#018 壊れても、潰れても、死んでも

 魔力が揺らぐ。

 それを、憲司は感じ取った。


「ちょ、これっ? え、ほんとー、どゆうこと……!?」


 迫りくる魔法使いの攻撃を華麗に回避し、地面に叩きつけて、意識を刈り取っていたせりもまた、憲司と同じく感じ取ったのだろう。


「新崎さん、かな……?」

「ニナちゃん、負けた……? いや、でも、これは……」


 魔力の質。

 それは、まるで。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ニナはゆっくりと崩れ落ちた。

 それを、シエルはスローモーションしたかのように、見ていた。


「あ、あああ、ああ……」


 その光景は、いつかの記憶と重なる。目を見開く。喘ぐ。吐き気が、する。


「くくくっ、やはり、お前か、シエル・シリウス」


 ミーシャは……いや幼女の皮を被った悪魔・パペットは嗤っていた。鋭い剣を突きつける。


「ここらの我ら同胞殺し……毒嶋、すべてお前がやったんだろ? 正体不明ダークマターよぉ」

「……黙れ」

「にしても、誇り高きシリウス家の令嬢が、コソコソと魔法使い殺しとは。いやはや。世の中何があるかわからないものだな」

「…………黙れ、」


 シエルの雰囲気が、ガラリと変わる。


「なんだ、そこの娘がよほど大切だっ――、」


 刹那、パペットの顔面に、シエルの蹴りが炸裂していた。粉砕する音。衝撃。パペットは一度に吹き飛ばされた。闇市場のある店ごと吹き飛ばされる。


「………がはっ、ははっ!」


 パペットは、嗤っていた。

 顔面を血に染めて、それでもなお、嗤っている。それがシエルを無性に苛立たせた。


「――お前、ころすぞ?」

「それがお前の本性か?」


 そこにはもう、いつものシエルはいない。――否、この表現はそもそも正しいのか。いつものシエルとは、何だったのか。シエルという明るくよく笑う人物像は、崩れてゆく。


「くくっ、ははははっ! お前の躯を見せれば、あの方も喜ぶかもなあっ?」

「黙れと言っているッ……!!」


 光の矢というには、それはあまりにも大きすぎた。二メートル近くある光の大剣。それは一気にパペットを放たれた。

 パペットは回避しようとしない。大剣は幼女の体を突き刺す――寸前。

 突如、パペットの前に現れた何かが、光の大剣を消し飛ばした。


「っ……!?」

「おいおいおい、オレがそう簡単にくたばってやると思ったか? 毒嶋と一緒にすんじゃねえよな」


 目の前にいたのは、歪な形をしたヒト。半裸の形で縫われており、身長は三メートル近くもある巨人だ。四肢や顔、あらゆる部分に縫い目があった。何よりも目立つのは、顔だ。顔が無かったのだ。

 シエルは僅かに目を見開く。


「ヒトモドキ。オレの最高傑作だ」


 くくっ、とパペットは嗤う。


「優秀な魔法使いの体を繋ぎ合わせて、作る。複数の魔法と強靭なチカラを手にした、死も知らぬオレの駒さっ!」


 パペットは、その姿に似合う、まるで自分の玩具を見せびらかすような感覚で、言い放っていた。

 そこにあるのは、ただ人の狂気が生み出した、悍ましい産物であると。この幼女は、理解していない。理解する、という概念自体が存在しないのだ。


「……断罪の光Luz de condena


 シエルの左手に、光の剣が出現した。光子を放つ、異様に妖しく光る剣だ。


「ほう、その怪我で挑むか?」


 不意打ちで負った右肩の怪我は想像以上に重傷だ。既に痛みの熱は消え失せ、感覚自体が麻痺していた。そのせいで、上手く右腕を動かすことができない。


「……これくらい、ハンデだわ」

「くくっ、いいね、それでこそ――、」


 一瞬の沈黙。

 直後、激突――。



「シッ――!!」



 先に動いたのは、シエルだ。地面を蹴り出し、数歩飛んだところで、ヒトモドキの懐に潜り込んでいた。巨大な体は確かに威圧感がある。だが、懐に潜られてしまえば、その限りではない。


「――消え失せろBésame el trasero


 瞬間、光の剣でヒトモドキの胴体を突き刺す。同時に、刀身の周りに浮かぶ光子が弾け、それは爆発的なエネルギーへと変換される。

 シエルの魔法、断罪の光。

 光子は光の集合体。その光もまた、光の集合体……。つまり、光とは無限なのだ。光の中にある光。その過程は延々と続いてき、無は無い。断罪の光は、無限のエネルギーを凝縮したレーザーと同義である。

 触れた先から、漏れ出る光子が破裂し、元の無限エネルギーへと変換される。触れた先を中心に、球体状の力場が出現する。遅れてそれは、対消滅を起こす。

 つまり、だ。

 ヒトモドキの胴体に、大きな風穴が開くぐらい、容易であるということ。



 ドンンンッッッッッ――――!?



 衝撃。

 ヒトモドキの体が揺らぐ。


「……へぇ、やるじゃねえか」

 ヒトモドキの胴体には風穴が開いていた。――だが、。穴は肉と肉が互いを喰らい合うように、修復していく。


「かつて、〈再生の魔法使い〉と言われた男の肉体もコイツにはあるのさ。言っておくが、コイツは実質的な不死身だぜ?」

「……」


 シエルは動揺しない。光の剣を構え、次の一手に向けて思考を巡らせている。その姿はまさに――。


「復讐者、と言ったところか」


 パペットから放たれた言葉に、シエルの表情がピクリと揺れた。


「くくっ、はははははっ。餓鬼臭えなァ。そんなんだから、お前は

「…………」

「お前の個人的な事情で、オレたちを阻んでいることを。あの方の邪魔をするのを。オレは到底赦せることができねえ」


 パペットの表情には、憎しみが込められていた。


「復讐ごときが、」

「――復讐ごとき、ですって?」


 ようやく、シエルは口を開く。


「ふふふっ、ははははは。……そっか。そうなのか。お前たちにとって、復讐ごとき、で済ませられるんだ」


 シエルは壊れたように、狂ったように、嗤う。そこに感情は無く、恐怖すら感じる。人としての何かを失った、成れの果てがそこには在った。


「わたしは、お前たちを、魔法使いを赦しはしない。壊れても、潰れても、死んでも。殺してやる。鏖殺してやる」

「良い憎悪だァ」


 直後、シエルの周囲の空間が歪んだ。

 そこから、無数の光の剣が現れる。先程の断罪の光。それらが群れとなってパペットに牙を向く。



「――罰を与えよCastigar赦すことはないno perdonar汝よ、断罪の光に身を焦がせquemarse a la luz de la condena



 一斉に、それらは進んだ。


「くくくっ! やばっ――!」


 パペットは嗤う。ヒトモドキを操作し、ヒトモドキの胴体から左右両方それぞれ二本の腕が生えた。手のひらに魔法を発動させる。計六種類の魔法。炎、水、風、地、光、闇――。無限の光の剣に対して、それらを放出した。

 数秒後、激突。

 チカラの奔流は周囲に撒き散らされる。異常な余波は何者も受け付けず、破壊していく。光の剣は次々と壊されていき、再生を繰り返す。拮抗は続き、両者一歩も引くことはない。

 シエルは小さく呻いた。肩から激痛が走る。片方の視界が赤く染まっていく。パペットから受けた傷は魔法を発動するたびに損傷していき、シエルの体は潰れていく。

 拮抗状態が長く続けば、それだけシエルが不利になる。シエルは既に覚悟を決めていた。


「――、」


 刹那、がくり、と。

 シエルの背中に何かが引っ付いた。


「――!?」

「おいおい、オレを忘れてくれるなよ?」


 シエルを背後から羽交い締めするのは、パペットのダミーとしていた男のものだった。顔は焼かれ、原型だけが残っている状態。ケタケタと嗤いながら、シエルから決して離れようとはしない。


「離、せッ……!」


 それはシエルの集中力を途切れさせるのに、十分な効果を持っていた。無限の光の剣の威力は弱まり、拮抗が崩れた。

 シエルに向けて、ヒトモドキの魔法が進んでいく。

 シエルは、死を悟った。

 同時。



を使う――、)



「マ、」


 シエルが、それを宣言する寸前。

 突如、シエルの前に現れた何かが、ヒトモドキの魔法をことごとく消滅させた。


「――?」

「なんだッ!?」


 パペットにとっても想定外な出来事。シエルは一瞬だけ。ヒトモドキの魔法を阻んだものを見た。それは光のような、魔法だった。


「……!?」


 直後、シエルは背後からの気配を察知し、振り向いていた。それは魔力とも、殺気とも違う。全く別種の、この世ならざる……否、この世そのもののようなチカラ。


「……まさか、」


 パペットは喘いだ。

 シエルもまた、目を見開いていた。

 シエルの視線の先に、彼女は立っていた。腹部から血を流し、目は血で迸っている。その瞳は、パペットを捉えていた。


「…………ニナ?」


 別人かと、疑ってしまった。

 ニナから発せられた魔力。それが普段のニナのものとは、変わり果てているように思えたから。その魔力はまるで――……



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 某所、某日。

 魔力が揺らぐ気配を、少女は感じ取った。自然と虚空を見上げると、白き王の塔が見えた。ちょうど、ゴォォン、ゴォォンと、鐘が鳴る。

 刹那、感じ取った魔力。それは気のせいと割り切ることもできるレベル。しかし、それでも少女は、思ってしまった。


「…………ゆうくん?」

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