第5話 王城へ

 広場は大いに沸いていた。


 今代の聖女が誕生したこと、そして今まさにその聖女が聖騎士を任命したのだから無理もない。

 更に聖騎士が魔族ということが知れ渡ると、その反応は更に大きなものになっていく。


「魔族が聖騎士……?!」

「そんなことがありえるのか?」


 人間族が驚いたのはもちろん、魔族である氏族達、特に狼族の者達が沸いていた。


「聖騎士が魔族から選ばれるなんて!」

「狼族の少年らしいな!」

「こりゃすごいことだぞ」


 それもそのはず。聖女と聖騎士の伝説上、魔族が聖騎士に選ばれたことなど一度もないからだ。


「やれやれ、大変なことになりましたね」


「神官長様」


 ゆっくりとアイリス達の元にプルート神官長が歩いてきた。


「あの、私……」

「私も驚いたのは事実ですが、心配しないでください。これもきっと大いなる意思のお導きなのでしょう」


 神官長は穏やかな笑顔で祈りの仕草をした後、衛兵に押さえつけられている狼族の少年の元に近づく。


「放してあげてください。彼は聖女の聖騎士なのですから」

「いや、しかし」

「このことは私から王にお伝えします」

「神官長がそう言われるのでしたら」


 少し戸惑いながらも衛兵達が少年を自由にする。立ち上がった少年は自らの左手の甲に浮かび上がった盾の紋章を見つめる。


「オレが聖騎士……」


「大丈夫だった?」


 少年に怪我がないか、心配したアイリスが顔を近づけながら尋ねる。少年は視線をそらしながら答えた。


「だ、大丈夫だ。その、なんだ……助かった」


「お礼なんていいのよ」


 そんなことより、というような素振りでアイリスはずっと気になっていたことを少年に尋ねる。


「私、あなたに聞きたいことがあったの!」

「な、なんだよ」


 笑顔でアイリスが言葉を続ける。


「私達、自己紹介してなかったなって」

「……は?」

「あの時、お互い名乗っていなかったでしょ?」

「いや、まあそうだけどさ」


 少年はアイリスが何を言い出すのか、という表情を浮かべる。


「だから改めて自己紹介しましょう? 私はアイリス。あなたの名前は?」

「……ジーク」


 アイリスの質問に狼族の少年、ジークはしぶしぶ答えた。


「よかった! ずっと気になっていたの」

「お前、変わってるな」


「そろそろ、よろしいでしょうか?」


 ごほん、と咳払いをして神官長が話しかけてきた。そう、まだ事態が収まったわけではない。


「ご、ごめんなさい。神官長様。ほら、ジークも謝って!」

「す、すいません」


 アイリスの勢いに負けてジークも頭を下げる。

 ふっと笑って神官長は衛兵に広場の収拾をお願いし、部下の神官達も数人を残して教会に戻るように指示を出した。


「さて、本来ならアイリスだけの予定だったのですが……ジーク、貴方も来ていただきましょうか」


 自分のやったことはちゃんと理解しているようで、ジークは静かに頷いた。


「よろしい」


 アイリスとジークは神官達に囲まれるようにして歩き出した。衛兵達の協力もあって、安全に中央広場を後にした。王と謁見するということでアイリス達は緊張しているのか、ただ黙ってついて来ていた。


 しばらく歩くと目の前に王城が見えてくる。門番の兵士に事情を説明すると中に入る承認を得る。神官長はついてきてもらった残りの神官達にも教会に戻るように説明し、ここからは神官長、アイリス、ジークの三人で進むことになる。


 厳重な警備を何度か超えて三人は王の間がある大きな扉の前まで辿り着いた。扉が開き、中に入ると正面の玉座にはスペルビア国の王であるクラージュが腰かけていた。すぐ傍には宰相が立っており、その両側には大臣とみられる数人の者達の姿が見えた。


「陛下、神官長のプルートでございます」

「ああ、ご苦労だった神官長」


 神官長に労いの言葉をかけた王は次いで、その後ろを歩いてきたアイリスとジークの方を見る。


「神官長、連れてくるのは聖女だけと聞いていたのだが」


 首を少し傾げ、顎に手を当てながら王が尋ねる。

 その表情は余裕と威厳を感じさせていた。


「はい。少々状況が変わりました。こちらの少年は聖女が任命した聖騎士でございます。証の紋章も確認いたしました」


 神官長の言葉に周りにいた大臣たちが騒めく。

 それを王の傍にいた宰相が静粛にするように大臣たちに促す。


「ほう……魔族の少年が聖騎士とな」

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