、天より先の宇宙より飛来し、この小さき星を手中に収めようとする者。一人は異界の地の記憶を持ち、数多の魔を退けてきた者。



「俺の名は不死身王イフリート。まぁ、知っていると思うがな」

「御託はいい。とっととかかって来い」

「威勢がいいじゃねぇか、ただそう言ってお前らの最高峰は負けたがな」

「七聖剣か……。どうでもいいがな」

「そうか、ならばかかってこいよ。一回でも倒せたら褒めてやる――」



――王の首が飛んだ




 キンと勇者の腰の鞘に剣を収める音が木霊する。瞬きすら許さぬ神速の抜刀により、魔王の首を斬ったのだ。しかし、通常の生命体であれば首を切断されれば命はないのだが、相手は文字通りの不死の王。




「やるじゃねぇか。まさか、いきなり殺されるとは思いもしなかったぜ」

「なるほど、不死の名は伊達ではないらしいな」

「その通りだ」



 切られた首が時が戻ったの如く、再び胴体と接着していた。明らかに一度死んだと言うのに、本人はさも当然のような顔ぶりで首を鳴らす。



過去保存バックアップ。俺の恩恵ギフトだよ。勇者……過去の最善の状態を俺は常に上書きできる。例え息絶えたとしても、俺はそれを書き換え、死すらも超越をすることが出来る」



 傲慢に両手を広げて、天を仰ぐ。これ以上、己の上には誰も居ないかのように自由に声を荒げた。


「つまり俺は生命の頂点だ」

「頂点か……」


 上を見ていた視界が地に沈んだ。鈍い音が再び魔王の鼓膜に響く。



 ――再び、首が飛んだ


 また、あの鞘に剣を収める音が聞こえて来た。



(あ……? また殺されたのか? 俺は……まぁ、速い事は認めるぜ。ただなそれだじゃどうにもならないんだよなぁ)



(俺の過去保存バックアップはそう言う次元の話じゃねぇ。速い、という事は常に追い越した最強の能力なんだ。ある意味では絶対不変の時間に干渉をしていると言ってもいい)



(この男はを敵にしているに等しい。勝てるわけがねぇんだよ)




 魔王は何食わぬ顔でまた立っていた。死んだが死んでいずに、彼は何度もでも蘇る。



「だから、無駄――」

「――あと十回試すか」



 十回ほど首が宙を舞って、血の鉄のようなにおいが魔王の鼻をくすぐった。


「ふ、ふっははは、や、やるじゃねぇか。確かに剣の速さだけなら今までの中でトップだろうさ。だが、それで終わりだろ? 俺には勝てねぇんだよ。死が今までの勝利条件だったんだろ? 残念だなぁ、俺は違うんだよ!」

「……」

「今までの魔王とは訳が違うだろ? 何度も同じことを言わせるなよ、お前は勝てない。お前が勝てない要因はもう一つ、魔法の有無だよ。俺はな十二階梯の魔法を無限に打つことが出来る。そろそろ見せて――」

「――魔法は今更見ても学ぶことはない」



 魔法を発動をしようと魔力を高めようとした瞬間には首が飛んでいた。三度、時が巻き戻る。それを見て勇者は淡々と事実を述べた。



「なるほどな。巻き戻る、つまりは魔法を発動をしようとした時に殺せば、発動を使用するその前に戻るわけだ。巻き戻りつつ魔法を発動は出来ないか……」

「……ククク、その通りだ。だが、それを知ってどうする? お前には勝てる手段が――」

「――こうか」




 また、首が飛んだ



(っち、また死んだ……いや、ちょっと待て!? 首が取れていねぇだと!? 馬鹿な……確かに今確かに俺の首は飛んだはず……!?)



 否であった、首は飛んでいなかったのだ。まるで時を戻したかのようにぴったりと綺麗に首と胴体は繋がっていた。だが、それは可笑しいのだ。確かに不死身王イフリートは自身の首が切られる感触を味わった。


 しかし、胴体と首は繋がっている。自身の首を手で触り、感触を確かめる。確かにつながっている。



「解せないと言う趣だな」

「……どうせ関係ねぇよ、勝つのは俺なんだからな」

「なら、特別に教えてやる。勝つのは俺だからな。知られても何の柵もない。果物を斬った時、接地面を綺麗に寸分の狂いもなく繊維を壊すことなく斬れば、断面同士を合わせ、再び元に戻すことが出来る。俺はそれが生命でも実現を可能にする」

「――馬鹿な」



 生命体、しかも魔王と言う複雑な体を持つ俺の体を文字通り、寸分の狂いなく切断をすることが出来るだと――、その衝撃は彼の体に電流のように走った。一体どれだけの鍛錬と狂気を積み上げればそんなことが可能なのだろうか。


 そもそも本当にそんなことが出来るのか。ハッタリではないのか。


(あり得ねぇぞ。素の状態である意味では時間に干渉してるとすら言っていい。状態を切っても無かったことに出来るだと……ッ?)


(ハッタリ? 実はなにかしらの能力を持っていて、それを悟らせないためにわざと言っているのか? そうでもなきゃ、言わねぇ。自身の手札についてなんて)



(そうだ、そもそもコイツの異様な速さ。時間を止める恩恵ギフトを持っているとしても不思議じゃねぇね。だとするなら、何らかの条件を発動には必要で、そこに眼を向けさせないために……)



(いや、本当に本当なのか……たかが剣一本で超常的な概念の再現したとでも……)





「だが、この剣は使わない」

「あ?」

「俺は拳でお前と戦う。無限に生き返るお前に摩耗する剣は勿体ない。もっと言えばお前程度に剣は必要ない」

「ほう、噂の聖剣も使わないと?」

「いらないだろ。お前に……お前の能力は過去らか自身を引っ張ってくる。俺は一秒でお前を七回は殺せる。この七回はお前の蘇生を入れての七回だ」

「……」

「そして、俺と言う存在は常に光の速さで先に進む男。過去に下がって行くお前と頂上より先を常に歩ける俺。負ける要素はない。初めてだよ、こんな楽に魔王を倒せると思ったのは」

「――ッ」



 それは強者の余裕、勇者は圧倒的な自身の技術を見せつけ、その上でそれを自ら封印した。それは相手を精神的に追い込むため。自らを律しても倒せると言う事実を無下に告げる。



 傲慢でもあった発言。しかし、自然と嘘を言っているようには思えなかった、それを実現する程に強さがあると殺された自身がよく分かっている。しかし、しかしだ。己も無限の不死である。


 この男と、自身の総力戦が始まると魔王もニヤリと嗤った。



 そして、三日間、数秒にして約25万9200秒、勇者に無限撲殺をされ不死身王は自ら命を絶った。そして、世界には再び平和が訪れたのであった。





◆◆





「終わったぞ」

「知ってるよ、神託が消えたんだからね」



 勇者ダンが不死身王を倒して再び、神託者ボイジャーのもとに足を向けた。老婆の彼女は頭を抑えて、溜息を吐く。



「三日かい? 結構速かったんじゃないかい?」

「他愛もない作業だった。それで本当に神託は消えたんだろうな?」

「消えたよ。予言をあんたが横から吹っ飛ばしたんだからね」

「ならいい……」

「本当にあんたは変わってるよ。神託にも占いにもあんたの名前は何処にもないって言うのに」

「蟻に星は見えない」

「は?」

「小さな蟻に星を観測することはできない。出来るのは同程度、あとは僅かに大きい存在だけだ」

「なるほど、自身の存在は大きすぎて誰にも観測できないと」

「当然だろ? この世界で俺は頂点に立っているんだからな。誰が頂点の俺を理解できる?」

「傲慢だね……まぁ、確かに言い得て妙だけどさ」

「あとは俺は元からこの世界から逸脱しているからか……」

「なんだって?」

「いや、これも俺しか分からない事だ」




 勇者ダンは元は日本と言う場所で暮らしていたので、もしかしたら自身は世界の法則から一部抜けているのかもしれないと感じるが、それを言った所でどうにもならないと口を閉ざした。



「そうかい、まぁ、あんたも祭りは無事行われるようだし、楽しんできたらどうだい?」

「ふん」



 手を適当に振って彼は出て行った。




◆◆




(あー、これからどうしよう……。演説の予行練習までちょっと時間あるし)



 鉄仮面を外して、ツンツン頭にフツメンをさらして勇者ダンは歩いていた。誰一人として、彼の素顔を見て勇者ダンと紐づける存在はいない。


 祭りは明日からだと言うのに既に出店は出展されており、色々な物が売られている。



「そこの冴えない顔してる兄ちゃん!」

「え? 僕?」

「そうそう! この勇者ダンの聖剣饅頭はどうだい! 人生変わるよ」



(定価より高い、祭りあるあるだけど通常より高価にするんだよね。三日間不死身王ボコボコにしたら、ご飯食べる気分じゃない)



「ごめん、お腹空いてないんだ」

「なんだよー! これを百個食べたら勇者ダンみたいになれるのに!」

「えぇ……」



 変わった人が多いなぁと出店を回りながら思っているととある本屋のような物が眼に入る。本屋と言っても、風呂敷が広げられてその上に本が何冊か積みあがっているだけのものだ。



「これは、何を売ってるんですか?」

「あぁ、これは勇者ダンと大賢者リンリンの恋愛小説ですね。本人非公認ですが」

「えぇ……非公認ですか」

「面白いですよ。二人が騎士育成校に通っていたらと言う妄想を描いております」

「そうなんだ……買おうかな」

「面白いですよー、今日はもう一人お買い上げして下さった方が居まして流れが来ております」

「へぇ……どんな人が買ったんですか?」

「うーん、顔を隠していたので良く分からないですね。ただ、女性でしたよ、後、耳の形からして妖精族の方かと」

「へぇ……」



(こういうの買う人居るんだ……ちょっと怖いもの見たさで買いたくなって来たな)



「僕ハッピーエンド厨なんですけど、ダイジョブですかね? ほら、勇者ダンと大賢者リンって大分、性格変わってるから」

「心配はございません。確かにお二人共、大分屈折だいぶくっせつしている性格でありますがハッピーエンド保障であります」

「そんな屈折はしてない……まぁ、ありがとうございます」

「ただ、お二人共大分屈折しているので、ちょっとすれ違いあります」

「すれ違いかぁ……」



(現実ではこれ以上ない程にすれ違ってるし、本の中でもすれ違うのか)



「ですが、私があまりそう言う展開が好きではないのですれ違いは三ページほどで終了します。そのまま二人はデートとかキスとかします」

「買います」



 お買い上げありがとうございますと言われて、勇者ダンはお金を渡して本を受け取る。一体全体、何が書かれているのか不思議でしょうがないなと怖いもの見たさのような思いを抱きながら近くのベンチに腰を掛けた。


 こんな小説を読んで、もしニヤニヤして周りから変な人扱いされたら恥ずかしいなと思ったのか、口元に布のような物を巻いて、万が一、ラブ小説を読んでニヤニヤしてしまったとしてもバレないように細工をした。



「へぇ……ダンリンリンダン、なんだこのタイトル。……よくこれ俺の祭りで売る気になったな……」



 読み進めると確かにリンとダンのラブロマンスだった。思わず、恥ずかしさに悶えそうになったがそこはグッとこらえた。しかし、途中で読むのが恥ずかしくなって、読むのを中断して天を仰いだ。



 そこでふと気づく。隣に目元は黒いサングラスのような眼鏡で隠し、口元にも布を覆っているエルフが居ると。髪にもなにやら青い布を巻いており……とっても怪しかった。



「えへへ、こんなの言われたら困るわね」



(変わってる人多いな……あ、この人読んでるのダンリンリンダンだ! さっき買ったって言ってたのこの人だな絶対)



 思わず、彼女の本を直視してしまったのがバレたのか、さっと目線を向けられる。彼女もダンが本を買った事に気付いたようだ。



「あ、それ……買ったんですか? ダンリンリンダン」

「えぇ、ダンリンリンダン買いました」

「ダンリンリンダン、面白くないですか?」

「え、ぇ? まぁ、はい」

「アタシ、好きな人が居てこんな風になれたらなって思わず思っちゃいました」

「あ、そうですか……。でも、それには同感です」

「アンタ、じゃなくてあなたにも好きな人が?」

「えぇ、ただ、結ばれることはないとは思いますが」

「あ、すいません」

「いえ、気にしてません。それにその人が笑ってくれていたら何でも良いかなって最近思うようになってきましたし」

「……凄いですね。アタシはそんな風には思えない。その人の隣に自分が居ないときっと満足できない……。腹立たしいって思う時もあります。自分以外が近くに居ると」

「あー、確かに俺も同じですね」

「え? でも、さっき笑ってくれたらそれでいいって」

「うーん、何というか表向きも本心もそう言う事にしておきたいと言うか……心の中でもその子の前ではカッコつけておきたいと言うか。だから、本心の本心では凄い、嫉妬とか昔はしてましたね」



(ちょっと待って、俺凄い恥ずかしい事言ってない? ダンリンリンダンのせいだな、これは……。本の中の俺がほぼホストだから、思わず言ってしまった、恥ずかしい、帰ろう)



「あー、そろそろ僕は用事があるので」

「あ、はい。急に話しかけちゃってごめんなさい」

「いえいえ」



 その後、ダンリンリンダンを全部読んだ勇者ダンは、内容のあまりの恥ずかしさに演説の予行演習の時、顔が真っ赤だった。しかし、鉄仮面を被っていたので誰にもバレることはなかった。



「大丈夫、リンちゃん。顔真っ赤だけど、変な物でも食べた?」

「ごめん……変なの読んじゃって……」










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