#012 執行者
あれから、どれほどの時間が流れたか。体中に響く痛みに耐えながら、ようやく毒嶋は起き上がった。肋骨は数本折れている。動くのも一苦労だった。
(あの石頭め……)
毒嶋は、ゆっくりと歩き出す。
さて、これからどうしようかと。脳内に考えが浮かんでは消えていく。その繰り返し。
毒嶋は負けた。そんな自分に、組織はどんな制裁を加えるだろうか。今更脱退だなんて、できるはずがない。このまま遠く逃げるというのも、悪くはない。
(そう簡単に、くたばるか……)
せっかく生かしてもらった命、無下にするつもりもなかった。
体を引きずるように、毒嶋は歩いていく。一歩、一歩。闇に向かって、進んでいく。
かつんっ。
聞き慣れぬ足音が、響く。
毒嶋は足を止めていた。視線は真っ直ぐ。前から、誰かがやって来る。かつん、かつん。足音は徐々に大きくなっていく。
不意に、足音が途切れる。毒嶋の前に黒の外套を深くかぶった人物がいた。男か、女か。些細なことすら不明な人物。ソレは明らかに毒嶋と対峙していた。
「誰だお前?」
毒嶋は、声を発する。
ソレは、答えない。その代わりに外套から取り出すのは、光輝く、鋭い剣だった。鍔もない、黄金色。
「…………
毒嶋が、その正体を察する。
「お前が、巷で噂の魔法使い狩り……
「……」
ソレは……ダークマターは答えない。けれど、それは肯定も同義。毒嶋は語るような口調で、言い続ける。
「ここ最近に現れたダークマターは、次々と魔法使いを惨殺。その数は二十にも及ぶ。そして、殺された魔法使いの殆どが……俺のような闇に暗躍する魔法使いたち」
「……」
「魔法使い狩り……ってのは、数年前にも現れたヤツの俗称だが……言い得て妙だな」
「――魔法使い狩りではない」
そこで、ダークマターは初めて言葉を発した。毒嶋は眉をひそめる。
その声が女のものであったから……ではない。
その声が、
(コイツは……誰だ――?)
ダークマターは動き出した。
光の剣をもって、毒嶋に飛び掛かってくる。毒嶋は反射的に魔法を発動していた。無数の毒の刃。今更、出し惜しみするつもりはない。
というか、それを許さない。
ダークマターの実力は毒嶋よりも数段上であった。その動きだけで、毒嶋は察することができた。
毒の刃はダークマターに向かって、突き進んでいく。ダークマターはそれらを反射神経のみで回避してのける。
(どんな反射神経だッ……! ならば……!)
「……!」
ダークマターから微かに動揺が伝わった。
回避された毒の刃は毒嶋のコントロール下を手放されてはいない。刃はその場で破裂し、その欠片が弾幕のようにダークマターを包み込む。面による攻撃。こればかりは、回避はできない。
「――
直後、ダークマターが呟くと。
毒の欠片は一斉に消滅してみせた。
「なっ……!」
驚くのは一瞬。
ダークマターが動いたのは刹那。
「
光の剣が、無数に浮かぶ。
それらは、一斉になって毒嶋を襲いかかった。毒嶋が認識できたのは、光の剣が出現した場面のみ。文字通り光の速さで襲う剣たちを、毒嶋は捉えることができなかった。
四肢が、消し飛んだ。
……。
…………。
………………。
(…………はぁ、)
毒嶋は壁に寄りかかっていた。意識は朦朧としているが、まだ保っている。少しでも気を抜けば、毒嶋の意識は呆気なく失ってしまうだろう。
手も、足も。感覚はない。
それもそのはず、有るべきものがそこに無いからだ。不思議と痛みはやって来なかった。
視線を、少しだけ上げる。
ダークマターが、目の前に立っていた。いつの間にか魔法の余波を受けたのか。ダークマターが深く被っていたはずの外套から、その顔が見えた。
「…………くくっ、はは!」
毒嶋は、嗤う。派手に、可笑しそうに、ケラケラと嗤い続ける。
「そうか、
ダークマターは、答えない。
「ああ、思い出した。つうか、なんで今まで気づかなかったんだろうな。あー、クソ上司が言う、これが『運命』っねやつか? どこまで、残酷だなァ」
毒嶋は、嗤いを、止めた。
自身の死は既に悟っている。今更、抗うつもりはない。自分にその資格が無いことなど、とうの昔から気づいてしまっている。
ならば。
今ここでするのは、違う言葉だ。
「あの小娘を、裏切るんじゃねえよ。――シリウスの娘」
ダークマターは――シエル・シリウスは、毒嶋に光の剣を振るった。
斬――。
沈黙が、支配する。
シエルは、光の剣を下ろす。同時に、光は粒子となって散っていく。シエルは躯を睨み続けていた。
「……わたしは、魔法使い狩りなんかじゃない」
それはまるで、自分に言い聞かせているかのような。
「……ダークマターなんかじゃない。わたしは、お前たちを……悪である魔法使いに、罰を与えてるのよ」
体は、小刻みに震えていた。
「――わたしは、執行者よ」
そう宣言する彼女の瞳は、業火が密かに燃え上がっていた。その姿は執行者ではなく、むしろ――………。
★ COMPLETE
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