第4話 彼が私の!
広場に大きな声が響く、ほんの少し前。
アイリスと一緒に女の子を助けたローブ姿の狼族の少年が、人目をさけるように路地裏を歩いていた。そんな彼の耳に大通りから声が聞こえてきた。
「今、中央広場がすごいことになってるってよ!」
「何でも今代の聖女様が現れたって話だ」
「!」
その会話を聞いた少年の目がはっと見開く。
気がつくと路地裏から大通りに出て走り始めていた。
ヒトの波を縫うように避けて走っていく。
そんな中、急に店から出てきた者達とぶつかった拍子にフードがずれ落ちた。
「ったく、ぶつかっておいて無視かよ」
「おい、今の顔……『族長』のご子息じゃなかったか?」
「確かに似てるとは思ったけど、こんな所にいるわけないだろ」
「いや、まさか密入国者って……」
ぶつかったのは同じ狼族の冒険者達だった。相手は少年の顔に覚えがあるようだ。少年は少しまずいという表情を浮かべたが、止まることはない。
背後から慌てて呼び止めるような大きな声が聞こえてきていた。その騒ぎを聞いたのか駆け寄ってくる衛兵の姿もちらりと見えた。
「止まってられるかよっ」
耳をピンと伸ばし、ヒトの声が多い場所を探る。
大通りをまっすぐ進み、大きく曲がった場所から大勢の声が聞こえてくる。
それがわかった少年は更に速度をあげて目的の中央広場まで辿り着いた。
「ここか」
広場には中央にいる者達を見るために多くのヒトだかりが出来ていた。
かきわけるように前に前に進んでいく。入口からほぼ正面の一番前に少年が顔を覗かせたその時だった。
広場の中心に見えた人間族の神官らしき者から宣誓がされたのだ。
「アルカディア教会、神官長プルートがこの娘アイリスを今代の聖女として認める!」
神官長の宣誓を聞いて、広場を取り囲んでいた聴衆が一気に声を上げる。少年は気にせず、宣誓した神官長の横に立つ少女の顔を見た。それはつい先ほど、一緒に迷子の女の子を助けた人間族の少女だった。
「アイツが、聖女……?」
その時、今まで張りつめていた少年の気が刹那緩んだ。
すると強い衝撃が少年の背中を襲った。
強い力で押さえつけられ地に伏せる。
少年が背後に目を向けると、そこには二人の王都の衛兵の姿があった。その傍には先ほど大通りでぶつかった同族の冒険者達もいた。別の衛兵に聞き取りを受けている。
おそらく自らの素性がバレてしまったのだと少年は気づく。抵抗するために力を振り絞るが、不意をつかれたために完全に背中を抑えられていて振りほどくことも出来ない。
「いたぞ、密入国者だ!」
近くで誰かが叫んだ。
◇◆◇
「くっ、放せよ!」
その様子を広場の中央、神官長の隣にいたアイリスも見ていた。押さえつけられて、声をあげている狼族の少年の顔には見覚えがある。青い毛並みに顔立ち、そして何よりも綺麗な琥珀色の瞳。あの時の少年で間違いなかった。
「あのヒト……」
「あの少年が王都に侵入したという魔族でしたか」
事情を知っている風に神官長が呟いた。
アイリスが事情を尋ねる。
「どういうことですか、神官長様」
「聖女を称えるお祭りということで、王都へフライハイトに所属する氏族から贈り物が運ばれてきたのですがその中の一つに侵入者が紛れ込んでいたという報告が王城に届いていたのです」
魔族とは細かく分けると全部で五つの氏族で構成されている。竜人族、悪魔族、妖精族、獅子族、そして狼族の5つである。
戦争が終わった60年前から正式な交流が始まり、今回のような祝い事の際はフライハイトとスペルビア王国の間で贈り物をし合うような関係になっていたのだ。
「どのような理由があれど恐らくあの様子では旅券はおろか、冒険者登録すらしていないのでしょう。そうなれば法を犯した罪で厳しい罰が与えられるのは間違いありません」
「そんなっ」
アイリスは迷子の女の子を助けた時の少年の言葉を思い出していた。
『困ってる奴を助けるのは当たり前だろ』
このままではあの狼族の少年は連れていかれ、厳しい罰を受けてしまう。アイリスは少年とはあの時一度だけ言葉を交わしただけだ。
だが、放ってはおけなかった。
何とかして助ける方法がないか考えた末にアイリスは一つの方法を思いついた。
「神官長様! 聖女は自分の聖騎士を任命できるんですよね?!」
「ええ。伝説の通り、聖女にはその資格がありますが……どうしたのですか?」
「ちょっとだけ、失礼します!」
アイリスは何かを決意したような表情を浮かべる。そして広場の中央から駆け出した。
「待ってください!」
「お前……」
アイリスは体を抑え込まれて地面に伏している状態の少年にかけより、少年の左手を両の手で握った。
「彼が……」
思い切り息を吸い込み、目を見開いて叫んだ。
「彼が私の聖騎士なんです!」
アイリスに突然自分の手を握られたことで少年の尻尾の毛が逆立つ。顔も次第に赤くなっていく。一瞬のことで理解が追い付いていないように見えた。
だが、はっと我に返って少女が口にした言葉を思い返し呟いた。
「……は?」
次の瞬間、少年の左手の甲が輝き剣を収めた盾の紋章が浮かびあがる。
剣を携えた盾の紋章、それこそが聖女に選ばれた聖騎士の証だったのだ。
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