18日目午後: よそ者は災いを喚ぶ



糸の切れた操り人形は

二度と動くことはなく

惜しまれることもない

ただ一人惜しむ者がいるが

それを

愛すべきものという


燃え尽きたろうそくは

二度と燃え上がることはなく

水をかけられることもない

ただ一人水をかける者がいるが

それを

恨むべきものという


地に墜ちた流れ星は

二度と流れることはなく

輝くこともない

ただ一人輝かせるものがいるが

それを

照らすべきものという


母なる■□よ 父なる森主よ

家無き者がそちらへ向かいます

どうか

その御心で

聖なる家をお与えくださいますよう

お祈りいたします





 〈弔いの森〉の適当な所に適当な穴を掘って適当に小さな亡骸なきがらを埋めた。さっきのフェンスもギロチンも準備した時と同じで素早く片付けられて、広場にはもうほとんど人はいなかった。弔歌ちょうかを歌う巫女みこ“当番”は無表情に澄んだ声で淡々と歌い上げている。歌詞は亡くなった人に語りかけ、逝く先を案じる歌なのになんだろう、ずいぶん皮肉にも聞こえる。当番だからと言わんばかりに感情をこめず歌われるせいか、ここには「愛すべきもの」も「恨むべきもの」も「照らすべきもの」も無いのだと言っているようで。

「シュウ?」

 明日香に心配そうな顔で呼ばれた。ちょっと怖い顔してたかもしれないと思って表情を緩めたらもっと心配そうな顔をされた。そうだ、笑うタイミングじゃなかった。どういう顔をしていいのかわからなくなり目をそらした。埋めた跡に目印代わりに刺された小枝をただただ見つめる。巫女当番たちは最後に小枝の周りの土を固めるようにたたき、弔歌が終わった。

 歌が終わるなり当番たちは今日の夕飯やどこの〈苗〉が来て何を持ってきたとか全然関係無い話を始めて笑い合いながら〈弔いの森〉を去っていった。何もなかったように。

 彼女たちにとっては当たり前のことなんだろうなと思う。昔からそうだったから当事者にならないとわからない。

 弔歌の間押さえつけられていたキリが龐棐ろうひさんの手を離れて墓に近づいた。足を止めて見下ろし、そのまま座り込む。遺体を覆った土をそっと撫でて唇を噛み、何を思ったか急に掘り返し始めた。

「何してんだ、やめろって」

 縁利えんりがひじをつかんで地面からひきはがす。キリは簡単にバランスをくずして頭から土につっこみ、起き上がらないままひくっとしゃくりあげて大声で泣き出した。

「キリ……」

 ひじを離しても突っ伏したまま顔をあげない。ヤナギさんは放心状態で動かず、クワさんはおろおろと二人を見比べていた。

 しばらく無言で墓前にたたずむ。

「……修徒。何考えてるか当ててやろうか」

「なんだよ」

「この国の制度はおかしいって何で今まで言わなかったっていうさ、龐棐の言葉思い返してるだろ」

「そうだけどそれが何か?」

「それお前もだからな?」

 無言で公正を睨み返した。そんなことわかってるし、それを僕に言って何のつもりなんだろう。

「キリ。それ、何」

 昨日子がキリのそばに何か小さなものを見つけた。キリはやっと顔をあげてそれを拾い上げる。ぐず、と鼻をすすって涙を袖口でぬぐい、手に取ったものを大事に持ち直した。竹とんぼだった。

「誕生日プレゼント……。カシワのために、作ってた……」

 すっと立ち上がって棒の部分を両手にはさんだ。

「一年くらい前だけど新しいの欲しいって言ってたからさ……。せっかくだからよく飛ぶやつをあげようと思って。やっと飛ぶやつできたんだ。……カシワにも見せたかったよ」

 しゅるっとこすって放すと、竹とんぼはふわりと浮いた後高く高く上がっていき、上がりながら回って次第に回転がゆっくりになっていき、ポトリと墜ちた。


 切り倒された木々の枝を片付けるため、広場に戻った。根の方までえぐれているのはカシワの木だけだったが、他にも幹が真っ二つに割れているものやかなり深く傷の入っているものがあった。地面には枝に混じって木の食器類がいくつも落ちていて、カシワの木が切られた時にこの場に何人か人がいたようにも思えた。けれどいつもならこの時間誰かしら外で作業しているのに、村の住人は一人も近くを通らなかった。何が起こったか、誰か知ってるはずなのに。

「ねえキリ、今日処刑されたのはカシワちゃんだけ? 他にも何本も切られてるように見えるけど」

「カシワだけ。移木式済んでたの、カシワだけだったんだ」

「移木式の済んでない子はどうなるの?」

「予備の木があればそっちに。無かったら〈苗〉になる」

 栄蓮えいれんがえぐれた根のあたりを埋め始めていたが何か思い出したように手を止めた。薬箱を取り出し、何本か小瓶を手にとってからまた戻し、困ったように眺めていた。色々入っていそうだが木を治す薬は無いだろう。

「この切り口……」

 龐棐さんが幹を触って眉間みけんにしわを寄せた。途中で折れたように皮だけでつながり、その先は地面についている。するりと刀を鞘からひきぬき、近くの枝をパッと切り落とした。

「修徒。こっちへ来い」

 手招きされて近づくと切り口をよく見ろ、と切り落とした枝を渡された。すっぱり切れた枝は割れひとつない。一方折れた幹はいくつも縦割れが入っていて、切り口付近の皮がべろっとむけていた。折れたような形だなと思ったけど本当に折れたような割れ方だ。けどこの太さの幹をどうやって……。

「もしかして、リウロン……?」

「おそらくな。近くに隠れている可能性があるな」

「僕たちを追ってきたってことですよね」

「そして追いついた。今の所ここしか倒してないのは、木を倒した後広場に居た者がリウロンを無視して一斉に〈弔いの森〉に移動したからだろう。あいつはなかなかに好奇心が強い」

「じゃあ早く出ないと、葬式も終わって意味がわかったら……」

「我々を探し出すためにどんどん木を切ることも考えられるな」

 みんなで顔を見合わせる。飛行機は移木式があるから邪魔だと言われ〈弔いの森〉に移動させられたが燃料がない。ここは都合よくアンドロイドに連れ去られるか冬人さんに全員を瞬間移動してもらうしかないがどっちもあり得る話に思えなかった。

「なあちょっと」

 キリが割り込んできて龐棐さんを睨む。

「リウロンっての知り合いなのか?」

「仕事の同僚だ。早とちりしやすいやつで、今回もそれで追ってきてる……」

「それじゃカシワは、お前らが殺したようなもんだよな?」

 絞り出すような声に息をのむ。

「カシワを返せ! どうしてなんだ! なんでカシワが、殺されなくちゃいけないんだ! お前らのせい、お前らのせい、お前らがいなければ! よそ者がいなければ! カシワは死なず済んだのに!」

「キリ」

 うなり声をあげて縁利に襲い掛かった。意表を突かれて押し倒され、どかどかと容赦なく拳を突き込む。昨日子きのこがすぐにキリを蹴り飛ばして縁利から引きがした。キリはこちらをにらみながらさっと昨日子から距離をとる。

「縁利、大丈夫」

「痛ってくそ、あいつ……」

「うああああああ!」

 火事場の馬鹿力と言うのか、足元のやたら太い枝を拾い上げて思いっきり投げた。たいして高く飛ばなかったがそれはまっすぐに昨日子めがけてすっ飛んで行き、

ゴッ

 重い音がして昨日子の頭にぶちあたった。昨日子が頭を押さえてしゃがみこむ。

 今のうちにとまた縁利を標的に小枝を振りかざして走りこんできたキリを喜邨きむら君がつかんで止めた。

「このやろ離せ! みんな死ね! お前らのせいなんだ! お前らがいなければ!」

「お前卑怯ひきょうなんだよ。栄蓮をのぞけば一番小さい縁利ばっかり狙いやがって。俺らのせいじゃねーとは言わねーよ。けどな、カシワを殺したのは俺らじゃなくてこの国の制度だ。よそ者がどうこう言う前にお前がそこ変えろよ」

「うるさいな、お前らは何したら殺せるんだよ! 木が無い奴ら、何したら殺せるんだよ!」

 叫びの矛先が僕らではなくなり、喜邨君の手をふりほどいたキリが遅れて広場に来たクワさんに駆け寄っていく。クワさんは泣きじゃくるキリを抱えあげ、キッ、と暗い目でこちらを睨んだ。

「早く出て行ってください。あなた方を受け入れてしまったのが私の妻とはいえ……よそ者は災いしか呼ばない。本当に」

 行くぞ、と公正に腕を引っ張られて広場を離れた。


 森は静まり返っていた。この時間は結構人通りも多く生活音もしていたはずなのに誰もいない。ただ突き刺すような視線がどこからともなく向かってきていて、見張られているような居心地の悪さがあった。

どぉぉおん……

 どこかで何かが崩れる音がした。続けて三回。一瞬閃光がはしるのも見えた。

「龐棐さん、今の」

「……リウロンだ」

 急がないと。昨日子が栄蓮をおんぶし走り出す。

「シュウ危ない!」

 突然目の前に人が飛び出てきてぶつかった。条件反射で「すみません」と謝ってから凍りつく。光をぎらっと反射する刃が降ってくる……!

「修徒!」

 公正が体当たりしてその人がよろめき、ナタはぎりぎり僕にあたらず土に刺さった。ヤナギさんはすぐにナタを広いあげ、今度は公正めがけてぶん、とナタを振るう。ぬかるみに足を取られてたたらを踏んだところをさらに詰め寄られ、

「失礼」

 龐棐さんが割りいって鞘で手首を叩き落とした。嫌な音をたてて変な方向に手首がまがり、ヤナギさんが座り込む。ナタは取り上げて昨日子に割らせた。ヤナギさんは目を見開いたまま涙を流し、何も言わなかった。

 また崩れる音。〈弔いの森〉の方からだ。早く行かなくちゃ。

 小道を抜け、森を抜ける。途中何本か折れた木を見かけた。見覚えのある低木が倒れているのが見えた。確か、ココさんに連れられて一緒に行った……。誰だっけ。いや、今は考えている場合じゃない。

 〈弔いの森〉の広場に入る。飛行機はあった。そして見覚えのある軍服姿。手元でパッと閃光がはしる……!

「リウロンやめろ!」

「ああ、やっときた」

 リウロンが振り返り、こっちに風の塊が飛んでくる。炎の壁を出して難なく吸収したが足元の草むらに燃え移って一気に燃え広がった。

「おい龐棐!」

「すまん、つい……」

 幸い木の密集地からはまだ距離はある。「昨日子!」と声をかけると通じたようでこちらにうなずきかえして地面に手をあて、燃えている草むらの範囲の地面に地割れを起こして表面を崩した。僕は足元に集中して土を盛り上げる。数十本を一度に持ち上げるイメージ。ぐぐぐ、と小さい柱が頭をもたげる。ある程度の長さが出たところで昨日子がもう一度、僕の作った柱ごと地面を壊して草むらは土に変わり、鎮火した。うまくいった……。

 ふう、息をついたところでぐらっと視界が傾いてこけそうになり冷や汗をかいた。誰にも気付かれずに済んだみたいだけど、なんだ……?

 リウロンは一部始終を面白がるように眺めてからこっちに拳を向けた。

「伏せろ!」

 龐棐さんの声の後、押さえつけられて地面に伏せる。ゴッと風音がして空気の塊が頭上を通過し、後ろの何かにぶちあたる。少し間をおいて、ギギギ……と軋む音。また誰かの木を倒しかけている。

「やめろリウロン、木を倒すな! その木は……」

「倒すと拠り所にしている住人が殺されるのだったな?」

「お前わかっていて……!」

「俺の管轄じゃ無いからな」

 聞いたようなセリフを口にしてふっと笑う。

「ここはレフトじゃない。だから俺はここの住民がどうなろうと特に興味はない」

「無関係の者を巻き込むなと言っているんだ!」

「どの口が言ってるんだかな」

 また空気の塊が飛んできて、今度は僕が柱を横にたくさん並べて壁みたいにして遮った。でも強度が足りずにくだけ、霧散する。勢いは弱まったが目に見えない塊が後ろへとんでいき、誰かの木の枝を折る。

 誰の木なんだ、今度は誰を殺すことになる。もうやめてくれよ。

 リウロンが放った次弾を太い柱を一本たてて防ごうとする。微妙にずれていて柱は途中で折れて空気の塊の勢いを殺せなかった。その間に龐棐さんがリウロンに近づき斬りかかる。

 これで空気の塊はとんでこなくなった。しかし見ていると勝負は龐棐さんの方が分が悪い。加えてリウロンさんの腰にはホルスター。剣の他にもう一つ武器がある。

 援護しようと足元に集中する……

「っ、おい修徒」

 肩をつかまれて集中がとぎれ、伸びかけていた直方体が消えた。

「なんだよ、邪魔するなよ」

 住人が襲ってきたかと思ったら曹だった。氏縞も遅れて肩をひっぱる。なんなんだよ。

「お前顔真っ青だぞ、大丈夫か?」

「へ」

「俺ら〈力〉使えないから分かんないけど、〈力〉ってそんなバカスカ使って大丈夫なもんなのか?」

「いや、僕もわかんないけど……うわ」

 さらに肩を引き寄せられてバランスをくずし、こけそうになって慌てて曹につかまって立て直す。確かにかなり頭がぐらぐらする。

「慣れないくせに使いまくるからだ」

 公正がため息をついて何かを投げてくる。うまく受け取れずに尻もちをついた。僕のリュック……?

「明日香たちが取りに行ってきてくれたのさ。ここは任せてとりあえず飛行機に行こう。ちょっとでも燃料が残ってればいいけど……」

 頭上をまた空気の塊が通過した。あおりを食らった龐棐さんが地面にひっくり返り、リウロンがそこに襲いかかる。とっさに柱で邪魔しようとしたがズキンと頭痛が走って集中がとぎれてしまい、何も起こらなかった。龐棐さんは地面を転がって刃を避け、数メートル離れてリウロンと向き合う。


「こっち! 早く!」


 声が響いた。冬人さんが飛行機の方から走ってきていた。ここにいたのか。

 縁利たちがバッとそちらへ走り出す。行かなきゃ。でも、リウロンさんを止めないと。

 ブン、と頭上を空気の塊が通る。

 縁利、栄蓮、明日香が次々に飛行機に乗り込む。冬人さんはそこからこちらには来ず、早く来いと僕らを呼ぶ。氏縞と曹。喜邨君も飛行機に向かい、喜邨君は乗り込み口に体を持ち上げられなかったので冬人さんにタッチされて姿を消していた。

 空気の塊は何度も飛ばされ、広場の周りの木の何本かが倒れ始めていた。大きな一発がまた別の木にあたりバキバキと轟音をたてながら他の木をまきこみ大木が傾く。

「待て、こいつを何とかしなくては……」

「早くしろ!! 僕たちがここにいなければ、そいつも木を倒す意味は無いんだよ!!」

 叫び声になぜか背筋が凍りついた。冬人さんの蒼い目がこちらを睨んで光っているのが怖くて、なぜか怖くて足がすくむ。

「龐棐はん、リウロンを相手にしとる場合やない、はよ行かな」

 くそ、とうなってリウロンの剣を勢いよく刀ではじき返し、全員で走り出す。追ってくる足元を昨日子が壊して時間をかせぐ。

 僕らの飛行機の向こうにもう一機飛行機が見えた。もう少し大型のレフト軍機……リウロンさんの飛行機だ。そうか、そこから燃料を。

 今日破と公正が機内に乗り込む。龐棐さんは追ってくるリウロンさんに足止めされてなかなか進めない。僕と昨日子もサポートに入ってるので置いていくわけにもいかず応戦する。龐棐さんは追ってきたリウロンさんを見て僕に一言「頼んだ」」とだけ言ってどでかい火炎弾を放った。慌てて大きい壁を作って避けられた後の残り火から森を守る。頼んだ、だけでわかるか。昨日子がその壁をくずしてさらに追い打ちをかけようとしたがうまくいかなかった。

 冬人さんがパッと至近距離に現れて全員をタッチし、いきなり飛行機まで数メートルのところまで移動させられた。リウロンさんが驚いたように広場を見回しこちらを見つけると同時に冬人さんが現れて問答無用で機内へ瞬間移動させられた。座席から数十センチも上だったので落下してしばらく悶絶した。機外でボンと爆発音がして窓にびたびたと泥がかかった。たぶんリウロンさんが空気砲を地面にうったんだろう。

 数秒後、操縦席に冬人さんが現れる。バチンとかなり強い閃光が数回走ってからエンジンの起動音があり、空中で急発進した感覚があった。シートに押し付けられて息がつまる。苦しさをこらえて顔をあげ、横目で窓を見たけど既に森は見えず真っ暗だった。

「修徒、心配するな。あんだけ何度も撃ち続けてて、俺らがいなくなってしまえばあんな疲れるもん撃つ必要なくなるからあれ以上木が倒されることもないさ」

 公正が何を勘違いしたのかそういってリラックスしとけとばかりにだらっとした座り方に座り直した。確かに前みたいに離陸直後から空気の塊が追ってくるようなことはないけれど……。

「おい冬人」

 龐棐さんがため息まじりに操縦席に声をかける。

「何ー?」

 少し疲れてはいるけどいつも通りの口調が聞こえてちょっと安心した。さっき感じたあの怖さは、きっと気のせいだったのだ。

「操縦代われ」

「えー」

 見ると右の二の腕がざっくり裂けて結構な量の血がぼたぼた垂れていた。腕をあげていられないのか操縦桿に手の甲をのせるようにして器用に動かしている。あーもう、どこでやらかしたんだそれ……。

「龐棐さん飛行機運転できるの?」

 龐棐さんはうなずいて栄蓮の前に両手を広げて見せた。

「飛行機の運転は軍学校の必修項目だからな。同期で十本の指に入るくらいの腕はあるぞ」

 冬人さんがしぶしぶ龐棐さんと席を代わる。運転したいのに……とかいうから明日香に頭をたたかれていた。運転したいなら利き手を怪我してくるんじゃない。幸い見た目のわりに傷は浅かったようで、止血用にガーゼとテープをはりつけ包帯で固定して処置は終了した。さっきのリウロンさんの攻撃を食らったのかと思ったがどうみても刃物傷だ。

「この怪我、どうしたの」

「んー。ちょっとねー」

「ちょっとじゃないから。これ浅いけど縫ってもいいぐらいの傷だよ」

「明日香ちゃんが止血してくれたでしょー。大丈夫だよー」

 にこにことはぐらかし「ありがとー」と頭を傾けるので聞きづらくなり、明日香は不満そうに口を閉じた。

 たぶんココさんだなと思う。僕にもよそ者は何とかと言って襲ってきていたから同じように襲われたんだろう。冬人さんなら怪我することもなく簡単にあしらえそうなものだけど。

「目的地はライトでよかったな?」

「ああ」

 操縦席から声がして、公正が返事をした。レフトはリウロンさんにまた追われそうだからダメだし、戦乱続くスカイ・アマングで何かできるとは思えないし。ライトしかない。

「そうか。では都合もいいしレフト軍の駐屯地へ向かおう」

 龐棐さんが何やら手を動かして機体を傾ける。たぶん旋回してるんだと思うけどずいぶん大きい音がブンブンしている。と思ったら急に普通の向きになり一度上下にふらりと大きく揺れた。うーん酔いそう。

 窓の外は真っ暗で何も見えない。上も下もさっぱりわからないのにどうやって飛ぶ方向をとらえているんだろう。また上下にふわりと揺れる。

 よそ者は災いしか呼ばない、か。そうだなと思ってしまう。僕たちがあそこに来たせいでリウロンさんが来てしまい、木が倒されてカシワが処刑された。色々言いようはあるだろうけど僕らが殺したようなものだ。たぶんあの後倒された木の主も何人か処刑されるだろう。

 飛行機はさっきから急加速と失速をくりかえし、時々ガタガタと上下に揺れたりと不安定な飛行になっていた。機体もガタミシしていて何かの表紙に分解しそうで怖い。喜邨君はとっくに酔って隅でのびている。今日破も気分悪そうに座席でぐったりしていた。冬人さんは寝ていた。

「……龐棐さん同期で飛行機の操縦、十人に入ってたんですよね?」

「下手な方の十人だ」

 ……急に心配になってきたよ。

 龐棐さんの返事をきいて曹と氏縞が慌てて冬人さんを起こそうとゆすり始める。今日破は寝させてあげてというけどこれ下手したら僕ら永眠な気がするんだよ。結局冬人さんは死体みたいに全く動かず起きる気配がないまま窓の外に黄土色の地表が見えてきた。ぐるんと機体が回転して目が回った。縁利が通路でこけて昨日子に回収される。

「すまん、席についてシートベルトしてくれ」

 操縦席からの言葉に首をかしげる暇もなく機体が大きく横にふれた。続いてぐうんと急加速して座席から転がり落ちそうになる。わたわたとベルトを取り付ける間に三回席から落ちそうになった。喜邨君はベルトの長さが足りなかったので背もたれにしがみついていた。ぐいんと上下反転した機体の窓の外を何かが高速で通過する。

「リウロンが追ってきてるのか?」

 氏縞が窓にはりついて外を見てつぶやいた。

「いや、違うな。飛んできているのは弾丸だ。ライトに防衛施設があった覚えはないんだがな。……いつ作ったんだ」

 また窓の外をひゅんと何かが通る。ぞっとしながら機体が向かう先を見て思わず悲鳴をあげた。地表真正面ってどういうこと!?

「ろろろろ龐棐さん速度落として、っていうか前見てますか! このままじゃライトシティーに激突しますよ!」

「重たいのがいるから特大のクレーターができるな」

「作んないでください! いやどうするんですか本当に!」

 思いっきり真っ逆さまに落ちる方向に飛んでますけど!?

 急に機首を上げて滑り込むように着地。窓の外で砂が巻き上げられ真っ暗だった外が抹茶色になるなか僕らにはGがかかって上から思い切りおさえつけられるような感覚だった。席に体が押し込まれる……! しばらく砂上を滑走して飛行機は停止した。機外で翼がもげて飛んでいくのが見えた。

「ふう……」

 操縦席で止まってよかったみたいな感じで龐棐さんが後ろ頭をかくので今更ものすごく怖くなった。うまく着陸する自信無かったんですか……?

 ベルトをはずして飛行機から降りる。冬人さんはゆすっても起きなかったので龐棐さんが担いで降りた。

 飛行機を降りると外は意外にも寒かった。かなり暗くよく見えないが少し遠くに何かの施設が見える。レフト軍の駐屯地って言ってたっけ。あれがそうだろうか。公正が眉間にしわをよせて〈力〉で周辺の建物をさぐる。

「龐棐。ここはどこだ」

「わからん」

「……」

 一同沈黙。縁利が無言で飛行機を指差す。うん、戻ろう。暗闇の中むやみに進んでも迷うだけだ。龐棐さんは「すまん……。銃弾を避けるのに集中しすぎて方向を見失った」と言っているが完全にこれは遭難だ。幸い割と近くに建物見えるからたぶん大丈夫だと思うけど。明日辿り着けなかったら僕らピンチだぞ。

 明かりをつけたままの機内で座席を二つ使って横になる。寝心地は悪いが仕方ない。

 一応減灯にしておくぞ、と声がきこえて眩しかった明かりが非常灯のような明かりだけになった。ああこれなら眠りやすい。どこからともなく寝息が聞こえ始め、僕も眠気に誘われて目を閉じた。

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