第3話 私が聖女?!

「……鐘の音が聞こえました」

「その時が来たのだな」

「はい」


 中央広場を遠くに見下ろす建物の一室。その窓際に立つ女性が、奥の壁に寄りかかっている全身に鎧を纏った者と話をしていた。そして、部屋の外にいた兵士を呼び出す。


「何か御用でしたか、聖女様」


「教会の者に連絡をお願いします」


◇◆◇


 アイリスと同じように広場にいた者達もまばゆい光が輝くのは見えていたようだ。そしてその場所に立っていたアイリスに注目が集まる。沢山の声が次第に広がっていく。


「え、えっと」


 どうすればいいか、状況が把握しきれていないアイリスはただ狼狽えることしか出来ない。


「通ります。道をあけてください」


 そんな時、広場の正面から聴衆をかきわけてくる一団の姿があった。身なりからアルカディア教会に所属している神官達なのがわかる。


 アルカディア教会とは『世界の大いなる意思』を信仰しており、人間族と魔族の両方の種族共通の教えを説いている。ちなみに歴代の聖女もこの教会に所属している。


 一団はアイリスの目の前で歩みを止める。そして先頭を歩いていた他の神官よりも身なりの良い初老の男性がアイリスに近づいてきた。


「私はアルカディア教会、神官長のプルートと申します。貴方のお名前は?」


清楚で柔らかい表情に安心感を覚え、少し落ち着いたアイリスが答える。


「……アイリスです」


「それではアイリス。落ち着いて貴方についてと、貴方の身に起こったことを教えてくださいますか?」


「はい」


 アイリスは深呼吸をした後、自らがシルフォニア孤児院の出身であること、更に自らの身に起こった不思議な体験について神官長に説明した。話を聞いた神官長は傍にいた数人の神官達の顔を見ると一同が頷いた。


 もう一度神官長がアイリスの方を見る。


「アイリス、貴方は『大いなる意思』に選ばれたのです。つまり、貴方こそが今代の聖女ということです」


「私が……聖女?!」


「にわかには信じられないような話でしょう。ですが、その右手の甲の『花の紋章』こそが聖女の証なのです」


 アイリスはもう一度、自分の右手の甲に淡く光る紋章を見つめる。確かに孤児院で年少の子供達に読み聞かせている聖女と聖騎士の本の中にも『紋章』の話は出てくる。


 アイリス自身も小さい頃から知っていることだ。だが、その紋章が自分の右手に浮かびあがるとは夢にも思っていなかったのだろう。


「これが聖女の証……」

「そうです」


 そしてふと思い出したように神官長に尋ねた。


 「あの、孤児院の院長様には何て言えばいいのでしょうか」


 自らの心配よりも孤児院のことを心配するのはいかにもアイリスらしい。

 その反応に優しく微笑みながら神官長が答える。


「エレオス院長には私達から状況の説明をしておきますので安心してください」


「あ、ありがとうございます」


「では、私は私の務めを果たすとしましょう」


 少し落ち着いたアイリスを見たあと、やりとりを見守っていた聴衆の方に目を向ける。


 皆、様々な表情を浮かべてこちらの様子を伺っていた。


 広場の中央で神官長が高々と宣言する。


「アルカディア教会、神官長プルートがこの娘アイリスを今代の聖女として認める!」


 その宣言を聞いた聴衆からは大きな歓声が上がった。自分たちが今代の聖女の誕生の場所に居合わせたというのはとても貴重なことだからだ。


「あの、私はこれからどうすればいいんでしょうか……?」

「貴方はこれから王城へと同行して頂き、王に謁見して頂きます」

「お、王様にえっけん……」

「その後、貴方の聖騎士となる者を騎士団の中から任命して頂くことになります」


「は、はい」


 さすがのアイリスも次々と耳にする情報の多さにまだ混乱しているようだ。それを察してくれたのか、神官長は優しい言葉をかけてくれた。


 大勢の者たちが歓声に沸いているその時だった。


「いたぞ、密入国者だ!」


 広場の一角で大きな声が上がる。

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