#014 蠢く闇

 クラン。

 魔法使いのチームのことをそう言うらしい。私とシエルは憲司さんとの自己紹介を終えると、二階へと上がっていく。その内の客間に案内された。

 憲司さんは「他の仲間も呼んでくるよ」と口にすると、部屋から出ていってしまう。しばらくの間、部屋の中には私とシエルだけになる。シエルは部屋の周囲を視線を巡らせていた。


「とくに……罠ということはなさそうね」

「というか、私たちから罠に入ったようなものだけど」

「うっ、」


 シエルは呻いた。

 まさか、この場所が魔法使いにしか認識されない店だと思わない。私たちはこの店を見つけ、入った瞬間から自分が魔法使いであると告げていたのだ。


「ごほんっ。……まあ、それにしても」


 形勢が悪いと見るや、シエルは話題転換を図る。その豪胆さには舌を巻く。

 シエルは感慨深そうに呟いた。


「それにしても〈平和の杜〉ねぇ。中々すごいクランに会えたわね」

「そんなにすごいの?」

「ええ、まあ、二年前から解散したって噂はあったのだけれど――」


 二年前。……つまり、魔導大戦。


「不殺のクラン……って呼ばれてたわ」

「不殺?」

「そう、クランっていうのは、何かの目的のために在って、そこに同じ志を持つ魔法使いたちが集う……。そういう構造をしているのだけれど、〈平和の杜〉はいち早くに不殺を掲げたの」

「それは……まあ、」


 不殺、という単語。

 口の中に転がすと甘ったるい。実に響きの良い。まさに理想の言葉と言えよう。……だけど、少し考えると違和感を覚えてしまう。

 それは多分、私が魔法使いを理不尽な存在として、善か悪かと問われたら悪よりの答えになってしまうような、そんな認識であるから。

 不殺なんて、理想論だ。

 だが、実際には成立させている。

 それは、シエルも考えていることだったのか。けれど、言わない。言わずして話を続けた。


「不殺は元々そういう人たちが集まってきたのか、あるいはリーダーの意向なのか……、それはわからないけど、」


 シエルは言葉を切る。

 まるで、ここからが本題だと言わんばかりに。


「そして……二年と半年前程まで。〈平和の杜〉との同盟相手が、椚夕夜だったってこと」

「――!」


 息を、呑んでいた。

 椚夕夜。今、私たちにとってその名は大きな意味を持つ。私はその先を聞こうとするが、それよりも早く、部屋の扉が開いてしまった。


「すみません、遅れてしまって……。先程の方の治療をしていたもので――」


 憲司さんが入ってくる。それに続いて、冷や飯少女……もとい、ハトと呼ばれた少女と、美女が現れた。部屋に入ったと同時にあくびを噛み締めている。

 それから、最後に。

 思わず、魅入ってしまうほどの。

 美少女が現れる。長い髪に、ウサギの耳が付いたフード付き。一番に目を奪われるのが、その瞳だ。魔力が籠もったかのように、綺麗な瞳――……。

 ……と、マズい。

 思わず、目を逸らす。

 なんとなく、これ以上見てはいけない。そんな気がしてしまった。

 私とシエル。〈平和の杜〉メンバーが向かい合うようにソファに座る。ハトだけが、ソファの後ろで立っていた。給仕係だからだろうか?


「それでは、改めて。ここは不殺のクラン〈平和の杜〉。僕たちはそれに所属するメンバーだ」


 憲司さんは、隣の美女に目を向けた。


「彼女が芹沢せり。ウチの厨房担当」

「よろしく〜」


 どこか間延びした口調。ほんわかした雰囲気。……あと、なんだろうか。ちょっとエロい。


「そして、その隣が、僕たちのリーダー兼〈灯の集い〉のマスター」

「えっ?」


 思わず、声が漏れていた。

 それが失礼に値するものだとわかっていても、驚かずにはいられなかった。

 この美少女のほうが――? てっきり、憲司さんがリーダー兼マスターだと思っていた。この中で、見た目が一番幼く見えたのに。

 美少女は、口元を緩めた。


「秋葉ミラ。こんなんだけど、〈平和の杜〉のリーダーです」


 ミラ、さんは私の真意をわかった上での返答をした。


「あ、すいません……」


 思わず、口を出していた。


「いえ、」


 笑って流される。


「……これでもミラちゃんは一番の年上だし、むしろお婆ちゃんと言っても――ごふっ!」


 せりさんが何かを言おうとしたが、ミラさんに肘打ちをされていた。せりさん派脇腹を押さえながら呻く。

 憲司さんは苦笑しながら後ろに控えるハトを見た。


「彼女がハトちゃん。〈平和の杜〉に入ってから一年目」

「は、はははハトですっ。よ、よろしくお願いしましゅっ!」


 すっごい、噛んだ。本人も自覚ありなのか、頬を赤くしていた。私たちはあえて気づかないふりをした。


「新崎です」


 私も続いて自己紹介をする。


「シエルよ。よろしくね」


 これだけで十分性格は出ていたように思う。憲司さんは一度頷いた。


「君たちの事情は殆ど知らないも同然なのだけれど、これも何かの縁。同じ魔法使い同士、一つ、僕たちを助けてくれないか?」

「ことわ――」


 当然、断るつもりでいた。

 それが薄情であったとしても、無条件に人を信じる理由に比べれば、随分とマシな選択だと思えた。


「いいわっ。私たちが手伝ってあげる」


 けど、私が言うよりも早く。

 シエルは了承の言葉を口にしていた。


「……はぁ?」


 私はシエルを見ていた。きっと、だいぶ変な顔をしていたと思う。シエルは私の顔を見て、首を傾げた。


「どうしたのかしら? 苦虫を噛み潰したような顔をしているけれど」

「……もういいけど、」


 私は諦めた。


「……なるほど、仲は良いみたいだね」


 憲司さんは、私とシエルの様子を見て、そう評価した。流石に眼科をおすすめしたい気分だった。


「だけど、私たちからも条件があるわ」

「ああ、報酬ってことかな?」

「そうとも言うわ」


 そうとしか言わない。

 一体シエルは何を言うつもりだと、ヒヤヒヤしていたが。


「この手伝いが終わったら、椚夕夜について知っていることを教えて」


 直球。濁りすら見当たらないほどの剛速球に私は目を見開いた。だが、それ以上に、〈平和の杜〉メンバーのほうが衝撃は大きかった。あの爽やかな笑みを浮かべていた憲司さんまでもが、その表情に影を落としたからだ。


「もしかして君たちは、椚君の知り合いだった人たちかな?」

「いえ、違うわ」


 シエルは断言した。

 そうか、違うのか。シエルは何故、椚夕夜に逢いたいかまでは口にしたことはなかったが、知り合いか、浅からぬ関係があったと思っていた。


「……それは、つまり、興味本位で知りたいってことかなー?」


 憲司さんの隣にいたせりさんが言った。言葉は柔らかく、間延びした気の抜けるものであるはずなのに、向けられた視線は鋭く、冷たいものだった。私は気圧されてしまった。


「――違うわ」


 これに対しても、シエルは真っ向から受け止めた。

 一瞬、沈黙の時間が続く。私にとって、重苦しい雰囲気が流れ……。沈黙を破ったのは、憲司さんの咳払いだった。


「わかった。君たちの事情については詳しく聞こうともしない。僕らの知っている範囲の、椚君について教えてあげよう」

「ええ、よろしく頼むわ」

(……はぁ――)


 私は、思わず安堵の息を漏らしていた。解放感の心地良ささえある。


「それじゃあ、具体的な仕事ビジネスの話にいきましょうか」


 シエルはしてやったりな笑みを、私に浮かべた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 魔法使いにも、暗黙の了解的なカーストが存在する。それを決定づけるのが総合的な実力主義である。

 最近、下々の魔法使いを中心にあるブツが出回っている。最初は目に瞑るほどのものであったが、それは徐々に、病のように拡散されていき、今では踏み込むのも危険な強力なコミュニティとして形成してみせた。



「その、ブツってなんなの?」


 シエルが憲司さんに訊いていた。先程の一幕など、まるで何もなかったかのように振る舞っている。憲司さんも、一切引きずったような様子は無い。


「〈アサギ〉と呼ばれる……まあ、魔法因子を強化させるものさ」

「魔法因子?」


 私は聞き覚えのない単語を反芻させていた。そのことに、憲司さんだけでなく、メンバーの殆どが珍しいものでも見るかのように目を丸くする。

 シエルがすかさず助け舟を出した。


「この子、前まで非魔法使いだったから、あまり魔法使いの常識を知らないのよ」

「後発的な、魔法使い……」


 ポツリ、と。せりさんが呟いていた。


「なら、魔法因子の説明もしておこうかな」


 憲司さんは深くは聞かず、魔法因子の説明をしてくれた。

 魔法因子とは、魔法使いに流れる血のようなもの。魔法の素となる媒介だ。魔法使いは魔法因子が爆発的に活性化された存在であり、一種の超能力者に近い。

 今では、魔法因子の活性条件も明らかにされている。

 きっかけと、魔法の認識。

 たったこれだけの条件で、人は誰しも進化する権利を持っているのだ。

 それでも、人が魔法使い二ならないのは、その根底に無意識下において、ありふれた『常識』という壁が、魔法の存在を否定しているから。

 私にとってのきっかけ。

 それは間違いなく、。椚夕夜に出逢った日だ。それは私の根底を覆すほどの衝撃的なものだった。


「魔法因子に干渉するのは、僕ら魔法使いにとって、タブーなんだ。けど、今から二年前、非魔法使いを強制的に魔法使い、エセの出現から、そういった部分がガバガバになってきた」


 今でこそ、エセの存在は減った。

 だが、代わりに増えたのが、アサギという薬らしい。


「アサギは、他人の魔法因子を取り込むことで、一時的に莫大な力を手に入れることができる。まあ、ドーピングみたいなものだね。……けど、代償があった」


 自身の魔法因子に他人の魔法因子を入れ込むということ。それが意味するは、魔法因子の崩壊。融合。エトセトラ。魔法使いの身を滅ぼす悪魔の薬となった。

 それでも、アサギは出回るのは、そこに中毒性があったから。一度してしまえば、二度と戻れぬ沼のように。地獄へ誘うという。


「僕たちは随分前から、アサギについて調べててね。つい最近、そのアサギの出資者をしているのが、〈怒る女皇アンクイ〉の幹部の一人、〈傀儡の魔法使い〉であると知った」

「〈怒る女皇〉、ですか……?」


 まさか、ここでその名に出会すとは。


「ん? そっちは知ってるの?」


 私の僅かな表情の機微に気づいたミラさんが訊いてくる。心の奥底を見透かされたかのような気がして、少しだけ気味悪く思ってしまった。


「え、まあ、そうですね」


 私はシエルを見た。シエルはうへぇ、と嫌な顔を浮かべていた。


「最近っていうか……〈毒の魔法使い〉と戦って」

「うそん」


 せりさんが、驚いた。


「ええっ――!?」


 今まで置物のようだったハトが私たちを化け物のような目で見た。なぜ、急にそんな顔をされる。


「なにか……?」

「んー、その様子だと、知らないっぽいね」


 憲司さんは困ったような表情を浮かべた。


「僕たちも、〈毒の魔法使い〉についてはそこそこ知っている。というか、彼も〈怒る女皇〉の幹部なんだ」


 それは知っている。

 私はその意を込めて、頷く。


「〈怒る女皇〉の構成人数は不明だけれど、ボス、幹部三人、チンピラ衆みたいな構造になっていると思う。〈毒の魔法使い〉……確か、毒嶋といったかな。彼はひと月前に殺されたんだ」


 ………………は?

「ころ、された――?」

「ちょっと待ちなさいよ。もしかして、私たちが殺したっていうのっ?」


 シエルは憲司さんの言わんすることをいち早く理解し、反論した。勿論、は殺していない。けれど、毒嶋が、死んだ――。

 つい最近、本当に会ったばかりの人だった。悪人だ。最悪の犯罪者だ。それでも、最後の方だけは、ようやく面と向かって話せた気がした。そんな人物の死。

 心に蝕む何か。私は、ショックを受けている――?


「誤解しないでほしい。僕たちもきみを疑っているわけじゃない。ただ、点と点が急に線につながったものだからね」

「ニナちゃんとシエルちゃんが殺していないとなると、やっぱり殺したのは仲間かしら? こんな小娘に負けるなんて打首なり〜、みたいな?」


 せりさんが考え込む。

 そんな軽い話ではなかったけれど……。


「……あるいは、第三者の手によって、かな」


 ミラさんは一瞬、私を見た。

 視線を感じたのは一瞬のうち。すぐに視線は別の方向に向いていた。


「……?」

「話が逸れたかな。とにかく、僕たちの目的は〈アサギ〉の出処を潰すことだ。ここまでは問題ないかな?」


 問題は山ほどあるが……波風を立てたくなかったので、頷いた。


「それで、〈傀儡の魔法使い〉はどこにいるワケ?」



「避難都市の地下に広がる……、闇市場だよ」

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