第5話 勇者の子孫
勇者ダンという規格外の男が現れる700年前の話だ。
世界は平和であった。しかし、魔王という人類を脅かす存在が現れた。
魔王が率いたのは魔族と言われる存在でそれらは人を喰らい、都市や人類の繁栄に最たる害を与え続けた。
世界を闇が覆いかけた時、一人の男が最初の伝説となった。
誰も名も知らない、特別な家系の生まれでもない、唐突にその存在は現れた。才溢れ、善に生きて、誰かの為に剣を振る。
――その者を人は勇者と呼んだ。
彼は魔王という人類の脅威を倒し、人々から崇めれらた。当時のトレルバーナの国王は勇者に褒美として自身の娘との婚約を提案した。途轍もなく美しい娘に勇者は惚れこんでしまい、二つ返事で結婚を受け入れた。
こうして再び世界は平和になった。しかし、再び魔王は現れた。その時も、唐突に勇者は現れた。その勇者は王国に平和をもたらしたとされ、その時の国王も娘と勇者を婚約させた。
そして、次の勇者も……いつからか王族の中からしか勇者は現れなくなった。歴代、優秀で最高位の存在である血筋を取り込み続けたからだ。民は勇者としての側面を持つ王族を崇めた。
そうして、また魔王が現れた……。国の伝説を知る者は、歴史を語る者は、王を崇める者は再び王族の中から勇者が現れると信じていた。確信をしていた。
――歴史は塗り替えられた
まさに原点回帰、と言うべきか……名も知らない、特別な家系でもない、更には特別な才能も持ち合わせていなかった者が勇者になった。
歴史は崩され、伝説は塗り替えられた。ダンが現れた時、彼は全てを置き去りにして頂点に立ったのだ。
◆◆
俺はいつものように朝食を自宅で済ませていた。
「ダン、今日は何をするの?」
「母さん、ダンももう良い年の勇者なんだから一々聞かなくて大丈夫だよ」
「そうね……
「あ、今日は第三王子に会ってきます」
「そう……頑張って来なさい」
やはり、早急に実家暮らしを辞めたいような気もする。母が俺のことを心配し過ぎるんだよなぁ。それは父も思っているようで間延びのする声で言った。
「全く母さんは過保護だなぁ」
「帰ってくるたびに魔王討伐したとか言って、偶に死にかけたとか言って帰ってくるんだから当然だと思うけどね。次外出たら何言って帰って来るか分からないんだし」
「あ、それは母さんの言う通りだ。いやでもダンは勇者だからなぁ」
「確かにダンは自慢の息子よ。でも一体いつまでダンが危険な事をしなくてはいけないの? もう30よ」
「いやいや、ダンは
「だとしても、ダン位の年齢の子はもう、子供いるわ」
「いやいや、子供がいることがダンにとっての幸せとは限らないだろう」
「……それは、そうね」
確かに、それは母の言う通りだ。帰ってくるたびに何か余計なことを言うというか、危険な事をしてきたって報告される親の心境は落ち着かないのだろう。
俺子供出来たことないから分からないけど……そう言えば子供を庇って死んだんだよなぁ。
前世では20前半でトラックで引かれて死んでしまった。
あ、そう言えばあのトラックの運転手大丈夫かな? 人身事故って凄い賠償問題になると思うけど……自賠責保険ちゃんと入ってるかな? いやでも、入っててもダメだな。
そもそもドライブレコーダー付けてれば事件の詳細見れて過失割合とか減りそうだけど、あれはトラックが暴走して小学生を俺が庇ったから死んだわけだし、トラックの運転手は……
と、なんでもないような事を考えていると父と母は食器を片付けて家を出ようとする。
「ダン、父さんはギルドに出かけてくるからな」
「私は図書館にもう行くから、ダンもしっかりね」
「あ、はい。いってらっしゃい」
勇者としてのお金が入っても両親全然お金使わないんだよなぁ。ちゃんと働いてるし……俺も勇者とかフリーターみたいなこと辞めて、ちゃんとした職業探した方が良いのだろうか……。
うん、取りあえずは第三王子の所行くか……
◆◆
俺が住んでいるのはトレルバーナ王国と言う場所なのだが、その王都から少し離れた荒地。あまり人目が付かない場所、空き地とでも言えば良いのだろうか。野良猫とか偶にいるのが見える。
「ダン、私だ。来ているか?」
「来たか」
マゼンタ色の髪の毛が肩くらいまで伸びている男。顔つきは間違いなくイケメンと言える部類に入る。身長は172㎝くらいかな。年は15でウィルと同じなのに比べるとちょっと大きい。
「誰にもバレてないだろうな」
「当たり前だ。私はそんなへまはしない」
「そうか」
ユージンのように自信過剰というような性格ではない。淡々と己を過大評価もせず、過小評価もしない冷静な男。この国の第三王子のアルフレッド・トレルバーナ。
服装は白のタキシードに、胸元に薔薇を入れている。最高にダサい。
「ダン。今日はなにをする」
「実戦だな」
「そうか。木剣か」
「いや、お前は鉄でいい」
「私は鉄で良いのか」
アルフレッドはかなり強い。強さだけで言えば15歳の枠組みの中で最上位であるとも言える。まぁ、上には上が居るけどね。俺とか魔族とかさ。
「では早速戦ってくれ」
「あぁ」
そう言って持ってきていた鉄剣と盾を構える。彼は盾と剣を持って戦う勇者の王道スタイル。なんでも王族は初期勇者の血筋を継いでいるらしい。
だとするのであればやはり、勇者としての才能はあるのだろう。後継者候補として彼には期待している。
「ダンは木剣なのか」
「問題ない」
実は鉄剣持ってくるつもりだったけど、普通に忘れたのは秘密だ。木剣でも余裕で戦えるから気にしないけど。
「ドラゴン・フリッツ・アーツ!!」
そう言って上から剣を振り下ろすアルフレッド。何度聞いても最高にダサい。彼の剣には魔法が
それを俺は普通に木剣で受け止める。あっさり受け止められて驚愕しているのか、彼は一旦下がる。そして、今度は剣を盾にしまって、片手を出す。
アルフレッドはかなり強いので魔法アリの実践的な訓練をしているから魔法使っても良いと言ってるのだが……
「ノーブル・コズミック・シャボンディ!!」
ダサい。それを除けばイイ線行っていると思う。
彼が唱えた魔法は初代勇者が考案したとか言っていたな。古参勇者については詳しくないから魔法の詳細について知らない。ただ嘗ての勇者の子孫なだけあって歴代勇者の技が使えるのは非常に素晴らしい。
普通の敵ならやられているだろう。俺が相手でなければの話だけど。
シャボン玉のような虹色の球体が数十飛んでくるので全て切る。そして、ゆっくり歩きながら近づく。その度にシャボン玉が飛んでくるが全部切る。
切って切って切って、手が届く範囲にアルフレッドが入ったらデコピンをした。アルフレッドは数メートル吹っ飛んで気絶してしまった。
気絶させるつもりはなかったのだが気絶してしまったものは仕方ない。俺は近くの木に彼を寄りかからせた。
アルフレッドは後継者として育ててはいるが、オレから声をかけたわけではない。アルフレッドから声をかけてきたのだ。
『どうか、私を鍛えて欲しい』
丁度、後継者を探していた俺は彼を二つ返事でいいよと言ったのだ。王族という所がちょっと引っかかったがそれも些細な問題だと考えた。しかし、些細とはいえ、王族は全体的に、特に国王は俺のことあんまりよく思っていない感あるしな。
二つ返事で答えたが、一瞬だけ迷いながらの返答であった。
ただ、アルフレッドはそんな心境はないらしい。それに彼は凄いやる気に満ち溢れていたのだ。自分から後継者に成りたいと言われたのは初めてだった。
だから、俺も本気でアルフレッドを鍛えようと思ったのだ。
前世の高校生の時に、バイトで店長にシフト入れますって言った時に、店長嬉しそうにした理由がようやく分かった。
欲しい人材が勝手に来て、やる気に満ち溢れているとどうにも笑顔になってしまうのだ。鉄仮面で見えないだろうけど、アルフレッドが現れた時、ちょっとニヤニヤしていた。
気に入ったぞ。アルフレッド・トレルバーナ。
でもね!! アルフレッドは気に入ったがお前の父親は大嫌いだけどね!!!!
いや、本当に素で嫌い。昔から色々小言言われるし、扱い悪い時もあったし、何より平気で悪口言う時もあった。リンがブチ切れて魔法を放とうとした位だ。その時、リンが怒ってくれて嬉しかったのはいい思い出。
だけどさ、正直イラっと来たのも真実だ。言った方は忘れるのかもしれないけど、言われた方が忘れてないからね。もう、俺は今まで言われた嫌だったことノートに纏めてるからね?
俺昔からノートに色々書いてるからさ……忘れてないよ、国王。だが、それも許そう。
お前の息子が勇者になってくれればな!!!
◆◆
兄達もそうだ、勇者の子孫であるのだから勇者に成れと父に言われていた。
父は、勇者ダンと言う存在が酷く嫌いであったのだろう。嘗ては父が勇者として名を上げると父自身も祖父も民も思っていたのに。別の存在が現れ、それが誰にも成し遂げなかった偉業を作ってしまったのだから。
「勇者に成れ。勇者ダンから聖剣を取り戻せ」
「勇者ダンと言う曖昧な存在に世界を任せるのは危険」
父はそう言った。兄達もそれに釣られたのだろう、勇者ダンにあまり良い印象は持っていなかった。
ただ、私はそんな事はないと思っていた。彼の話は聞くだけで勇気を貰えるし、本当に愛に溢れているのだと思ったからだ。だけど……父も兄もそんなことはないというのだ……。どちらが正しいのか分からない。
父の事は大好きだ。勇者ダンも嫌いではない。だから……勇者に成りたい。
もし、父が勇者ダンへの嫉妬で虚言を吐いているならやめてほしかった。それに父は勇者という地位を渇望している。息子である私が勇者に成れば生きることに余裕が出るような気がした。
兄もそうだ。勇者ダンと言う偉大な存在に負けてはいけないと生き急いでいる。父の言う通り、勇者の本当の栄光を取り戻さなくてはいけないと焦っている。
父の周りにいる貴族もそうだ。勇者ダンが民の支持を得るのを恐れているのか、勇者という肩書を王族に戻したいらしい。
周りから、兄達も私も期待されている。
だから、だから、だから、だから、勇者に成りたい。
現代最強と言われる存在を越すには、その最強に師事するのが最も近道であると私は考えた。ただ、父が勇者ダンを嫌っているのは、彼自身も分かっているだろう。
今に至るまでに色々と厄介事を頼まれたり、小言を言われたりしているからダメもとで頼むつもりであった。
私は勇者ダンに声をかけた。王族という事もあり、勇者を呼んだのだ。定期的に騎士育成校で演説をすると聞いていたのでその後に彼と会った。
何回か見た事はあったがこうして対峙すると何とも言えない空気感を感じた。私の勇者の血筋が僅かに反応しているような気がした。聖剣をかつては持っていた一族の共通感覚なのだろうか。
「私は、勇者に成りたい……。だから、私を鍛えて欲しい」
「……いいだろう。アルフレッド・トレルバーナ。お前を鍛えてやる」
正直に言えば驚いた。二つ返事で彼は私からの頼みを聞いてくれた。一瞬だけ、もしかして私が第三王子である事に気付いていないのかとも思ったが、フルネームで名前を呼ばれてそんなことはないと理解をした。
彼は私が国王の息子であると知りながらも、私の頼みを聞いたのだ。
一体、今までどれだけ父に小言を言われて来たのかは定かではないが、彼からしたらきっと関係ないのだろう。もしかしたら、そもそもそう言った視点で物事を見ていないのかもしれない。
大きく、広く、遥か先を見て彼は何かを動いているように見えた。私もこういう存在になるべきであると感じた。
こうして、私は彼に師事することになった。
長い道になるが父も兄も、待っていてほしい。私は勇者になるから。
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