第2話 魔法使い、労働者になる

 さあ、やってきました異世界。スウェットの上下にサンダル、手持ちは価値の不明な硬貨が数枚。いやぁ、詰んでるねえ。


 働かなくても生きていける世界? そんな甘い話は無いんですよ、奥さん。


 ついさっきも貰ったこの硬貨で何か食べようと思ったんですよ。路地裏を出てすぐのところに美味そうな匂いを漂わせる屋台がありましてね? 引き寄せられるように屋台の前に来てみれば、なんと美味そうな肉の串焼きがあるじゃないですか。思い返してみれば朝から何も食ってないなぁ、なんて思いながら屋台の店主に串焼きを一本注文したわけです。肉を焼いていた恰幅の良いおばちゃんが串を手渡してきて、それを受け取ると手のひらを出して銅貨二枚ね、なんて言うからとりあえず持ってた硬貨を二枚渡したの。そしたらおばちゃんなんて言ったと思います?


「アンタこれじゃあ少なすぎよ。計算もできないのかい?」


 ですって。思わず笑って誤魔化せないかと笑顔を浮かべたんですけど、産廃おっさんの汚らしい笑顔じゃ無理でしたね。




 はい、根こそぎ取られました。有り金全て渡してもどうやら少し足りなかったらしく、まあこんくらいまけといてやるよというおばちゃんの慈悲によって産廃おっさんは串焼き一本にありつけましたとさ。めでたしめでたし。


 どうすんのこれ。異世界に来ていきなり首くくるしかなくなったか? いいえ、おばちゃんから有益な情報をいただきましてね。


「アンタ田舎から出てきたクチかい? 手っ取り早く金が欲しいならギルドってとこに行きな。あそこに行きゃ仕事なんていくらでもあるからね」


 もう本当にあのおばちゃんに足向けて寝れないよ。お金に余裕ができたら通い詰めます、なんて話をしておばちゃんに頭を下げた後、俺はおばちゃんの指示通りギルドを目指していた。


 おばちゃん曰く、この大通りを真っ直ぐ行けば嫌でも見えてくるそうだ。


 延々と連なる屋台の大通りを歩いていると、さまざまな人種の人間が目に入る。


 外見は俺と差異の無い普通の人間や動物の耳と尻尾を持つ人やすらりとした長身に耳が横に伸びたエルフみたいな人。ずんぐりむっくりな髭面のおっさんが数人で固まって酒を飲んでいるが、あれはそういう人種なのだろうか。他にもどことなく虫っぽい人や背丈が三メートルくらいある人もいるが、これは極端に少ない。周りの人も目を向けているので、きっと珍しく人種なんだと思う。


 お上りさん丸出しで歩くこと二十分ほど。永遠に続くかと思われた屋台通りの突き当たりに、大きな煉瓦造りの建造物が待ち構えていた。


 その建物には扉が無く、絶えず人が出入りしている。やべえ緊張してきたぞ。しかし、ここに来るまで散々お上りさんムーブをかましてきたので、敢えてここは何の気負いもなく入ってみた。おっさんの無駄なプライドですすみません。


 まあ、中はあれだけ人が出入りしてるくらいだからね。盛大に混雑してますわ。どこの窓口に行けばいいのかまるで分からん。市役所みたいに案内してくれる人いないの? いない? そうですか……。


 仕方ないので一番人の少ない窓口に並び、順番を待つ。なんか周りの人がジロジロ見てくるんだけど、俺なんかやっちゃいました? むしろ何もやってないから見てくるの?


 周囲の視線に鼓動をばくばく鳴らしながら並んでいると、いつの間にか順番が回ってきていた。受付は綺麗な女の子だ、やったね。


「あの、お尋ねしたいことがあるんですけど」


「はい、どうしました?」


「実は私、田舎から出てきたばかりでお金を持っていなくて、屋台の店主さんから仕事が欲しいならギルドに行くといいと教えていただきまして……」


「では、ギルド登録からですね。登録はあちら一番端の受付になります」


「ありがとうございます」


 受付さんに案内された別の窓口に向かうと、そこはえらく閑散としていた。というか、入り口から見た時に誰も並んでいないので開けてない窓口なのかと思っていたが、どうやら並ぶ人間がいないだけらしい。窓口では書類作業をする女性が座っていた。


「あの、登録をしたいのですが」


「あっ、は、はい! えっと、登録ですね⁉︎ しょ、少々お待ちを!」


 何やら焦った様子で立ち上がって後ろの棚から一枚の紙を持って戻ってくると、その紙と机の端に置いていたペンを差し出してきた。


「こ、こちら登録用紙になります!」


「あ、どうも」


 貰ったペンを持ち、紙と向き合う。


 ——何一つとして読めないんだが。まさか文字がミミズののたうったようなものだったなんて。何これタイ語ですか?


「すみません、文字が分かりません」


「んぇ? あ、ああ、そうですよね! 私が代わりに書きますのでお名前と年齢、特技などを教えてください!」


「ありがとうございます。名前は海太、年齢は三十歳。特技は特にないですが、大抵のことは努力で補います」


「ウミタさん、ですね。で、三十歳っと……えっ?」


「えっと、どうしました?」


「ウミタさん、ご年齢は三十歳とのことですが、ほ、本当ですか?」


「ええ、本当ですけど……何か問題でも? まさか年齢制限ありとかですか⁉︎」


 おいおい勘弁してくれよ。年齢制限とかあるならマジで異世界に来て早々首をくくらにゃならんことになるぞ……!


「い、いえ! そうではなくてですね! 単純にお若く見えるので本当に三十歳なのかなって思っただけですので!」


 セーフ、セーフです! 若く見られただけだった! おっさん嬉しい! 好感度あがっちゃうゾ! おっさんからの好感度なんかいらないですよねすみません。


「はい、書けました! 次はこれをこの魔法道具に読み込ませることでギルドに会員登録し、登録が済めばウミタさんも今日から立派なの会員ですよ!」


「なるほど、ありがとうございます」


 ……ん? 


「あの、付かぬ事をお聞きしますが、冒険者ギルドの冒険者とは?」


「冒険者とは街の外に出て魔物をバッタバッタと倒したり、行商人の護衛や希少な素材を求めて魔物が跋扈する危険地帯を探索する者の総称です!」


「オーマイガー」


 おいら戦いたくないって言ったよね? ねえ、女神様? なのに気づけば労働組合に登録させられ、主な業務内容は戦闘って——おどりゃわしを舐めとんのか。


「あ、でも安心してください! 最初のうちは簡単な依頼しかできないようになっているので初心者でも安全にお金を得ることができますよ!」


「そうなんですね、よかったです。戦闘はあまり得意ではないのでヒヤヒヤしましたよ」


「わかります……! 私も研修でよく討伐依頼に連れて行かれましたけど、生きた魔物が怖くて怖くて!」


 いやアンタのそれは研修なんだから身の危険は無いでしょうに。こっちは守ってくれる人なんていないんだからそこらでくたばっても気づいてもらえないことだってあるんだからな⁉︎


 あり得るかもしれない未来に若干の恐怖を抱いていると、受付横の魔法道具からチン、と音が鳴った。


「はい、登録完了です! じゃあついでにこの場で今日の依頼も選んでしまいますね! と言っても、初心者の方はまず薬草の採集依頼しかできないですけどね」


「あ、じゃあそれでお願いします」


 こうして俺は冒険者になって初の依頼『薬草十束の採集』をクリアすべくギルドを後にするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法使い、異世界に立つ 綱渡きな粉 @tunawatasi_kinako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ