#016 傀儡どもは告げる
「へいらっしゃいっ! 贄用の目ン玉ダース付きっ! 上質でこの値段ぜひいかがかなっ?」
「ついに千年の歴史を経て作り上げたぞ、惚れ薬っ! よってらっしゃい、見てらっしゃい!」
「彼の災厄、椚夕夜をまとめた本だよぉ。今なら盗撮集も付いてくるよぉ……」
「買いますっっ……!」
「おい、オトハっ! 買いすぎるな……って、何冊買ってやがるッ!」
「布教用、保存用を買うのは常識ですよ……ぐへへ」
「乙女あるまじき顔をしてやがるな……」
「ほらっ、帰るぞっ。此処に用はもうねえだろ」
「あ、あとちょっと〜〜〜!」
「おい、誰がオトハを引き摺ってでも連れ返せ!」
「はいよっ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
飛び交う内容はとても聞くに堪えない、何であれば放送禁止用語と認定しても良さそうなものもあった。
それもそのはず、ここは闇市場。本来在ってはならぬ場所。魔法使いにとって、非公式の犯罪市場だ。売っているものも、それ相応のものとなる。
「ねえ、マーナっ!」
シエルが私を呼んでいた。パタパタと、私に何かを見せつけてきた。
「これ、見てよ……! 椚夕夜の本っ! 盗撮集もある……!」
「なっ……! なに買ってるの……!」
私はシエルが持っていた本を取った。本のタイトルはデカデカと『椚夕夜 〜災厄篇〜』と書かれていた。シリーズものであることに衝撃を受けた。……いったい何巻まで続いているのか。知るのが怖い。
その本に挟まれる形で『椚夕夜 盗撮集』があった。開くと、思わず固唾を呑む。無意識に手は動いていた。
盗撮集の一頁目を捲ると、心臓を鷲掴みにれたかのような。そんな感覚に襲われる。そこにあるのは、血を被った一人の少年。黒い刀を下ろし、虚空を見ている。黒髪黒目。まるで全てに絶望したかのような。悲壮を漂わす。
彼の者こそ、椚夕夜。
魔法使いにとって、私たちにとって、大いなる存在。
会ったのは一度だけ。会話をしたのはほんの一分程度。それでも、椚夕夜の記憶は強烈に刻まれている。それこそ、昨日のことのように思い出せるほどに。
「……」
(なんだ、やっぱりニナだって見てるじゃない)
シエルの声が頭の中に響いたと同時に、私は盗撮集をパタンと閉じていた。
「っ……! こ、これは……!」
私は声を出そうとして止めた。それでは肯定しているかのように思える。
(……一度だけ会ったことがあったら、気になっただけ)
(――!? 会ったことあるのっ?)
シエルは目を見開き、驚いた顔をしていた。
(……あれ? 言ってなかったっけ?)
(初耳なんだけど……!?)
そうか。言っていなかったか。てっきり言った気になっていた。シエルは詳しい話を聞きたそうにしていたが、私としてはそれほど話したい話題ではない。どう躱そうか迷っていると、タイミングよくせりさんが戻っていた。
(ここらの人に探りを入れてみたけど、駄目だったよ〜)
せりさんが手を振りながら言う。
私たちが待機している間、せりさんは〈傀儡の魔法使い〉について、行く人に聞いて回っていた。それも、さり気なく。悟られないように。まさに、せりさんだからこそ出来る手腕だ。
一度だけ、その手腕に感心したが、せりさんはさほど長所とは捉えていないようだった。
――まあ、憲司に教わっただけだから
とのこと。
ここまで察せるが、憲司さんとせりさんは恋人同士なのではないか、と睨んでいる。私の恋愛脳がそう訴えている。……恋愛経験はゼロだが。
(う~ん、やっぱりそう簡単に見つからないわね)
シエルは首を傾げていた。
かれこれ半時間ほど経過したが、情報収集は芳しくない。
(見つからない、というより、意図的に隠されてる感があるね……)
これまで聞き手に回っていたせりさんの意見。つまり、知っていながら、知らないフリをしている可能性もあると言うこと。
(というか、さ)
シエルハ視線を促した。
私とせりさんも視線を向けた。その先にあるのは、闇市場の中心にある天井に届くほどの構造物だ。塔のようにも見えなくもない。王の塔。そんな言葉を連想させる。
(悪どいヤツって、基本的に高いところにいるのがお決まりじゃない?)
なんとも安直な……いや、単純すぎる考えだ。せりさんも苦笑する。
(まあ、お決まりといえばお決まりだねー。けど、今回は違うっぽいね。あの建物は一種の結界らしいから)
(結界……?)
(そう、闇市場を成り立たせる支柱、だね)
この建造物そのものが魔法としての機能を持っているらしい。極たまに、闇市場に非魔法使いが紛れ込んでしまう。その為の防止策。存在そのものを認識させない結界がなされているとか。それにより、闇市場の機密性は強固に保持されることになる。
(ほんっと。悪どいヤツがやりそうな手だわ。いっそのこと潰してしまえればいいのに)
シエルは言いたい放題だった。
だが、私はそんなシエルに違和感を覚えた。少しだけ、
その瞳に、闇市場は映る。瞳が一瞬だけ揺れて、闇を見た気がした。――刹那、シエルと目が合った。ドキリとする。まるで、見てはいけないものを見てしまったかのように……。
(ん? どうかした?)
元のシエルに戻っていた。
(……ううん、なんでも)
(それじゃあ、引き続き〈傀儡の魔法使い〉を探そー、おー!)
不意に、私は思い出す。
この闇市場にて降りるとき、暗闇の中でシエルは何かを口にしていた。その言葉を、思い出したのである。私は、シエルを、見た。シエルは、いつものシエルだ。変わりようもない、彼女の姿だ。
けれど。
もしかすると……。
――かならず、殺す
その言葉は、本音だったと。
そう思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『――へえ、オレを探ってやつがいる、ねぇ……』
ある報告を受けた。それを聞いた者は思わず眉をひそめた。
『探っている人数は六人? いや、おそらく七人だ。それも情報系の魔法使い。さっきから頭ン中にキンキンと音がしていたところだ』
その者は、笑う。
『少し、挨拶でもしてやるか』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふと、背筋に寒気が走った。
そう思ったとき、私は振り返っていた。……けれど、特に変わった光景は無い。
「どうかした、マーナ?」
「……ううん、別に」
気のせい、だろうか。誰かに見られていたかのような。何かが起こるような。そんな虫の知らせを感じ取った気がする。
この闇市場に足を踏み入れてから一時間ほど。私たちは一度、憲司さんと合流する手筈となっている。
(結局、見つからなかったわね……)
シエルがボヤくように言った。
(情報が全くゼロ、ということは、それだけ巧妙に隠している、ってことだよ)
せりさんはそう言うと、気が晴れる。少なくとも、〈傀儡の魔法使い〉が一筋縄では行かないヤツ、ということだけはわかった。
合流場所は、闇市場にあるガラクタ置き場。あらゆるものが捨てられる廃棄情に似ている。店と店の中にポツポツと、それはある。
(――さっきぶり、せり)
憲司さんは既に到着していた。せりはにこやかに手を振り返す。
(どうだった?)
(駄目だったよ)
即答。憲司さんも苦笑してしまう。
(まあ、予想通りかな。ここの人たちはどうやら隠しているようだ)
憲司さんは笑う。
後ろに控えていたハカリさんは疲れた様子だった。ミラさんは全く別の方向をぼぉーとしている。
(もしかして、何かわかったの?)
シエルが憲司の言葉に食いつく。
(ちょっと強引だったけどね。この闇市場のシステムは理解できた)
(ちょ、っと……?)
ハカリさんは首を傾げている。その瞳に僅かながら恐怖が見え隠れしたのは気のせいではない。
(闇市場は、〈傀儡の魔法使い〉。ここらではパペットって呼ばれてるらしい。このパペットを中心にして回っているんだとか)
闇市場に売られている品物は、そのすべてが非公式。つまり、本来この世に出回ってはいけない物だ。それでも、世が循環する場として設けられたのが闇市場。闇市場でモノを売るためには、パペットの許可が必要だ。パペットの許可を得ることによって、品物だけではなく、自身の保証まで確率させる。
パペットがもう一つ行った策が、非公式の売買を、闇市場だけに独占させたことだ。それ以外での売買を認めない。それに対して、パペットは徹底的な断罪を行った。それは見せしめのように効果を表し、闇市場こそが、売買の象徴となる。
誰もがパペットに逆らえないのは、自身の危害を被ってしまうのを恐れているからだ。
元々、魔法使いとして実力が低い者たちが売買に手を染めている。戦いの場に投げ出されれば、彼らは一瞬にして命を落とす。必然的に、パペットに命の手綱を握られるのだ。
(ほら、悪どいわ)
シエルは憲司さんの説明を聞いて、呆れたように言った。
(問題はここからどうパペットを探していくかなんだけど……)
憲司さんが何かを言おうとした、その直前。
(――憲司)
ピシャリ、と。
ミラさんが声が響く。
(…………
『――!』
私は背後を振り向いた。
だけど、すぐに疑問符が浮かぶ。特に、囲まれている様子が無かったからだ。ただ有象無象の人集りが出来上がっているだけ。
「……?」
シエルも同様に感じたのだろう。怪訝そうな表情を浮かべた。私はミラさんを見ようとした直後。
「――やあやあ、お前がオレを探っている連中か?」
突如、男の声がした。
「……!?」
私の目の前で、人集りが一斉に足を止めて、私たちをじっと見ていた。誰もが瞬きすらせず、虚ろな目を向けている。……実に、不気味な光景だ。
「外套で顔が隠れて、よくわからないな」
次は、女の声。
誰かが、口にしている。
「ふぅむ、なるほど。お前ら、まさか〈平和の杜〉か? そうだろ? そうなんだろ?」
嗄れた老人の声。
「そうか。ついにオレの領域に足を踏み入れたか。偽善者どもが」
子供の、幼い声。
あちらこちらから。止まる無数の人たちが、声を出す。その光景に、私は圧倒される。……だが、唯一人、ミラさんは一歩前に出た。
「――〈傀儡の魔法使い〉。あなたの作る魔薬を潰しに来た。おイタが過ぎたみたいだね」
「その声は……そうか。あんた、大罪の魔法使いかっ」
ミラさんの表情は揺るがない。
「そうかそうかっ。これは良い土産を見つけた。さぞ、あの方も喜ばれるだろうに……!」
「パペット。覚悟をするんだね」
「くくっ、はははははははっっ!」
『はははははは』『ひゃはははははははははははは』『くすくすくすくすくす』『うひひひひひひひひっっ!!』『はははははははははははっ!』『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっっ――!!』
嗤い声は、重なっていく。
ピタリと、それが止まると同時に。
「なら、殺し合おうか」
直後。
一斉に闇市場にいた
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