第17話 デコピン
キャンディス・エレメンタール、通称キャンディと元婚約者との決闘を終えて数時間が経過した。彼女は自身の付き人メイドであるクロコに傷の手当てをして貰っていた。
消毒液を綿に誑してそれをキャンディの頭の傷にポンポンと乗せる。キャンディは傷に消毒液が染みているはずなのに一切顔に苦渋の表情を出さない。だが、彼女の顔は失意のどん底にあるようであった。
「あ、あぁあ……」
「お嬢様、元気を出してください。大丈夫です、人間は外見ではなく、内面です」
「……あんだけ暴言を吐いたらもう、無理……あ、あぁ、清楚な感じでずっと行っていたのに……」
「……お任せください、お嬢様」
ペタペタと絆創膏をキャンディの額に貼ったり、汚れを濡らした布で落としたりしながらクロコは彼女を頭を撫でた。そして、彼女達の居る保健室に勇者ダンが入ってきた。
「キャンディ」
「だ、ダン様……あの、その……先ほどは……」
「ん?」
キャンディは先ほどの戦闘で思いっきり自身の素を出してしまっていた。今までは好かれようと清楚な雰囲気で接してきた。口調も荒々しいもので使った事はないのでどうにも気まずい。
「さっきのお前の元婚約者は、お前と戦った記憶がないらしい」
「え? あ、そ、そうですの?」
「あぁ……以前からアイツとは親しかったのか? なにか以前とは違う可笑しい所とか気付いたか?」
「い、いえ……」
「そうか」
「……」
「……」
「それだけですの……?」
「他になにかあるか?」
自身の口調の変化とかに突っ込まれると思っていたのに特に何も言わないダンを、伺うようにチラチラ見る。どうにか弁明をしたいがどうにもできない。
「ダン様」
「お前はメイドだったか」
「はい。キャンディ様のメイドであるクロコです。実は先程のお嬢様の状態についてお話ししたいことがあります」
「聞いてやろう」
「実は……お嬢様には
「そうか」
ダンは興味深そうにクロコからの話を聞き続ける。
(そして、お嬢様の場合は感情が爆発してしまっているので素の性格が出てしまう。だけど、これを言ってしまうともうお嬢様は死んでしまうから……)
「そして、お嬢様はこの能力が発動してしまうと口調が荒々しく変化してしまうのです。それが昔からの悩みで、ちょっと恥ずかしいようです。見てください。お嬢様が気まずそうな顔をしています」
「……そうか。素の口調に見えたが能力による副作用だったのか」
「えぇ、そうなのです」
「そうか、分かった。俺は素に見えたのだが……そういうことなんだな?」
「えぇ、そうですね。はい」
ダンはそうかと言いながらこれ以上話は無いのかと聞いて、何もないと分かると保健室を出て行った。
「クロコ……わたくしは世界で一番のメイドを持ちましたわぁ! これでもう一回好感度はリセット! アプローチが出来ますわ!」
◆◆
そうか、あれが素ではなかったのか……。キャンディの素だと思ったんだけど……俺とか思いっきり自分を偽ってるからさ、ちょっと親近感湧いて嬉しかったんだけど……。
能力の副作用だったのか……。ちょっと、お? もしかして俺と同じか? 一瞬だけ期待したんだけどなぁ。残念だ。
やっぱり自分を偽って苦しい事をやっているのは俺くらいか……。まぁ、弟子に親近感を覚えようが、覚えなかろうがこれからに変わりはない。
キャンディは俺が思っていた以上に強かった。そして、後継者として期待が出来る。それでいいのだ。
◆◆
ウィルが冒険者として活動をし始めてかなりの時間が経過した。初めは初心者の駆け出しであった彼も今では少し慣れてきていた。
「はい。ウィルさん今回依頼はこちらになります。ウィルさん以外にも依頼を一緒に行う方が居ますのでその方と合流して依頼を行ってください」
「ありがとうございます」
「ウィルさん、頑張ってますね」
「ありがとうござます!」
爽やかな顔つきで、物腰の柔らかい性格はギルドの美人職員たちの中でちょっとだけ人気になりつつあった。
「そこの君」
「はい?」
そんなウィルに一人の少年が声をかけた。ウィルと同じ位の背丈だが雰囲気は彼と違って自身に満ち溢れている。若干嫌味のあるような笑みを浮かべている少年。
「ボクがその依頼を一緒に行う、ドランク・バリデーションだ」
「あ、ど、どうも」
(ん? バリデーション? 七聖剣の一人と同じ家名……もしかして)
「察したようだね、ボクは七聖剣の一人、ファング・バリデーションの息子だ」
「う、嘘……」
(うわぁぁあ!! Sランク冒険者の息子!? す、すごい!)
「ふふふ、皆、君のような反応をするよ。まぁ、今は父上に言われてボクは修行の身の上だけどね、いずれは父を超える……おっと話しすぎたね」
「いえいえ! もっと聞かせてください! 伝説を聞きたいです!」
「ふふふ、ボクの父親は文字通りの伝説だからね」
「すごい!」
「指南を受けているボクも凄いのさ!」
「お、おおー!」
(あれ? その理論だと僕は勇者ダンに指南を受けているから、とんでもなく凄い存在になるのかな?)
七聖剣の息子であるドランクが凄いと言えるのであれば、勇者の弟子であり後継者として育てられてる自分はもっとすごいのではないかと、意外と自身の立場は高いと言う事を悟る。
「さて、そろそろ依頼に行こう。あまりボクの足は引っ張らないでくれよ」
「は、はい!」
子分を率いる親分のようにウィルの前を歩いて彼はギルドを出て行った。ウィルは七聖剣と言う英雄譚に出てくる英雄の息子である彼について行く。
「今、修行中なんですよね?」
「あぁ、そうなのさ。ボクは自意識過剰とか色々欠点があるとか父に言われてね。それを直すために世界を知れと言われたんだ」
「へ、へぇ」
「まぁ、ボクの才能に嫉妬した父が手元に置きたくないと思ったんだろうけどさ」
「あ、そうですか」
ウィルは自信にあふれるドランクがどれほどの強さを持っているのか気になった。もしかしたら自身が強くなれるヒントが得られるかもしれないと期待をして、見逃さないように目を凝らした。
しかし……
「よし、あの巣を叩き切れば良いと言うわけだな」
「うん、でも、ドラッグビーの巣はあまり刺激をしない方が」
「ボクなら余裕さ」
「そ、そうなんですか?」
小さな蜂型のモンスターの巣を駆除するのが依頼なのだが、ウィルは少し心配だった。高ランクの冒険者であれば余裕で適切な処置が出来るのだが、初心者は毒針を持つドラッグびーに刺されて死亡をする。
だから、木の上にある巨大な巣を刺激しないように魔法でいきなり爆撃をしたり、薬で眠らせてから処理をするのが一般的である。しかし、彼はいきなり巣を刺激、それにとどまらずぶった切った。
「いや、いやいや!! これは――」
「――やばい!」
叩き切るといきなり蜂が大量に出てきた。あまりの量に驚いた二人は逃げ出すしかなかった。
◆◆
――任務失敗
ただ逃げるだけになってしまった二人はモンスター討伐の任務が失敗してそれをギルドに報告をした。若干気まずい空気感の二人だが、ドランクがウィルに指を指す。
「ボ、ボクは悪くないぞ! 君が教えてくれないからだ!」
「え、えぇ……」
「あのモンスターの特徴を細かく教えてくれていたら失敗は無かった」
「で、でも、僕の話聞いてくれなくて……」
「いやいや! 君のせいだな!」
七聖剣の息子と言う事もあって強く言う事は出来ず、更には彼の性格も相まってごめん、とちょっと頭を下げる。
「――いやいや、君、酸っぱい葡萄じゃん」
くすっと笑うように間の抜けた聞き馴染みのある声がドランクに飛んだ。ツンツン頭の青年、バンがドランクに詰め寄る。
「まぁ、失敗は誰にでもあるからさ、ウィルも強く言わなかったのは悪いのかもだけど、君は突っ走ったのも悪いんだから、ウィルだけのせいにはしないでよ。じゃないと本当に酸っぱい葡萄だって」
「す、酸っぱい葡萄? ボクが……というかどういう意味だよ!」
「取りあえず、今日は二人は解散しなよ。空気悪いし、周りも気まずそうだよ」
そう言われて、初めて周りの冒険者から注目されていたことに気付いた。ちっと舌打ちをしながらドランクは何処かに去って行った。子供のように我儘な彼を見て、バンは欠伸をしながらギルドの受付に向かった。
一通り話をした後は、よぉっとウィルに手を挙げて挨拶をする。
「いや、災難だったね。まぁ、失敗は誰でもあるからさ」
「あ、はい。色々ありがとうございます」
「ウィルは弱気だね。偶には強めに言い返しても良いと思うけど」
「あ、その、昔から言われっぱなしと言うか……癖と言うか」
「ふーん、気持ちで負けてるって感じがするからその癖は直した方が良いと思うけどね」
「あ……確かに……もしかしてバンさんがあんな風にかき回す言い方をするのは敢えてなんですか? その、精神的に常に優位を立とうとして……」
「ん? え?」
「あ、素の感じで……それなんですね。えっと、さっきの酸っぱい葡萄ってどういう意味なんですか?」
「イソップ物語に出てくる、狐と葡萄の木の物語があるじゃん?」
「いそっぷ? ものがたり」
「……そうか、俺の世界にしかなかった物語だから知らないのか。えっとね、僕の第二の故郷的な場所にあった本なんだけど、木の上の葡萄を取りたい狐が居たけど高くて取れず、それを自分は食べたくないと言い訳してとらない狐の物語なんだけど」
「第二の故郷……? すいません、よく分からないんですけど……とにかく秀逸な例えをしてくれたと言う事ですよね」
バンの言っていることがいまいち分かっていないが、助けてくれたのでぺこぺこお辞儀をするウィル。
「バンさんも依頼ですか?」
「僕は今度、トレルバーナの王都とエルフの国である冒険者交流会の申し込みに来たんだ」
「なるほど、そうだったんですね」
「そうそう。それも終わったから帰るけど」
「呼び止めちゃってすいません」
気にするなって軽く言いながらバンは去って行った。
(相変わらず、掴みどころの無いような人だな……。勇者ダンも底が見えないけど、あの人も見えない。そう言う意味じゃ、似ているのかな……)
◆◆
「徐々に伸びてきているな」
「ありがとうございます、勇者様……」
七聖剣の息子と任務をした次の日、ウィルは鉄仮面勇者と訓練をしていた。相変わらず、勇者は息一つ乱さないのに、自身はこんなにも疲労し、倒れて天を仰いでいる。
――本当に差は縮んでいるのだろうか
「もう一回、お願いします」
「そう来なくてはな」
立ち上がって、剣を構える。遥か上から見下ろす彼は淡々と告げた。ウィルの頭の中には勇者の動きが入っている。だから、ほぼ完ぺきに彼の動きを先読みできるはずなのだ。
だが、当たらない。
(絶対、動きは当たっているはずなのに……それなのに先に居るッ)
分かっているはずなのに、読み合いは自身の方が勝っているはずなのに……後だしジャンケンのように対応をしてくる。
(きっと、勇者ダンからしたら先読み、読み合いをする必要はないんだろうけど……だとしてもここまで差があると認識させられるのか……)
剣を振る、という行為に対して避ける。それを先読みして更に軌道を変えて連撃をする。相手の未来の先に多大な数の手数を置いておく。それによって相手の対応を超えて剣を届かせると言うのがウィルの確立しつつあるスタイル。
この間は幼馴染のダイヤにそれで剣を届かせた。しかし、勇者ダンはいくら攻撃をしても、どれだけ先を読んでも崩せない、懐に入れない。
鏡に反射するように的確に剣を置かれて、偶に手を振るって牽制をされる。
(ここから、ここから……)
「考え過ぎだな」
ウィルの眼の前に勇者の手が……中指を親指で抑えてデコピンをするような手の形が眼の前に一瞬で現れた。
――パチーン
中指を親指で抑えて、それが解放された。ウィルのおでこに抑制から解放された指が当たる。綺麗な音が大気と彼の脳を揺らす。
「いでえぇぇぇえええ!!!」
数メートル飛んで額を抑えて地面にウィルはうずくまる。ごろごろ地面に転がりながら、何度も飛び跳ねる。
「いでぇええぇええ、いだいだい!」
ウィルの額には赤い点が出来ていた。あまりの衝撃に皮膚が赤くはれてしまったのだ。
「少し休むか」
「あい、そうじまず……」
近くの川で布を濡らして、ウィルは額を冷やす。
「デコピン……あれってすごく痛いんですね」
「中指の動きを親指で抑制して、溜めた力の解放だからそれは威力はあるだろうな」
「……な、なるほど」
「例外はあるが基本的に最大限の力を出すには時間が、いわゆる溜めや、魔法でいう所の詠唱が必要だ。デコピンもそれと同じだな」
「……あ……もしかして、今の僕の欠点を指摘してくれてるんですか!?」
「ん?」
ん? 話の方向がちょっとおかしくなって来たなとダンはウィルを見る。しかし、そんな事はつゆ知らず、ウィルは頭を抑えた。
「そうか……確かに先読みによる最適の最速の行動は手数によるのが利点。でも、あまりに速過ぎるから僕自身の時間がない。だから、溜が作れず攻撃も軽い……よく考えたら速さばかりを最近追い求めて、基本の型、体の使い方に意識が向いていなかったかもしれません……。ただ速い攻撃、これをしてしまうと重い攻撃も出来ない……。両方を取るのは難しくても、両者が出来ておくと言うのは手札を増やすと言う事になりますよね……、なるほど、それを遠回しに僕にッ!?」
「……その通りだ。俺が答えを言うのは簡単だが、自分で見つけることに意味がある。だから、ヒントを散りばめておいた」
「ふぇぇぇ!! 勇者様の意図を理解できるなんて!! 嬉しいです!」
(ちょっと何を言っているのか分からない。まぁ、言っていることは分かるけど……一々デコピンに意味を求められちゃね……。取りあえず論理を説明してただけなんだけど)
眼をキラキラさせるウィルにうんうんと頷きながら適当に流す勇者ダン。二人は休憩を暫く終えると再び訓練に励んだ。
◆◆
ウィルは考えていた。どうしたら今の自分とは全く違う戦闘法を技術を獲得が出来るのか。
(速さを求めすぎて、溜が出来ていない。溜をするには時間が必要……でもそれをしたら、今までのように戦えない。ダイヤと渡り合えたのは先読みの速さがあったからだし……)
(勇者ダンの意図って……取りあえず手札を増やせって事だよね? あんまり一個を極めないうちから他に手を出すって良い事なのか分からないけど……)
勇者ダンとの訓練から数日たった後、ウィルはいつものようにギルドに依頼をするために訪れていた。
「あ、ウィルさん」
いつもの受付の美人職員がウィルを見つけて声をかける。
「どうも……あの依頼をしたいのですが」
「あー。今日は止めておいた方が良いかもです」
「どうしてですか?」
「実はホワイトゴイガーと言う狂暴なモンスターが付近で出没してまして」
「え!?」
「それを先ほど、討伐する依頼が発注されて受理されたのですが……暫くは動かない方が安全だと思います」
「……ホワイトゴイガーって……あの、僕も行っちゃダメですか?」
「……それは」
「なんか、行かないといけない気がして……だから――」
――彼の必死な眼差しでそう言われると拒むことが出来ずにウィルにも討伐についての依頼を渡す。
彼は何かを噛みしめるように走り出す。勇者を目指すなら困難に向かって行かないといけないと彼の魂が叫んでいた。
◆◆
己を高める為、遥かなる頂に立つ為、彼は……ユージンと言う少年は力を求めている。始まりはたった一度のとある英雄の背を見たことによる憧憬だけだった。元は大人しかった性格もがらりと変わり、周りから馬鹿にされていた引っ込みな態度も一変した。
ただ只管に、真っすぐに強さだけを彼は求め始めた。例えそれを得るために危険だと分かっていたとしても、手を伸ばせば届くかもしれない高みを前にして、躊躇なく彼は掴みとる。
そして、挑む
今もそうなのだ。
ホワイトゴイガー。二メートルほどの身長、白く堅い毛によって全身が覆われている。腕も鍛えられた人間の倍以上ある。姿かたちは動物のゴリラのようであり、動きも俊敏。
「――ガァァ」
ユージンもウィル様にホワイトゴイガーが居ると知って、それを倒しにやってきた。強さを求めるために敢えて危険に飛び込む彼の姿勢。
そして、ホワイトゴイガーはまだ強さに目覚めていなかった勇者ダンも倒したと言う話を聞いたことがあった。若かりし頃の彼は圧倒的な敵を前にして、自身よりも強い敵であったとしても敢えて、挑んだ。
さらに、それを倒し高みに登った。
(俺は俺の強さの為に……戦いに身を投じるだけだ)
腰の二本あるうちの一本を抜いて構える。ギラリと刀身から反射する光がホワイトゴイガーを照らして、そこから果てしない攻防がスタートする。
倍以上ある剛腕が無慈悲に振るわれる。彼がいつも相手にしている格上ほどではない。しかし、全く違うのは相手が確実に自身の命を奪う事に躊躇がないと言う事。
(魔法……それは使わない、剣技だけで倒す。勇者ダンがそうしたように……俺も自身を縛りその上で勝つ)
敢えて、魔法を使わなと言う選択肢を彼は取った。化け物の理性なき、拳の吹雪。一つの拳によって、地面に穴が空く。跳躍しつつ、首を斬るが剛毛と凝縮された筋肉によって弾かれる。
(長期戦……か)
細かく、そして少しずつ皮膚を削って行こうと判断し、それに伴って戦闘が長期になることを予想する。しかし、天然、そして、自然の中で生きて来た野生の獣は無尽蔵と言えるほどに身体エネルギーを持っていた。
「galalaa!!」
振り下ろし、薙ぎ払い、単調な攻撃である。だが、いや、故に先を読んで行動をしようと思っても、彼にはそれが出来なかった。自然の理性が消えている獣の動き。
常人ならきっと直ぐにやられていた。
(普通のFランク冒険者ならやられているだろうが……)
「舐めるなよ。俺が一体、誰から師事を受けていると思っている。獣の動き程度……避けるなど造作もない」
ユージンも日々成長を続けていた。格上との戦闘は常に実力引き出す最高の訓練であり、彼も強くなっていると分かっていたからだ。
それを見ていた、同じく依頼を受けていた冒険者達は驚きを隠せない
「あいつ……Cランクの俺より強くね……?」
「実力は間違いなくBはあるだろ……全部紙一重で避けてやがる」
「Fランクの動きじゃない……」
同じく危険な魔物と言う事で同行していた者達は自身達が必要ないと感じた。介入すれば強者の領域の邪魔をする事になる。かえって、足手まといだと悟ったのだ。
(勇者によって、俺の強さは飛躍している。負ける道理はない)
連撃、連撃、連撃。何百何千と繰り出される刃によってホワイトゴイガーの白の毛が赤色に変わりつつあった。血が流れ、刃によって肉を徐々に断ち切れるようになっていたのだ。
負けは万に一つもない、そして間違いなく彼の手の中に勝利は合った。だが、一つだけ誤算があったとすれば、魔物も生命。命の危機があれば生存本能で戦闘から離脱をすると言う事だ。
手元の砂を更にバラバラになるのではないかと思われるほどに握りつけて、ユージンに投げつける。恐怖の象徴から逃げるように全速力で戦闘領域から魔物は離脱した。
「っ、弱者が!」
逃げる相手に憤りを覚えて彼は追う。周りの冒険者も驚いて彼の動向を目で追った。すると、魔物の少し遠くに一人の少年が居た。黒髪の如何にも感じのいい少年だった。
「ウィルかッ、そこをどけ!」
ユージンが駆け付けたウィルに気付いて声を出す。ウィルもどうして、丁度駆け付けたら自身の方に近づいてくるのかは分からなかった。だが、来るからには相対しなくてはならない。
ここで逃がしたらはるか遠くに居る、誰かが傷つくかもしれない。それに眼の前の魔物は生きるために生存本能に従う。理性がない化け物であるから、何が起きるか想像もできない。
だから、彼はどかない。
剣の構えて、振ろうとする。しかし、その瞬間に彼は気付いた。
今のままでは自分が死ぬと
生きるか死ぬか、二つに一つ……ではなく、確実に自身は死ぬ。
(死ぬ、あ、これはきっと死ぬ。どくべきか……でも、それはダメだなんだ。勝てないからって立ち向かわなかったらいつまでたっても勇者にはなれない。彼もそうであったように、強敵を前にして僕は……)
(――成長をしなくてはならない)
(長期戦、先読みは使えない。明らかに長期戦をする状況でもない。そもそもそんな状況を作れない。一発で仕留める……でも僕の動きは強さは余りに……軽い)
「そこをどけッ! お前では無理だ! 俺がやる! 俺が、俺が! そいつを仕留める!!!」
ユージンが叫ぶ。普段物言わぬ、冷めたような少年が叫ぶのだ。『俺がやる』と『俺にやらせろ』そいつは『俺の獲物なのだから』と。
勇者を目指すために力を渇望する彼の覇気のような何かに思わず、どいてしまいそうになる。
(でも、違うだろッ、彼じゃない、僕が勇者になるんだろッ、そう、約束したじゃないかッ)
(誰でもない僕がなる……今、この瞬間に……)
覚悟を決めた彼は魔物進路からそれずにその場に留まる。そして、剣を構えた。今までの自分ではない新たな自分を確立する。
彼は右手に持っていた剣を引いた、刀身が体の後ろ側に伸びる。そして右手首を自身の左手で抑えた。
ギリっと右手に力を入れる。右手を前に進めようと自身の限界以上に力を直進に込める。だが、それを無理やり左手で右手首を抑え込み、進ませず力を無理やり抑制した。
一見、無意味な行動に見える。周りの冒険者達も一体、何をやっているのかと自殺志願者にでもなったのかと思った。だが、ユージンだけは違った。
何かがあると感じた。なぜなら――彼の姿が
(――なぜだ、なぜ
ウィルの姿が自身が唯一尊敬する強者に重なった。顔立ちは似ていない、そもそも勇者は鉄仮面を被っているので顔は分からない。雰囲気が似ているわけでもない。だが、似ていると思った、彼の眼には映った。
彼の目に映るウィルは未だに左手で右手首を弓を引くように抑えて、静止をする。そんな彼の領域にホワイトゴイガーが入った。
その瞬間、引いていた弓を放つように、デコピンをするために中指を抑えていた親指を放すように……左手を右手首から離した。
抑制されていた右手が爆発する。圧倒的溜から繰り出された刃、それはユージンをはるかにしのぐ、脅威の力で魔物の体を引き裂いた。
「っ!」
「「「!?」」」
誰もが彼の剣の動きに驚愕した。放った本人も嘘だろと言わんばかりに驚きを隠さない。真っ二つとなった魔物はそのまま絶命した。
「う、嘘……た、倒せちゃった……。これが勇者ダンが言っていた……強さへの答え……」
「……お前」
「あ、その……」
ユージンに気付いたウィルが気まずそうに顔を下に向けた。どけと言われたのに彼はどかなかった。それを怒られると思ったのだ。
「お前……一体……なんだ……?」
「え? う、ウィルって言います……」
「そう言う事じゃない……。あの瞬間、確かに見えた……」
「な、なにが?」
「もういい」
そう言ってウィルに背を向けて彼去った。
(あの攻撃、確かに高威力だったが……俺が削った皮膚と毛があったから一撃で真っ二つに出来た……。アイツだけの力じゃない……だが、明らかにウィルの……攻撃が致命打だったッ!!)
(魔法を使わなかったと言うのも言い訳にしかならない……)
ユージンはギリっと力が出るまで拳を握った。
(それに、あの瞬間、重なった瞬間……俺は引いてしまった。魔法を使って仕留めると言う手も使えたのに……俺はアイツに無意識に、引かせられた……ッ)
(まだだ。俺は……ここから)
憤りを隠さず、彼の前からユージンは消えた。ウィルは暫く放心状態であったが自身の成長を実戦によって感じ取った。そして、生死を超えて、己を凌駕した感覚は言葉にできないほどに魂に刻まれた
「……あ、ああ」
手が震える。魂も震えていた。僅か一瞬の出来ことであるがそれは彼にとって新たな力を齎した。
「勇者ダン……この成長を見越して……」
底知れぬ師匠。この異様な感覚すらも彼は幾度なく経験したと思うと……益々、知れば知るほどに勇者の背が遠くなっていった。
◆◆
ウィル達がホワイトゴイガーと戦闘している……一方その頃、トレルバーナ王国で勇者ダン、冒険者バンが冒険者交流会に参加していた。
ほぼ合コンみたいなものでバンもそこに彼女を求めてきていた。しかし、モテない。フツメンのFランク冒険者、誰が声をかけるのか。声をかけたとしても中々話が続かない。
勢い余って、昔の俺様系が一瞬出てしまったり、普通に価値観が現代日本人であった頃と似ているのでコメントが浮いてしまったり、中々馴染めなかった。
「不味い……全然話せない……」
もぐもぐサラダを食べながら辺りを見渡す。しかし、ほぼグループが出来ていて、今更そこに入っていけない。また、彼女が出来ないと彼は落胆した。
「一人なのね」
「あ、はい」
一人ぼっちのバンに同じく、バン以上に浮いている大賢者リンリンが声をかけた。
「暇ならちょっと二人で話さない?」
「別にいいですけど……何で僕なんです? 明らかに詰まらなそうな人間なんですけど」
「自分で言うのね……」
(やっぱり正体に勘付かれているのか……。うーん、でも完全に分かっているわけではないと思うんだが……)
(あと、俺の話し方、多様過ぎなんだよな……)
(勇者ダンの俺様系でしょ? 冒険者バンの好青年ウィルとか年下と話すバージョンでしょ? 冒険者バン年上に対する敬語バージョンでしょ? そして普通に俺の素の話し方でしょ?)
(メンタル可笑しくなるわ。顔多すぎて)
そんな事を考えながらリンの後をつけて、彼はベランダの外で彼女と話すことになる。
「冒険者活動はどんな感じなの? 頑張ってるのかしら?」
「あ、週一、出来ればいい位ですかね……」
「週一、結構新人って毎日活動位のイメージあるけど……」
「色々忙しくって」
「あ、そうなのね」
他愛もない会話をしているとそんな二人の元にとある人物が歩み寄ってきた。
「おやおや、久しぶりだね。大賢者リンリン」
「うげ……神託者ボイジャー」
「うげとか言うんじゃないよ」
白髪の老婆とリンリンは知人のようで憎まれ口のように挨拶を交わす。
「バンは知らないわよね? この人は神託を伝えてくれるボイジャーって人なの。アタシも何回も神託を伝えられたのよ」
「なるほど」
「今は、占い師もやっているがね。神託も未だにやっているよ」
「なんで、ボイジャーがここに居るのよ」
「それはあれだよ。最近神を信仰する者が減ってきているから……もうね、稼ぎがね……だから、ここで恋占いやって稼いでるんだよ」
「ふーん、なるほどね」
リンリンとボイジャーが二人で話を続けると、置いてけぼりのバンに悪いと思ったのか、ボイジャーがバンに話を振った。
「それで、あんたは……冒険者かい?」
「そうですね」
「折角だし、恋占いでもしてあげようかい?」
「あー、まぁ、お願いします」
「任せておきな……むむ? 全く見えないね……こんなに見えないのは今まで一人も……いや、一人だけ居たくらいだね……」
小さめの水晶でバンの運命を占うのだが全く先が見通せずにボイジャーは首を傾げる。
「どうしたの? バンのは見えないの?」
「その通りだね。全く見えないと言うのは勇者ダン……くらいしか今まで居なかったんだがね……。あんた、占いが見えないほどの星が大きい存在なのか……それとも見えないほどに星が小さいのか……」
バンは占いについては一切興味ないのか、ボケっと話を聞くにとどまっている。そこへ、ボイジャーに恋占いをして欲しいと言ってくるカップル冒険者が来たので、再び、バンとリンは二人きりになる。
「占いが見えないとかそんなことあるのね?」
「まぁ、あるんでしょうね。そもそも僕占いとか信じてないので興味ないと言うか」
「信じてないの?」
「はい……、全然信じてないです。手相とか、手のしわ見て何が分かるのかなって思います」
「そう言われたらそうね……神託は信じてる?」
「……あの御婆さんが言うんだったらちょっと信じます。ただ、基本的に神様はほら吹きが多いような気がしますね」
「それ、外で言わない方が良いわよ」
「そうします」
バンは本当に神託はどうでもいいようで、そのまま特に話も発展しなかった。バンはその後、用事があるので帰ると言って彼女の元を離れた。すると再びリンの元にボイジャーが現れる。
「おや、さっきの子はどうしたんだい?」
「帰ったわ」
「そうかい、もうちょっと詳しく占ってみたいと思っていたんだが」
「ねぇ、本当にバンとダンの占いの結果は同じなの?」
「同じというか、それすらも分からないのさ。ただ、勇者ダンはよく言っていたよ。占いとかくだらない。神託も聞く価値もない。俺と言う存在を測れるすべなど世界に無いのだから」
「相変わらず傲慢ね」
「そうさね。ただ、神託とか占いが徐々に信じられなくなっているのも確かさ」
「だから、ダンの信仰が強くなったんでしょ。神をほら吹き呼ばわりだし……」
「あぁ、聞いたよ。それのせいで結婚の話が無かったことになったんだってね?」
「そうよ……呪詛王倒した報酬としてアタシと結婚とか言われてたんだけど……その時にさ、一人の妖精族にダンが『神託』のおかげだって、一生感謝しますって言ったら……」
「それは有名な話だね。神とかただのほら吹きに一生感謝する暇があるなら、一生俺に足向けて寝るなって……言ったんだってね?」
「そうよ……昔から妖精族は神を信仰してたし、アタシなんて『神の子』とか言われてから荒れたわ。その結果、結婚の話が流れちゃったのよね……」
「ほほほ面白いね……」
「アタシは全然面白くなかったけどね……結婚の話無くなったし」
「そうさね。ただ、アンタの為に言ったんだ、そんな事くらい分かっているだろ?」
リンは分かっていた。勇者ダンと言う存在が仲間の身を案じて、それ故に神と言う曖昧な存在を嫌っていると。
「神託関連はダンに色々迷惑かけちゃったし……そのせいでダンが神を嫌っちゃうって……アタシ迷惑かけてばかりね」
「あまり負担に思っていないだろうから、心配はいらないと思うけどねぇ。それに、何度も言うが神託は徐々に精度が落ちている……当たらない、そもそも全く予期しない所から魔王が来たりもしているからね。それに勇者ダンと言う存在ももしかしたら認知すらしていないのではないかと言う位、一切触れない」
「……神すら把握できない、存在が沢山いるって事?」
「そう思って間違いはないだろうね。そもそも呪詛王だって神託には一切言われてなかったんだ。勇者ダンの誕生もね。神託に触れられない勇者の誕生なんて、歴史上一度もなかったんだ。それだけでもどれほど規格外か、当時は本当に荒れたよ」
「……元はさ、サクラが勇者になるって言われてたのよね?」
「そうさ。それを横から奪い取ったんだあの男は……神託すら把握できない強者……あの男はその頂点にいるのさ」
「……知ってるわ。ダンが負ける姿って、一切想像できないもん。底がもう誰にも、神にも魔王にも見えないんでしょ」
「世界からの逸脱者……力の片鱗すら未だ見れていないのかもね」
◆◆
「魔王バルカン、いや、新たなる呪詛王バルカン様……侵攻の準備が整いました」
「ほほほ。報告ありがとうございます。ではそろそろ取りに行きますか……異界の国を」
そこは魔界。勇者たちが住む、世界とは別の次元に存在するもう一つの世界である。そこには魔族と言われる凶悪な生物達が住んでいる。そして、その王は呪詛王バルカン。
「では、ここに宣言しましょう。真・呪詛王バルカンの名の元に憎き勇者に鉄槌を下し、全ての世界を私が支配すると」
再び、呪詛王ダイダロスが嘗てエルフの国、フロンティアに侵攻したように……真・呪詛王バルカンの魔の手が迫っていた。
「弱っている勇者など、恐れる必要はありません。最も、私の実力ならば全盛期の勇者であっても問題なく倒せますがね」
魔族の大衆にそう語りかける。新たなる王は手下たちを引き連れて、異界に攻め込もうとしていた。
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