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#013 隠れた名店での一幕
あの毒嶋との戦いから早くも一ヶ月が経った。それからの近況報告を話しておこうと思う。
まず、私とシエル、そして、秤さんが新しい仲間として加えられ、魔法使いとしてのチームを作った(いつの間にか、私は仲間になったのだろうか?)。
毒嶋の毒を受けていたシエルはすぐに回復してみせた。怪我の度合いで言えば、私のほうが酷かったと思う。主に筋肉痛的な意味で。
日常は、さほど変わることはない。
その裏で、魔法使いの戦いがあったのだとしても。それにより、何人もの犠牲が起きているのだとしても。
私たちの学校は何も変わらず、今日もまた、私は国語の文章問題に取り組んでいる。
Q 下線部におけるKの心情を八十文字以内にまとめなさい
知るかと。
私の中にも、魔法使いとしての自覚は確かに芽生えてきているのだと思う。不意にニュースを見ると、原因不明、という単語に目を奪われる瞬間がある。その背景に、魔法使いが関与しているかもしれない。そう考えると、少しだけモヤモヤしてしまう。
A ストレスが溜まっていたのでは?
国語の文章問題を適当に書くと、次の単元へと進んでいく。私が嫌いな漢字の読み書きだった。
Q 次のカタカナを漢字にしなさい
1 政治家のオショクジケン
あー、オショクジケンね……。
うーん。あー、あれね、うん。
話を変えよう。
秤さんは全面的に私たちに協力してくれることになった。……正確には、シエルに私と秤さんが協力する形であるが。
私たちは、シエルの目的を、そこまで知らない。ただ、魔法都市〈ユヅキ〉に行きたい。そう、口にしただけだ。
秤さんは、真っ先にその理由について、問いた。シエルは僅かに黙り込んだ。てっきり答えてくれないかと思った。けれど、シエルははっきりと答えてくれた。
――椚夕夜に逢いに行く為よ
はて、と。最初は何を言っているのかよくわからなかった。
そもそも、椚夕夜は、死んでいるのではないのか? なぜ、今更、と。それでも、シエルは首を横に振った。
――椚夕夜ってさ、本当に死んだのかな?
その後、私は椚夕夜について、調べてみた。主にネットや人伝ての情報が殆どであったけど。
椚夕夜は色んな呼ばれ方をされていた。一方では神格化されるほどに英雄像とされていて、一方では悪魔のように忌み嫌われている。二年前に起きた魔導大戦。それを引き起こした首謀者(ということになっている)。
椚夕夜について知れば知るほど、不思議な気持ちになっていた。どれだけ調べても、椚夕夜がどんな人物だったのか、殆ど掴めないのだ。誰もが口にするのは誰かから聞いたような内容。空を切ったような感覚。
多分、私は本格的に椚夕夜に興味を持った。
私は、きっと――……。
……と、まあ。
考えに耽っているだけではいけない。
漢字問題にも取り組まなければならないし。考えを放棄して、適当に書く。そうすると、手は自然に書かれていく。
A 政治家のお食事券
ん。これでよし。
「はい、テスト終わり。後ろから前に渡してってな。ほら、そこ。もう終わりだって言ったぞ。減点すんぞー」
減点って、どうやってするのだろう。
考えがあちこちにいっていたのはこのため。我が校の期末テスト最終日。その最後の教科を終えたところだった。
気が抜けたように、ひと息つく。
担任の先生が手早くホームルームを済ませると、解散する流れになった。私は片付けを済ませると、すぐに教室を出た。
遅れて、後ろからパタパタと足音が聞こえてくる。どこか気分良さげな、軽快な足音だ。
「ニ〜ナっ〜!」
ど突かれた。
「覆いかぶさらないでよ」
さりげなく胸に進んでいた手を払う。
「さあ、帰るわよ」
「今日も元気だね」
「ええ。期末テストが終わったもの。これから遊び放題よ」
期末テストが終われば、夏休みがやって来る。シエルは既に夏休みの予定を立てては妄想に耽っているようだ。
不意に、視線を感じた。その方に振り向くと、何人かの女生徒が目を逸らした。
「……」
まあ、当然か。
これまでぼっちだった私と、これでも外面は美少女転校生であるシエル。組み合わせとしては不思議に思われるかもしれない。
シエルと出逢い、一ヶ月。
私たちはいつの間にか一緒にいることが『日常』になっていた。
きっと、以前なら。そういった視線にも、卑屈な考えを持っていたはずだ。自己完結した世界。アイツはああ思ってる。自分を見てバカにしている。お前らだって――。そんな、疑心暗鬼。突き詰めれば、余裕が無い人の思考だ。
シエルとの出逢いが、私に余裕を与えてくれた――?
「ねえ、ニナ」
「……ん、なに?」
反応に遅れた。
慌ててシエルに視線を向けた。
「今日、ハカリの所に行く前にどこかで祝いましょ。期末テスト無事おめでとー、みたいな」
「いいよ」
断る理由もなかった。
「ならそうねっ。最近見つけた隠れた名店に行くわよ!」
「へえ、どんな店?」
「さあ?」
首を傾げられた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
隠れた名店は、喫茶店だった。
私の家から少し離れた場所。避難都市に建たれたビルとビルの間にひっそりとあった喫茶店。確かに、隠れた名店っ
「へえ、こんな店あったんだ」
「わたし、よく散歩するの。そのときに見つけたわ」
店の前にはコルクボードが掛けられている。そこに、可愛らしい丸文字で店の名前が書かれていた。
――灯の集い
「ほら、入りましょっ」
私はシエルに手を引っ張られる形で、店の扉を開けた。控えめの鈴の音が綺麗に響いた。
落ち着いた雰囲気の店だった。一人席とボックス席の二種類。木製で造られた椅子やテーブル。店の中には香ばしい珈琲の匂いが漂っている。ひと目で、ここは当たりだとわかった。
「いらっしゃいませ」
優しい声音が響いた。
一人席の前に、男がいた。優しそうな雰囲気を纏った優男風。顔も整っている。
「自由な席へどうぞ」
私たちはボックス席を選んだ。一人席がちょうど真正面から見える位置。私とシエルは向き合うように座った。
「――ご注文はいかがなさいますか?」
呼吸のリズム。その都度のタイミング。おそらくマスターと思わしき男は私たちの前に立つ。プロの手際だ。差し出されたメニュー表を見ながら。
「えっと、じゃあ、この珈琲で」
「わたしも同じのをお願いするわ」
「畏まりました」
シエルは続けて「何か軽食は頼めるの?」
誰を前にしてもため口だな、なんて思ったが、男が気分を害した様子はない。表情にその片鱗も出さない。
「今ですと、サンドイッチやトースト等ですね」
「じゃあ、サンドイッチで。ニナは?」
「私はいいや」
男は一礼すると、厨房の方へ行った。シエルは男の方に視線を向けて、再び私に戻ると、小声で私に言う。
「ハンサムね」
「そうだね」
「ニナって、ああいうの好み?」
「イケメンはみんな好きなんじゃないかな? 私はちょっと胸焼けしそうになるけど」
「甘い物感覚……」
シエルはつまらなそうにため息をついた。どうやら求めていた答えと違ったようだ。
私にその手の話ができると思った時点で間違いなんだけど。
「シエルの方こそどうなの?」
「そうね、八十点、といったところかしら」と胸を張る。
「何様かな?」
他愛のない会話をしていると、私たちの前に立つ人影。
「あ、あ、あのっ」
震えた、素っ頓狂な声が聞こえた。自然と声の主に視線が向く。
ぷるぷると体を震わせ、顔を真っ赤にした少女。私より二つか三つ。年下そうな……。
可愛らしい容姿に、頭にお団子が二つ。少女は私たちに向けて。
「お、お冷ですっ!」
とんっ、と。テーブルに置いた。
冷や飯を。
………………ん?
「なんで、冷えたお米?」
シエルはもろに声を出した。シエルの声に少女ははっとする。
「あ、あれっ? お、冷っ?」
いえ、これは冷や飯です。
『ハトちゃ〜んっ。お水と間違えているわー』
「え、ええっ? も、申し訳ありませんっ!」
「いえ……、」
ハト、と呼ばれた少女は慌てた様子で厨房へと戻っていき、今度こそお水をテーブルに置いた。顔を真っ赤にしながら、厨房へと戻っていく。何とも、見ているこちらの方がハラハラする一幕だった。
「ふ、可愛いわね」
「ん、シエルの口から意外な言葉が……」
「なによ、わたしだって可愛いと思ったものには可愛いと口にするわ」
シエルはそう言いながら、店の中を見渡す。
「雰囲気の良い店ね」
「……うん」
そうして、シエルの視線は店の隅に位置した本棚に向けられた。本を見て、おっと、声を上げる。
「あれ、ニナが持ってたやつと同じじゃない? えっと、ミナ……ミナミナ」
「御城湊。これ、二回目だけど?」
「そう、それよ。……そういえば、期末テストも国語あったわね。読書好きのニナならテストも完璧ね」
「その読書好き=国語が得意っていうのは、短絡的な考え方だと私は思う。純粋に読書そのものが好きであって、国語とはまた別枠であって。それに、国語は読むこと自体を目的にしているから真の意味で読書をしているとはとても言えないから――」
「急に饒舌」
「し、失礼しますっ」
そこで、再びあわてんぼうの少女。
あがり症なのか、声は震えつつも、手に持つ珈琲に震えはない。私たちの前に置いた。
「ご、ご注文のサンドイッチはもう少々、お、お待ちください」
ぺこりと、一礼。
去っていく少女を見届けながら、出された珈琲を口にした。思わず、息を呑む。
「美味しい――……」
「へえ、中々じゃない」
本当に、美味しい。
特別、珈琲が好き、というわけでもないし、自分の味覚が優れているとも思っていない。けれど、この珈琲は美味しい。素直に、そう思えた。
静かな、時間が流れた。
遅れてやって来たサンドイッチも、シエルは美味しそうに食べていた。そこまで空腹ではなかった私でさえ、食欲を誘った。そうやって、店に入ってから一時間ほどが経過した頃。
バンッ!
不意に、静寂は破られた。
扉が勢いよく開いた音。そこから二人の男たちが現れた。私は目を瞠る。一人の男がもうひとりの男の肩を背負っていた。背負われた素人目で見ても、重傷だった。血だらけで、息も絶え絶えだ。
「ちょ、ちょっと――」
シエルが声を掛ける寸前。
男が叫んだ。
「助けてくださいッ、
憲司、さん――?
「まずは落ち着いて」
憲司と呼ばれた男は、焦ることもなく、驚くこともなく、ただ冷静に、それでいて優しい声音だった。それが逆に怖かった。
「君は確か……避難都市三区にいた魔法使いだね?」
「――!」
魔法使い。間違いなくそう口にした。
「は、はいッ。それで、だから、あのっ!」
「まずは重傷人の治療からだ。ニ階に上がるといい。ハトちゃん、お願いね」
「は、はいっ。……あの、こちらです」
流れるように。あるいは、呆気にとられたように。二階へと上がっていく男たちを眺めていた。再び、静寂は訪れた。だが、浸っている場合ではなかった。
憲司の方が先に気づく。
「あ、すいません。騒がしくしてしまって。ごゆるりとお過ごしください」
「いやいや、おかしいですって」
思わず突っ込んでしまった。
「まさか、貴方は魔法使いなんですか?」
私は、訊いていた。シエルは既に戦闘態勢に入っている。まさか、隠れた名店が魔法使いの根城だったとは。
「えっ? そちらも魔法使いではないんですか?」
憲司は、逆に驚いていた。
質問自体を、驚いているような……。
「ん?」
「この店は、ある種の結界が張ってあって、魔法使いしか見つけることができないはずなんですけど……もしかして、非魔法使い?」
「えっ?」「え?」
私とシエルは同時に声を出していた。私はすぐさまシエルを見た。シエルは気まずそうに目を逸らす。
「ふゅ、ふゅ〜、ふゅーふゅ、」
吹けない口笛もオプション付きで。
まさか、私たちの方から、乗り込んできてしまうとは。憲司も、私たちの事情に察したらしい。
「まあ、お互い初対面なのだし、僕の方から自己紹介を。僕は〈平和の杜〉所属、
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