#011 天秤の使い手

 毒嶋は、怒る。


「――ようは、弱者を、守るだァ?」


 肩を、震わしていた。


「世は弱肉強食。弱者は虐げられるために、潰されるためだけに存在する。弱者がいるからこそ、我らは在る。それを、魔法使いであるお前が、守る……?」


 毒嶋の声に応えるように、魔法は漏れ出いていた。毒は固体化していく。鋭い、無数の刃を形成していった。その矛先は、私と秤さん。どちらにも向けられた。


毒の雨レインッッ!!」


 直後、放たれる毒の刃たち。

 その速度に目を瞠る。先程の攻撃が弱々しかったと感じられるほどに、速い。いや、速すぎる。私が視認できたときには、もう間合いの中だった。体も負傷。特にマーシャル・アーツの酷似のせいで、上手く体が動けない。回避は、完全に遅れる。

 間に合わない……!

 その刹那。



「天秤よッ――!」



 秤さんが、叫んだ。

 それに応えるように、天秤が光輝く。

 同時に、不思議な光景が起きた。光を浴びせられた毒の刃が一斉に消滅したのだ。これには、私だけではなく、毒嶋も息を呑んでいた。


「なんだ、その、チカラは……?」

「ボクの魔法は、決してバランスを整えるものではない」

「……なんだと」


 おそらく、毒嶋の知らなかったもの。

 私も一度だけそのチカラを見たが、天秤のチカラとは、お互いのダメージを均等にするものだったはず。

 だが、現実は違かった。既に攻撃を二度も防いでいた。


「ボクの魔法の真価は……プラマイゼロ」


 プラマイ、ゼロ……?


「天秤の光に浴びせられたものはプラス・マイナスを均等にし、その差し引きをゼロにする……つまり、消滅させる。それが、ボクの魔法だ」

「……」


 毒嶋は沈黙した。仮にも今まで使っていた魔法を真の意味で使っていなかったことに対する驚きか、声を失ってしまったのか。


「……なるほど、あのクソ上司は、本来のチカラに惹かれていたワケか」


 毒嶋は、何かに納得したように頷く。


「消滅のチカラ……ねぇ」


 毒嶋は、意味ありげに呟いていた。


「新崎さん!」


 秤さんが、私の名を呼ぶ。

 私は、秤さんを、見た。


「お願いします。手伝ってください」


 よく見ると、体は震えていた。声も、震えていたかもしれない。秤さんにとって、戦いは恐怖なのだ。一度は諦めてしまったものを、逃げた場所に再び戻ることとは。どれほどまでに、困難であろうか――。


 

 うらやましい――……



「はいッ」


 戦いは、間もなく終わる。

 毒嶋は最大出力で勝負を終わらせに来た。毒は波のように渦巻き、一気に解き放った。レーザーのような一撃。秤さんも同時に魔法を発動する。

 天秤が、光輝く。光は膜のように全体へと広がっていき、毒のレーザーを覆い尽くした。

 消滅は、先程のように、一瞬で起きなかった。


「くっ……、」


 天秤が大きく揺れ動いていた。右へ左へ。毒嶋の魔法が強すぎるせいで、プラス・マイナスが均等化されない。秤さんは、苦しげの表情を浮かべた。


「秤ッ! 最後の通告だッ! お前は俺の元へ来いッ!」

「――!」


 毒嶋は、秤さんに叫ぶ。毒のレーザーの威力が高まり、秤さんの体が揺らぐ。天秤のチカラでは、抑えきれない。


「弱者は強者の為に在るッ! お前がいくら理想を語ろうとも、その事実は変わらないッ! 強者である……魔法使いである我らこそがッ! この世界を変えていくのだッ!」

「……!」

「強者こそが、この世界の真理! 来いッ! 秤!」

「……お前の手は、取らないッ!」


 秤さんは、地に足を付けて、天秤を突き出す。徐々に、拮抗が崩れていく。


「弱者を守り、慈しみ、その日常を愛おしく思う……。弱者がッ! 世界を回しているッ! 強者は、弱者の為に在るんだッ!」


 消滅。

 ――拮抗は、破られた。

 毒のレーザーは見事に消滅し、秤さんは吹き飛ばされた。毒のレーザーが消滅された毒嶋は体を揺らし、明確なまでの、隙が生まれた。この瞬間。

 地面を大きく踏み込むと、激痛が全身に駆け巡った。痛みで意識が朦朧とする。呼吸も苦しかった。毒嶋の毒を、少なからず受けてしまったのかもしれない。

 それても、足は止まらなかった。止まることを、自分は許しはしなかった。秤さんの発した言葉が、熱が、願いが、私の背中を押していた。

 進め、進め、進めッ。

 足よ、動け。

 魂よ、輝け。



「進めぇえぇえぇえぇええええええええええええええええええええええ!!!」



 全身が、白く光輝く。同時にマーシャル・アーツが発動。

 光速のチカラをもって、私は突き進んだ。毒嶋との距離を縮め、刹那のうちに毒嶋の懐に潜り込んでいた。

 毒嶋と、目が合った。濁ったような、それでいて、何もかもが諦めてしまったかのような。虚ろな目。

 そんな目じゃ、何も見えないだろうに。そんな目で、世界を語るな。

 私たちを、語るなんて。



「目ぇ覚ましなさいッ、このおたんこなすッッ――!!」



 私の頭突きが、毒嶋の胴体に突き刺さり。そのまま、一気に吹き飛ばしたのだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 沈黙。


「……ごぼっ」


 毒嶋は、血を吐いた。壁に激突し、鳴りを潜めたかのように、驚くほど静かだ。やがて、くっくっ、と壊れたように嗤いだした。


「さあ、殺せよ、小娘」


 私は、毒嶋を見下ろしていた。体は先程が苦痛を訴えている。けれど、不思議と目の前の敵を屠る程度の力は残っている気がする。

 あれほどまでに危険と思えた男が、今は私の足元にある。命の手綱を握っている感覚。たったひと息。それで、毒嶋は死。死。シ――?


「私は……殺さない」

「……」


 毒嶋は驚きもしなかった。

 ただ、冷めた視線を、私に向けていた。何となく、落胆したかのような表情だ。

 それはまた、心外だ。


「これは、甘さじゃない。貴方は、こんな小娘に負けたんな。あれだけ啖呵を切っておいて、結局、貴方は負けた。そうやって一生、生き恥を晒しなさい」


 毒嶋は目を丸くした。そう言われることが、予想外だったようだ。小さく、吹き出す。


「…………くく、はははははっっ」

「……」


 次は、私が黙る番だった。


「小娘。所詮お前は……小娘だな」

「なっ、」

「……まあ、もう。別にいい。お前がそう望むなら、今はそれでいい。……俺はもう、疲れた」


 立ち上がる気力も無いようだ。

 私は、毒嶋に言う。


「シエルの毒を……」

「解いてある」

「……む、」


 言う前に言われた。


「……なら、もう。いいです」


 私は毒嶋から背を向けた。もう、話すことも、何一つとしてない。秤さんが待っていた。


「……いいんですか?」


 何を、とは言わなかった。何を言いたいのかは、十分に理解していたつもりだ。


「いいんです」


 とりあえず、帰ろう。

 シエルのいる場所へ。


「おい、」


 そう進む寸前、毒嶋は私を呼び止めていた。まだ、何か言い足りなかったのか。私が振り向くと同時に、毒嶋は口を開いていた。


「お前、名は?」


 呆気にとられた。

 けれど、それは一瞬。

 私は、笑ってやった。


「――新崎にいざきニナ」

「……ふん。最後まで気に食わねえやつだな、

「そっちこそ。ツンデレかよ」


 それが、私と毒嶋が交わした最後の言葉だった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 秤さんの部屋に戻ると、シエルは回復していた。毒嶋の言葉はどうやら真実であったらしいとホッとすると。

 シエルは勢いよく私に抱きついてきた。


「……心配したわ」


 少しだけ涙ぐんだ声音だった。


「そっちこそ。死んじゃうかと思った」

「死なないわよ、ばか」


 お互い、何も言わなかった。私は抱きつくシエルに腕を回そうか、迷ってしまった。それをしていいのかと。

 シエルの体は震えていた。そこで、気づく。シエルであっても、やはり少女。私と同い年。私とシエルは違う。ソレは当たり前。けれど、どこか別世界の住人のように、見ていた。

 はまるで私自身が、クラスで言われたことと、似ている。


 ――新崎さんって、なに考えてるかわからないよね


 私も、彼らと同じ。

 いや、なお酷いか。


「急にいなくなって、ごめん」


 自然と、言葉は紡がれていた。


「……ええ、」

「あ、けど。そっちもすぐに考えなく突っ込むの、止めてよ?」

「……ええ、善処する」

「善処って……」


 一応、反省はしてる……か?

 シエルは私から離れると、にこりと微笑んだ。先程のしおらしい様子など、既になくなっていた。


「さあ、わたしの快気祝いよっ! ここにあるお菓子、食べましょう!」

「それ、ボクの――」

「そうだね」

「新崎さん――!?」


 久しぶりに、少しだけ心から笑えた気がした。

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